魔王の血を引く最強勇者、中級メンターに転職する ~勇者パーティーを育てるのは、魔王討伐より面倒です~
仮名絵 螢蝶
第一章 穢れし勇者よ、魔界へ帰れ
第1話 名も無き勇者
名も無き勇者はたった一人で魔王に挑み、勝利した。超一流の冒険者がパーティーを組み、それでも倒しうるかどうか定かではない魔王を力でねじ伏せ、打倒したのだ。
朽ちゆく肉体を眺めながら、魔王バエルゼブルは勇者に問いかける。
「……余は人間に敗れたのではない。貴様に流れる魔王の血に敗れたのだ。……アムルタートの息子よ。何故、こんな無意味な真似をした?」
名も無き勇者と呼ばれる男、その名はアムルファス・アムルタート。勇者は魔界の魔王と人界の魔女の間に生まれた半人半魔だった。
「無意味じゃない。時間は稼げた。」
魔王は魔王を殺せない。正確に言えば魔王に肉体を滅ぼされた魔王は時を経れば復活する。同格の同族同士では、決して「真の死」をもたらす事は出来ない。それがこの世界の秘められたルールだった。
「……時間だと?」
「おまえが甦った時、勇者はまた現れる。おまえに「真の死」をもたらす勇者がな。」
「……なるほど。これはその為の時間稼ぎという訳か。よかろう、用意してみい。余を殺せる勇者とやらをな……」
そう言い残した魔王の体は完全に朽ち果て、灰燼と化した体を一陣の風がさらってゆく。
魔王の「仮の死」を見届けた勇者は魔剣を鞘に収め、漆黒のマントをたなびかせながら、
──────────────────
「アムル先生、先生の指導されるファイアーボールの詠唱法は、魔導学院の導師とは違うんですね!どちらが正しいのですか?」
そばかす跡が残る若い魔術師は、指導法の違いに混乱しているようだ。
「どちらも正しい。学問としての魔術なら学院の導師、冒険者としての技術なら俺だ。前衛がモンスターと白兵戦になったらファイアーボールは使えないだろう? だから場合によっては省ける部分は省いて、早く詠唱を終わらせる必要がある。今教えたのはその為の技術だ。」
「なるほど!そういう事だったんですか!」
「相手がトロルみたいな上背のある奴なら、手順通りの詠唱法で上半身を狙えばいい。詠唱に手間をかけてる分、精度は高くなる。熱に弱い肌を持つトロルに炎熱魔法は特に有効だ。正規のキャスティングとクィックキャストを状況に応じて使いこなせるようになれば、初級冒険者から卒業出来る。」
「はいっ!ありがとうございます。」
テーブルの上に置いてあった古樹の杖を手に取り、一礼した若き魔術師は席を立った。
その姿が冒険者ギルドの外へと消えてから、同僚
「助かったよ、アムル。僕は古代語魔法は専門外だから。」
同じ冒険者ギルドに所属するエミリオは初級メンター。神官戦士の彼は駆け出し冒険者に戦士技能と神官技能を教えている。グレていた頃の名残で盗賊技能も持っているのは、ギルドには内緒だ。コソ泥が神殿に盗みに入り、とっ捕まって改心するなんて、世間じゃよくある話だと思うが。
「気にするな。俺も神聖魔法は専門外だ。同じギルドに所属するメンター同士、これからも助け合おうぜ。」
魔王を倒してから半世紀、
……やれやれ、このままだと"復活した魔王をまた俺が倒す"なんていたちごっこをやる羽目になるぞ。魔王バエルゼブルも今度は俺の存在を知っているし、前のようにはいかないだろう。たかが人間一人と侮ったのが奴の敗因だ。もちろん俺もそれを狙って、奴と一騎打ちになるまで、魔王の力を使わなかったのだが……
「程度の低い事を教える者も必要とはいえ、君達はそれでいいのかい? 人間は常に高みを目指さないといけない、この僕のようにね。」
イヤな奴が来やがったな。指導広場の雰囲気が一気に悪くなった。
「サイファー、僕はハーフエルフで人間じゃないんだけど?」
尖った耳が豊かな髪で隠れてるから見た目は人間に見えるエミリオだが、実は妖精族と人間の混血だ。奇遇だな、俺もハーフ魔王で純粋な人間じゃない。意匠の凝った鎧を纏ったサイファーは上級メンターで純粋な人間、もっとも性格の方はキザな上に嫌味で純粋とはほど遠いのだが。容姿はほどほど良いだけに、メンター仲間からつけられた渾名は「残念貴公子」だ。
「種族の事を言ってるんじゃない!志の事を言っているんだ!この僕のように…」
「上級メンターを目指せ、だろ? もう聞き飽きた。」
サイファー、俺は上級メンターにはなれないんだよ。上級冒険者と密接に関わってると、俺が魔王の血を引く人間だと見抜かれるかもしれない。第一、上級メンター試験を受けるのが面倒臭い。おまえがよく言ってる"低いレベルに合わせる苦労"は二回もやったら十分だ。
「エミリオ、行こうぜ。そろそろ冒険者志願の若者達との面接の時間だ。」
「うん。それじゃあサイファー、僕達は仕事があるから。」
「ふん!せいぜいザコの指導を頑張るんだな!」
ザコとか言うな。S級冒険者にだって下積み時代はある。おまえだってかつては通った道だろうが。……考えてみれば、俺は通ってないな。親父殿と母さんのお陰で、下積みで力を蓄える必要はなかった。剣技だけはちょっと学んだが、それも大して長い間じゃない。どんな剣技も一度見れば、使えるようになったからな。
思えば初級メンターになった頃は、それで苦しんだんだった。一度見た剣技、一度読んだ魔道書、その内容がなぜ実践出来ないのか、理解出来なかったから。
「アムル、早く行こうよ。メンターが遅刻したんじゃ、志願者に呆れられるよ?」
「ああ。冒険者の卵を拝みに行こうか。」
歩き出した俺の後をエミリオがついて来る。指導広場を出てゆくエミリオには、挨拶する冒険者がいっぱいいた。新緑のような鮮やかなグリーンの髪と目を持ち、女性と見まがうような美形の上に性格もいいエミリオはギルドの人気者なのだ。翻って黒髪黒眼、煤けたローブ姿で性格もよくない俺は、あまり人気はない。……なるほど、キザ男が必要以上にエミリオに絡む理由は嫉妬だろう。実力はともかく人望ではエミリオの足元にも及ばないのが、悔しくてたまらないのだ。
──────────────────
"冒険者志願の若者の面接"は中級メンターの仕事だ。俺が中級メンターで居続ける最大の理由は、この仕事が出来るからだ。"女神の血を引く冒険者を見つける"、それが魔王を完全に滅ぼす道への第一歩なのだから。
面接官の俺、補助面接官のエミリオ、いつものコンビで一攫千金を夢見る若者達を見定めてゆく。この面接室の壁には、物品隠蔽の魔法をかけた鏡が掛けてある。俺にしか見えない魔法の鏡、この"女神の鏡"に姿が映る者こそ、女神の血を引く者だ。
何人かの若者と面談したが、女神の血を引く人間はいない。どうやら今日も空振りらしい。まあ女神の血を引く人間がゴロゴロいる訳もないんだから、やむを得ないのだが。3年探して見つかったのはたった一人、その一人はA級冒険者にまで成長してくれたが、問題は彼女が組んでる連中なんだよな。素質がある連中と組んでくれたのはいいが、彼女のいるパーティーのリーダーがなぁ……
理想は女神の血を引く勇者を、優れた仲間が支える構成だ。つまり女神の血を引く者はパーティーリーダーである事が望ましい。以前に見つけた彼女は控え目で、リーダーではなくサポーター向きの性格だった。彼女もそれは自覚していて、我の強いリーダーを献身的に支えているようだが……
我の強いではなく、芯の強い、女神の血を引く若者が欲しい。魔王復活まで後数年、育成の時間を考えれば、そろそろ勇者候補を見つけないと。じゃなきゃあ、また"名も無き勇者の物語"が始まっちまうぞ。
「アムル、ぼーっとしないでくれよ。もう次の志願者が目の前にいるんだからさ。」
「すまんすまん。あ~、まず名前から聞かせてもら…」
俺は言葉に詰まってしまった。冒険者志願の若い娘の姿が、魔法の鏡に映し出されていたから。
驚愕した俺の表情に怪訝そうな顔をしながら娘は名乗った。
「アイシャ・ロックハートと言います!どうぞよろしく!」
輝く金色の髪、それ以上に光輝く大きな瞳。その瞳の輝きには強い意志を感じる。……落ち着け。この娘に勇者の資質があるかどうか、まだわからない。ロックハートの家名通り、岩のような意志を持っていてくれよ?
「俺はアムル・アロンダート、こっちはエミリオ・ファンバスティンだ。ではアイシャ、最初の質問だ。……キミはなぜ冒険者になりたいんだ?」
金でも名誉でも、好奇心でもいい。冒険を続ける目的になるものであればなんでも。
「……え~っと……わかりません!」
色んな志願理由を聞いてきたが、"わからない"は初めてだな。
「わからない? キミは理由もわからないのに冒険者になりたいのか?」
「はいっ!わからないからなりたいんです!私が何を求めているのか知りたいから、冒険者になりたい!……ダメですか?」
上目遣いで遠慮がちに聞かれる。自分の志願動機が変わっている自覚はあるようだ。
「いや、構わない。……フフッ、なるほど。賢者ファルケンハインは言った。"真理を探究する前に、まず己が心理を探究せよ"と。キミは賢者の教えを実践しているようだな。」
「??」
賢人の言葉は知らないようだ。おそらく教養だけではなく、冒険者として必要な全てがこの娘には欠けている。
……比較してみよう。腕力はともかく、知識と知恵、それに魔力。最初に見つけた彼女の方が素質は上だろう。だが勇者を敵とする魔王の血が囁いてくる。"この娘こそ勇者なのだ"と。
よし、決めた!キミには俺に代わって世界を救ってもらうぞ。
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