『あなたの名前はーーーー……?』

「ーーーへーんなヤツだな、おまえ」


そう言いながら、彼も笑った。


「試合、勝ったんだね。おめでとう」


「おう、サンキュー」



わぁぁぁ……ーーーー



また、歓声が湧き上がってるのが窓の外から小さく聞こえる。


「あ、あの。もう戻って。私はもう平気だから」


どうしよう。


私のせいで、こんな所で余計な時間取らせちゃって……。


「大丈夫。しばらく試合ないから。あ、さっき急に出てっちゃって悪かったな。おまえのクラスに橋野はしのっているだろ、サッカー部の。アイツ、膝痛めててさ。なのにサポーター教室に置き忘れて、さっきの試合で更に足痛めちまってさ。バカだよなぁ。んで、試合終わって速攻オレが取りに来たってわけ」


ああ、そうだったんだ。


それでD組の教室に来てたんだ。


慌てて保健室を飛び出して行ったのは、橋野くんのためで。


しかも……そのあと、わざわざ私の所にも走って戻って来てくれたんだね。


優しい人、なんだな。


「……あの。ごめんね、迷惑かけちゃって……。いろいろ本当にありがとう」


「全然。だって、オレのせいだもん」


「えっ。ちがうよ、私が悪いんだよっ……」


〝◯◯くんのせいじゃないよ〟


そう言いたかったけど。


名前、知らないんだ。


名前、なんていうのかな……。



「じゃあ、あいこってことにしようぜ」


イタズラっぽい笑顔。


「……ありがとう」


2人で笑っちゃった。



彼の笑顔。


いかにもやんちゃそうなスポーツ小僧ってカンジで、元気いっぱいの少年のよう。


なんでだろう。


この人と一緒にいると、なぜか嬉しくて楽しくて、笑顔になっちゃうの。



この人は、誰ーーーーーー?



何組の人?


どこの中学の出身?


どこに住んでるの?


好きな色は?


好きな食べ物は?


好きなことは?


せめて……。


せめて、



あなたのお名前はーーーーーー……?



私は、精一杯の勇気を振り絞って口を開いた。


「あ……。あのっ。名……ーーーーー」


バンッ。


え。


私の精一杯の勇気をさえぎるように、ドアが開いた。


そして。


「あーっ。いたいた!おまえー、探してたんだぞー。どこ行ったかと思ったぜ」


サッカー部のジャージを着た人が、勢いよく保健室に入ってきたんだ。



『……名前は……?』ーーーーー



聞けなかった。


そっと、熱くなった喉をおさえる。


ここまで……出てたのにな……。



「ミーティング始まるぞ」


「おお、サンキュー」


彼が立ち上がる。


そして。


「じゃあな」


軽く手を上げてドアに向かう。


「あ……」


バタンーーー。


行っちゃった……。


しーんと静まり返る保健室。


名前……聞けなかった。


私のバカ。


我ながらトロトロしてる自分が情けないよ。


こんな時、早紀なら明るくサラッと名前とか聞いちゃうんだろうな……。


「あっ」


早紀っ。


いきなりのハプニングですっかり忘れてた!


あのあとどうなったんだろう。


私は慌ててイスから立ち上がった。


「いたた……」


まだちょっと痛む足。


私は、よろめきながら急いで保健室を出たんだ。






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