新しい風

その日の夜のパーティーは、言うまでもなく大いに盛り上がった。



早紀からのおめでたい発表を聞いたタクちゃんは、私の予想どおり……ううん、それ以上に大喜びしちゃって。


そして、そのまま2人は、私と聖也くんの前でささやかな婚約発表の運びとなった。


幸せそうな2人を見ていて。


私は本当に嬉しくて、嬉しくて。


いつになくはしゃいで、お酒もついつい飲み過ぎてフラフラになってしまった。


早紀とタクちゃんの結婚式の日取りが決まったのは、それから2週間後のことだった。





「無理、無理、無理っ。絶対無理っ!」



私は、全身全霊の力を込めて首を横に振った。


そ、そんなの絶対できないよっ。


そ、そんな……披露宴で、大勢の前で、友人代表のスピーチなんて!!


「かおりー。大丈夫だってー。そんな堅苦しい披露宴じゃないんだし、気楽に楽しんでもらうレストランパーティーなんだから。ひと言だけちらっと言ってくれればいいからさっ。ね」


うううっ。


心の友の早紀のためなら、できる限りのことは協力したいと思ってるけど。


スピーチなんて!


それだけはダメッ。


絶対無理っ。



ここは、私の部屋。


今も実家暮らしの私。


今日は早紀が遊びに来てるの。


来月に迫った早紀とタクちゃんの結婚式の打ち合わせや、これから始まる出産準備などなど、なにかといろいろ忙しくなるから、その前に久しぶりにウチに遊びに来たいと言った早紀に、せっかくだからゆっくり泊まっていってと提案した私。


今夜は、朝までトーキングって楽しみにしてたんだけど。



「ね!かおり、やってよぉー」


早紀ってば、人前で話すことをもっとも苦手とするこの私に。


こともあろうが、友人代表のスピーチをやってくれなんて言ってくるんだもん。


そんなのできないよぉーっ。



コンコン。


ドアをノックする音。


「かおりー。晩飯できたってー」


開けたドアからひょこっと顔を出したのは、弟のツヨシだ。


「あっ。ツヨシくん?久しぶりー!覚えてる?あたし早紀!」


早紀が、嬉しそうにツヨシに駆け寄った。


「ども。もちろん覚えてます。お久しぶりっす。あ、早紀さん、なんかご結婚されるみたいで……。おめでとうございます」


ツヨシってば、いつもはやんちゃ坊主なのに。


早紀の前ではちょっと照れくさそうに、ヘラヘラしちゃって。


「ありがとー。それにしても……。しばらく見ない間にツヨシくん、すっごいカッコよくなったねー」


「えー。そうっすか?いやぁー」


ポリポリ。


照れながら頭なんかかいてる。


「早紀、ツヨシなんてほっといて早く下行こ。私お腹ペコペコ」


私がふざけて早紀の腕を引っ張ると。


「あー。なんだよ、かおりー。せっかくオレが久しぶりに帰って来たっていうのによぉー」


ツヨシは今、1人暮らししてるんだ。


たまーに週末帰ってくる程度で、めったに連絡もよこさない。


まぁ、ちゃんと仕事しながら生活しているみたいだからいいけど。


「どうせ、今日早紀が来るってお母さんから聞いて帰ってきたんでしょー」


ツヨシは、私が早紀を最初に連れてきた時から、美人だ美人だって騒いでたからねー。


「いいじゃんか。オレだって早紀さんにひと言くらお祝いの言葉を言いたかったわけだよ。早紀さんが久しぶりにウチに遊びに来てくれるっていうのに、帰らないなんて選択肢はないだろ」


「お。嬉しいこと言ってくれるね、ツヨシくん。ありがとう」


「いえっ。おめでとうございます!早紀さんに幸あれ!」


デレデレしちゃって。


ホントお調子者なんだから。


でも。


ツヨシのそういう愛嬌がよくて人懐っこいところ、ちょっと羨ましい。


やっぱり、ツンとされるよりずっとカンジがいいし、嬉しいもんね。


きっと友人代表のスピーチとかもソツなくこなせるんだろうな。


〝友人代表〟ーーーー


まさか、そんな大役を頼まれる日がやってくるなんて。


夢にも思わなかったよ。


とてもじゃないけど、無理だけど。


でも……私にも、こんな風に思いもよらない出来事が待ち受けてたりするんだな……なんて。


ある意味新鮮というか……なんというか。



頭の隅でそんなことを考えながら、階段を下りていった。




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