清水優輝

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 家の前に溝川があった。その川には時々、鯉が泳いでいた。太くて黒っぽい大きな鯉が、1匹のときもあれば数匹群れて泳いでいくこともあった。ザリガニやそれ以外の生き物も時には泳いでいた。そのために魚を捕食する鳥がやってくることもあった。鷺だったと思う。


 小学生の頃、私や近所の子どもたちはよく集まって遊んでいた。私たちは学校と家と隙間の時間に退屈することを恐れていろんな遊びをやった。自転車であちらこちらを走り回った。ドッジボールやサッカーをした。

 ある日、私たちは溝川の周辺を散歩していた。そこに鯉が泳いでいた。誰かが落ちてる石を拾って、泳いでいる鯉に向かって投げた。ボチャンと鯉から離れた場所に落ちた。下手くそ。鯉は気にせず泳ぎ続ける。私たちは面白がって、全員で鯉に向かって石を投げ始めた。水が弾ける。川が揺れる。たくさん投げるから、もう手頃な石が見つからなくなり塵のような小石をまとめて投げ始める始末。結局、誰も鯉に当てることはできなかったが、異変に気付いた鯉が全速力で川を上っていき、鯉は私たちから遠く離れてしまった。落胆する子供たち。川から離れて違う道を歩いた。


 それから数日が経ち、何もすることがない私たちはまた溝川沿いを歩いていた。私たちが何か面白ものがないかと川を見下ろしていると、運が悪い鯉が泳いでやってきた。私たちは誰かが言い出すまでもなく、各々石を拾い集めて鯉に向かって石を投げつけていた。

 石が鯉の背に当たった。

 誰の石か分からなかった。鯉の背から赤黒い液体がどくどくと川の水に流れ出た。鯉は見たこともない速さで泳ぎ去っていった。体が抉られたらしく、鱗が剥げて白い生身が見えてしまっていた。私たちは「わー!」と子どもらしく喜んだ。俺がやったんだと誇らしげに友人は笑っていた。私は足跡のように残る鯉の血をずっと目で追っていた。


 私たちの間ではしばらくの間、鯉に投擲するブームが到来して、何匹もの鯉の背に傷を作った。鯉は私たちの目の前で死ぬことはなかった。弱々しく見えた鯉もいたが、皆、泳いでどこかへ行ってしまった。


 私は下校中、家の前の溝川に鯉がいるのを見た。私は石を見つけて、鯉に投げつけた。石は外れたが、鯉のすぐ近くに落ちたために鯉が危険を感じて泳ぐスピードを上げた。その様に腹が立ち、私はもう一度狙いを定めて石を投げた。石は綺麗な放物線を描いて鯉の背へ落ちた。鯉は血を流した。体から肉が剥がれ落ちた。流血が止まらず、川が汚れていく。鯉が死に物狂いで私から逃げる。私はもう石を手に取らなかったが、私から逃げている鯉が憎たらしく思えた。鯉の液体が川に線をひいた。


 私たちは子どもだった。無邪気で何もわからなかった。

 

 なんてことは言えないだろう。死ぬところこそ目撃しなかったが、私たちが石を投げた鯉が私たちのせいで死んだことは想像できるくらいには成長していたのだから。

 鯉に石を投げた私はとてもむしゃくしゃしていた。何に不満があったのか今となっては思い出せないが、とにかく気に入らなかったことがあった。私は私のストレスを鯉にぶつけていた。それは私だけじゃなかっただろう。私たちはあの狭い狭い地域、人間関係に息苦しく苛立っていた。何かを攻撃しないではいられなかった。


 今でもあの溝川には鯉が泳いでいる。大きな鯉が小さい鯉を後ろに連れて泳ぐ姿を見ると、当時の私たちの罪を思い出して息が詰まる。償いようにも誰に謝ればいいのかわからない。


 蟻を石で潰した。花を引っこ抜いた。鯉に石を投げた。それらの積み重ねで私が出来ていることを忘れずにいたいと思う。

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清水優輝 @shimizu_yuuki7

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