笑顔と涙のアップルパイ

「あら、やだ。37度8分」



体温計を見たお母さんの声。


悩みは、熱まで出させちゃうのかな……。


いや……単なる風邪か。


昨日、寒いのに遅くまで外にいたからな。


「とにかく、今日は休みなさい。学校には連絡しとくから」


「…………」


たとえ熱がなくても。


とてもじゃないけど、今日は学校に行けないよ。


ううん……今日だけじゃない。


明日もあさっても、ずっと行けない。


だって。


早紀に……なにをどう言えばいいのか。


どんな顔をして会えばいいのか。



わかってる。


私が悪いんだって。


あとから彼を好きになって、早紀を困らせてるって……。


でも……あの彼が、高林くんだったなんて。


私、ホントに知らなかったんだよ。


早紀が、その人とうまくいけばいいなぁ……って、ずっと思ってたんだよ。


だけどーーー。


私も、私も……好きなの……。



彼が、好きなの……ーーーーー。



ひどいよ、神様。


私は、どうすればいいの……?



「おい、かおり。学校休むって?」


私とは正反対のやんちゃ坊主の弟、ツヨシがズカズカと部屋に入ってきた。


私達3人きょうだいなの。


ツヨシは中学2年生。


大学生のお姉ちゃんのことは、〝ねーちゃん〟って呼ぶくせに、私のことは物心ついた時から、〝かおり〟って呼び捨てなの。


年も近いせいもあるけど、ツヨシからしてみると、私は小さいしおとなしいしでお姉ちゃんってカンジがしないのかも。


いつの間にか、私よりもぐんぐん背も伸びて、今じゃ見上げるくらい。


「ずっけー。オレも休みてー。今日、英語のテストあんだよー」


「こら、ツヨシ。かおりは熱があるんだから。ほら、早く行きなさい。学校に遅れるよっ」


「やっべ。んじゃ、行ってきまーす!かおり、ちゃんと寝てろよっ」


「……うん」


ドタバタと階段を下りていった。


「ホントにツヨシは毎朝、毎朝ドタバタ騒がしいんだから」


呆れながら、お母さんがアイスノンを頭の下に敷いてくれた。


「……元気でいいよ」


「ツヨシは元気過ぎ」


〝元気過ぎ〟ーーーーーーーー。


私には一生縁のない言葉だね、きっと。


元気過ぎるツヨシが羨ましい。


ツヨシみたいに明るく元気にいられたら。


いろんなことも、もっと上手に乗り越えていけるのかもしれない……。



「今日はゆっくり寝てなさい。たぶん昨日遅かったから寒くて風邪引いたんでしょ。寝てればそのうち下がってくるから」


「……うん」


「なんかあったら言いなさい」


パタン。


お母さんが出て行った。



ふぅーーー……。


大きく息を吐く。


ボーッと天井を見つめる。


今は、なにも考えられない。


ずるいかもしれないけど。


なにも考えたくないよ……。



眠ろう。


ただ、眠ろう。


閉じたまぶたの隙間から、涙が少しこぼれた。



私は3日間、学校を休んだ。






ーーーーーーーーーーーーーーー



熱もほとんど微熱と平熱を行ったり来たりするようになってきた3日目の夕方。


うとうと眠っていた私が目を覚ましたのは、ほんのり辺りが薄暗くなってきた頃だった。


夢……みてた。


私と、早紀と、高林くんがいて。


3人で楽しそうに笑ってた。


本当にそうなったら、どんなにステキだろう……。



ガチャ。


「かおりー。起きてる?」


お母さんが入ってきた。


「んー。今、起きた……」


私はゆっくりと体を起こした。


「どう?具合は」


「うん……。だいぶラクになった気がする」


お母さんがパチッと部屋の電気をつける。


そして、サラッとこう言ったの。


「早紀ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」


「えっ⁉︎」


「今上がってきてもらうから。もう少ししたらカーテン閉めなさいよ」


そう言って、お母さんはさっさと出て行ってしまった。



え……。


ど、どうしようっ……。


どうしようっ……。


オロオロしていると。



コンコン。


カチャ……。


ドアが静かに開いた。


そして。



「ーーーーおす」



早紀……ーーー。


なんて言えばいい?


なにを言えばいい……?



ひょい。


右手のケーキの箱を持ち上げる早紀。


「アップルパイ、買ってきた」


にししと笑う、早紀の優しい笑顔。



早紀……。



ごめんね……ーーーーーーー。



涙で視界がかすんでいった。





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