第7話 魔力
彼女にかいつまんでこれまでのことを語る。
俺にはこの世に産まれでた時から前世の記憶があった。前世の記憶は日本で育ち、高校を出て働くか大学に行くか迷っていたところで途切れている。
その先、日本にいた時の俺は死んだのか老年まで生を謳歌したのかは分からない。
知りたい気持ちがないわけじゃあないけど、特段努力して知りたいってほどじゃあないってところだ。
俺にとって大事なことはは前世より今世だからな。うん。
「だから俺は日本語が分かるし、有馬さんが高校生じゃないかって推測もできる」
「エメリコくんのように前世の記憶があるひとは他にもいるの?」
「不明だ。少なくとも俺は会ったことがない。だけど、俺という例があるのだから、他にいても不思議じゃあない」
「うんうん」
こくこくと頷く萃香。
すっかり話し込んでしまい、元から腹ぺこだった俺の胃袋が空腹で麻痺してきている。
『よし、じゃあ、約束通り何かおごるよ』
『な、何でもいいのかな……』
『うん。露天でと言ったけど、レストランとかでもいいよ』
『エメリコくんのおうちで食べたいな』
遠回しだったけど、彼女が何を言わんとしているのかはすぐに分かった。
そらそうだ。突然転移してきて、泊るところなんてないし、そもそもお金も持っていないだろう。
それに加え、言葉も通じないときたもんだ。
『俺のところでよければ、落ち着くまで泊ってくれていいよ。でも』
『あ、ありがとう! でも?』
『俺の家はお店にもなっているんだけど、今は俺一人で暮らしているんだよ』
『う、うん。それでも、わたしは……エメリコくんならいいよ。何も知らないわたしにこんなに親切にしてくれたんだもの』
こらこら、何を想像しているんだよ。
耳まで真っ赤にしちゃって……そんなことするわけないだろうに。
弱みにつけこんで、家に泊るなら、ぐへへ、何てことは絶対にしない。
彼女の気持ちが落ち着いたら、どうすべきか、何をしたいのか彼女自身で答えを出してもらおう。
それまでは、うちで暮らせばいい。
転生と転移と状況は違うけど、得も言われぬ孤独感や虚無感は俺だって抱いたことはある。転移なら転生より更にその気持ちが強いだろうから。
『有馬さん、食べ物を買って俺の家に向かおうか』
『う、うん。や、優しくして、ね』
ちょんと俺の手の甲を自分の指先で触れながら、萃香が恥ずかし気に長い睫毛をふるわせた。
◇◇◇
くしゅん。
お店の中に入った途端に、萃香が可愛らしい咳をする。
そんなに埃っぽいかなあ。
棚を人差し指でつつつーっとやると、べっとりと埃が指に付着した。
あちゃーと苦笑していたら、青と紫のスライムがさっそく俺の足元で跳ねる。
続いてチリンチリンと澄んだ鈴の音が響き、モミジも二階から降りてきた。
『可愛い!』
萃香がその場でしゃがみこみ、モミジに向けて手招きをする。
つーんと顔を背けていたモミジだったが、萃香が人差し指を左右にパタパタし出すと、気になったのか尻尾が指の動きに合わせて揺れていた。
『店の奥がダイニングキッチンなんだ』
『抱っこしてもいいかな……?』
『うん。暴れるかもしれないけど』
そーっと手を伸ばしモミジを抱え上げる萃香。
お、珍しくモミジが嫌がってないな。それどころか彼女の胸に頬をすりすりして甘えているじゃあないか。
俺にはあんなこと滅多にしないのにい。そうか、女の子がいいのか。このエロ猫め。
萃香はモミジを胸に抱いたまま、俺の横に並ぶ。
途中、小瓶に触れそうになり慌てて身を引いたりする姿が横目にチラリと見えた。
整理整頓しなきゃと思ってはいるんだけど、外出が多くてなあ。いろいろ欲しい素材があったからさ。
作業机のところに椅子をもう一脚持ってきて、萃香と並んで座る。
さっそく買ってきた肉串と豆とレタスのサラダを包みから開けた。
『まずは食べようか』
『うん! エメリコくん、どこに?』
『いや、調味料をとね』
キッチンの棚からトンガラシの粉が入った小瓶を持ってきて萃香に見せる。
『いただきまーす』
『いただきまーす』
二人揃って手を合わせ、さっそく肉串を手に取る。
そのままどさーっとトンガラシの粉をかけ、かぶりつく。
うん、甘辛タレとホロホロ鳥のもも肉の相性は抜群だな。
『エメリコくん、ちょっともらっていい?』
『うん』
萃香は手のひらに少しだけトンガラシの粉を乗せ、小さく舌を出しちょこんと赤い粉に当てる。
『エメリコくん……』
うわあ。思いっきり顔をしかめているじゃないか。目には涙もにじんできているぞ。
急ぎ水をくみ萃香に手渡す。彼女は口元から水をタラりと垂らしながら、ごくごくとコップを空にした。
『辛い……辛すぎだよ、これをそんなにかけてたの?』
『それほど辛くないって。ちょうどいい』
更にトンガラシの粉を肉串に振っていたら、赤スライムが肩の上で激しく跳ねる。
「ほれ」
トンガラシの元……ルベルビートルの角が満たされた樽の蓋を開けてやった。
赤スライムはぴょーんと樽の中に入ってぷるぷる体を震わせる。
『赤い子ちゃん。あの色って、この赤色なのかも……』
『おお、そうだぞ。よくわかったな!』
『冗談だったのに。本当にそうなんだ』
『うん。赤の正式名称はトンガラシスライム。そしてこの赤い粉はトンガラシの粉と言うんだ』
『唐辛子じゃなくてトンガラシなのね』
『そそ。材料が虫の角だしな』
『え……』
とっても嫌そうな顔で水を要求する萃香。
いや、味はほとんど同じなんだからいいじゃないか。
仕方なく水をもう一杯汲むと、彼女はごくごくと一息に水を飲み干してべーべーっと舌を出す。
『まあ、食べようよ』
『う、うん……』
しばらく無言でもしゃもしゃとやった後、手を合わせてご馳走様と声を揃える。
食事の後、簡単に水の出し方とかトイレとか説明しようとしたが、今更とあることに気が付く。
水はともかく、トイレはさすがに俺が手伝うのはマズイよな。
『有馬さん、この世界にも家電みたいなものはいくつかあるんだよ』
『すごい! 見た感じはファンタジー中世風? な世界なのに』
『うん、そこの蛇口を捻ったら水が出るし、トイレも水洗式なんだけど……大きな問題があって』
水が出る蛇口に手を触れ、くるりと蛇口を捻ったら水がちょろちょろと出てくる。
次に萃香に邪口を捻ってもらうが、やはり水は出てこない。
やっぱり……。
不思議そうに首をかしげる萃香の手に自分の手を重ねる。
すると、蛇口から水がちょろちょろと出てきた。
『え、え。どうなっているの?』
『これ、魔力を込めると水が出るんだよ』
『魔力?』
『だよなあ。日本には魔力なんてないものな。魔力が使えないと、ここでの生活はままならないんだ。特にトイレ……』
『トイレがどうなるの……?』
『水が流れない』
萃香の顔からさあああっと血の気が引く。
口が開きっぱなしになって固まっている彼女の肩をポンと叩き、作業机のところにある椅子に座らせる。
『必ず魔力を使うことができる……はず』
『……はず』
『いやいや、絶対、うん、大丈夫?』
『ううう』
そうだ。手足を動かすように魔力を使うことができるはずなんだ。
俺は物心ついた時から魔力を使うことができるようになっていたからな。言葉を覚えるより早く、にだ。
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