第2話 急募:村娘を勇者にする方法



「えいやぁ!そりゃ!ていっ!」


木剣を懸命に振るうアイシャ。気合いだけは立派だが、これじゃあ街の衛兵にも勝てない。冒険者ギルドの依頼板に張り紙でもしとくか。"急募:村娘を勇者にする方法"ってな。


本来、駆け出し冒険者の指導は初級メンターの仕事、しかし勇者候補のアイシャは最初から自分で指導したい。俺はエミリオに相談を持ちかけ、アイシャのメンター役を譲ってもらった。


エミリオには"まさか生徒に一目惚れしたとかじゃないよね?"と険のある目で釘を刺されたが、一目惚れは一目惚れかもな。"俺が探していたのはこの娘だ"、アイシャを一目見た時から、そんな予感があった。


「そこまで。アイシャ、剣を握った事はあるか?」


ある訳ないとわかっちゃいるが……


「ありません!スキクワなら得意ですけど!」


鋤鍬を握って農耕生活を送るのは引退冒険者のやる事だ。……引退後の準備は万全と前向きに考えるか。


「とりあえず剣の鍛錬はここまでにして、仕事を探すか。」


「いよいよ私の冒険生活が始まるんですね!腕が鳴ります!相手はゴブリンですか、オークですか?」


おまえの腕だとコボルドでも怪しいよ。せっかく見つけた勇者候補にいきなり死なれちゃ困る。あらゆる魔法が存在するこの世界にも、死者蘇生レイズデッドの魔法だけはない。死体をアンデッドに変える魔法ならあるんだがな……


とにかく、このままでは勇者どころか、冒険者としても成功は覚束ない。この娘にはあらゆる要素が欠けているとは思ったが、まず思慮が足りない。鍛えるのはそこからだ。


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「先生、どこへ行くんですか? まず冒険者はギルド酒場で仲間を見つけて…」


それが出来れば苦労しないんだ。綺麗な声をしているが、少し黙っててくれ。


「着いたぞ。ここがおまえの仕事場だ。」


「え!? ここって民家ですよ?……しかもなんだか忙しそうです。」


荷馬車に荷物を積み込む夫妻の姿を見たアイシャは首を傾げる。


「引っ越しの最中だからな。そりゃ忙しいさ。さて、お仕事の時間だぞ。」


「仕事って引っ越しのお手伝いですかぁ!?……魔物退治とかじゃなくて?」


「今のおまえじゃ最下級の妖魔にも勝てない。そんなおまえとパーティーを組みたがる物好きもいない。つまり、まだ冒険には出れない。」


「……そうですか。」


肩をガックリ落としたアイシャ。可哀想だが、早めに現実を教えておかないとな。


「普通、冒険者志願の若者ってのは騎士の倅とか、村の自警団にいたとか、それなりの経験を積んでいるものなんだ。美味しいトマトやトウモロコシの育て方は、魔物退治になんら寄与しない。わかるな?」


「……はい。」


「と、いう訳でだ。しばらくおまえは力仕事で日銭を稼ぎながら、ギルドで俺とトレーニングだ。」


「はいっ!まずは力仕事で体力アップ!目指せ、S級冒険者ですっ!」


S級じゃダメなんだよ。おまえにはSS級冒険者になってもらわないといけないんだ。俺の思惑などお構いなしで、ハリキリ娘は元気よく駆け出していった。


「引っ越しのお手伝いに来ましたっ!私、冒険者ギルドから派遣された、アイシャと申します!」


やる気満々の新米冒険者は全力ダッシュ、勢い余って夫妻にぶつかりそうになり、慌てて急停止する。


そそっかしいのはダンジョンじゃあ命取りになりかねんのだが……先行きが心配性だ。


だが、やる気と切り替えの早さは評価出来る。……そう思いたい。


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冒険者ギルドに登録されたアイシャは、メンバー価格で提携宿に宿泊出来る。アイシャは力仕事のお手伝いで日銭を稼ぎながら、毎日ギルドに顔を出して俺とトレーニング。そんな生活がひと月ほど続き、かなり剣の腕も上がってきた。村娘から街の衛兵ぐらいにはレベルアップしたかな……


都合のいい事に、いま俺が指導していたパーティーもめでたくA級冒険者に昇格出来た。これでアイシャの指導に専念出来る。剣の腕が伴ってきた以上、そろそろ装備を整えさせないとな。


そんな訳で、俺はアイシャを伴って街に出てみる事にした。剣は俺のお古を出してやるにしても、鎧と日用品だけは買い揃えなければならない。


「先生、大都市ってビックリするぐらい物価が高いんですね!でも皆さん親切で、とっても助かってます!簡単な力仕事であんなにお金をもらっていいんでしょうか?」


冒険者ギルドの本部があるここヴィーナスパレスはランディカム王国の王都。当然、物価は高い。なのでアイシャの雇い主には事前に俺から金を渡し、日当にプラスしてもらっている。そうでもしないと、まず生活に行き詰まる。アイシャは知らない事だが、ギルドが求めている冒険者志願の若者とは"即戦力"なのだ。


「運良くいい雇い主にあたっているだけだ。皆が皆、気前がいいとは限らない。」


「運がいいって大事ですよね!……でも一番幸運だったのはいいメンター、アムル先生に巡り逢えた事です。」


なぜ赤くなる?……とはいえ、俺も幸運だったよ。数少ない女神の血を引く娘が、こうして現れてくれて。


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防具屋に足を運んだ俺とアイシャは、鎧を設えさせる事にした。いくつかアドバイスしながら、新品の鎧をカスタマイズさせる。品選びだけではなく、採寸にも時間がかかったので、店を出る頃には日は傾いていた。


「アイシャ、鎧は1週間後に仕上がるそうだ。」


「いよいよ冒険の始まりですね!楽しみです!」


腕をグルグル回すアイシャ。この娘、声がデカいだけじゃなく、身振り手振りも派手なんだよなぁ。


「鎧が仕上がったらすぐに身に付けて、体に慣らす事。靴と同じで、新品の鎧は体に馴染むまでに時間がかかる。」


「はいっ!鎧を着込んで日課のランニングをこなしますっ!」


ハーフプレートにチェインメイルでランニングか。基礎体力をつけるにはいいかな?


「俺はしばらく王都を留守にする。俺が不在の間にやるべきトレーニングはこの羊皮紙に記しておいたから、読んでおくように。」


「……え、え~と、先生。読めない文字がいくつか……」


アイシャはド田舎の村娘だっただけに、簡単な文字しか知らなかったんだよな。口にはしないが、村を出て王都に来たのも貧しい実家を助けたいからだろう。穿った見方をすれば、体のいい口減らしという可能性もある。男手と違って女手は軽視されがちだ。……アイシャは腕力体力ならそこらの男に負けちゃいないから、それはないか。


「指で文字をなぞってみろ。」


「こうですか? わっ!羊皮紙が喋り出しましたっ!これって魔法ですか?」


「指でなぞれば発声するように魔法をかけておいた。俺が魔法戦士だって知ってるだろう?」


……正確には戦士なんだが。


「便利ですね!この魔法があれば、盲目の人は大助かりです。先生、私にも魔法を教えてください!」


便利な技術を見れば、人助けに活かせないか模索する。勇者の卵らしい考え方だ。そうでないと教え甲斐がない。


「魔法の前に、まず共通語の読み書きを完璧にしてみようか。」


「……頑張ります。」


うむ、よろしい。勇者には知識も必要だからな。肉体の鍛錬は大得意だが、座学は苦手。ひと月も付き合えば、アイシャの性格を把握するには十分だ。


俺のような超例外であれば別だが、基本的に勇者一人では魔王を倒せない。アイシャには彼女を支える仲間が必要だ。特に、直情径行なアイシャにアドバイス出来る参謀役は必須。王都の駆け出し冒険者に、賢者の資質を持つ者はいない。



気は進まんが、の力を借りねばならないようだ。


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