第6話 連れ出す
「えー、あの」
うっは。JKに声をかけただけで、周囲の注目を集めてしまっている。
そんなに見られてもつい声が出てしまっただけだから、何を話せばいいか後が続かない。
じょしこーはペタンと座ったままこちらと目を合わせようともしないし。
「みなさん、ご迷惑をおかけしてすいません。こいつ錬金術屋でして、こう風変わりな物を作るのが」
この声はテオ。
あいつも人だかりに引かれて集まった口だな。
群衆が割れ、ツンツン頭が顔を出す。彼は俺に向け陽気に「よっ」と片手をあげる。
「エメリコ、ここは任せろ」
ガッツポーズでウィンクして来やがったが……こいつ一体何を。
「待て。テオ」
嫌な予感がビンビンした俺はツンツン頭の肩を掴もうと手を伸ばす。
しかし、奴の方が一息早かった。
「服と鞄を作ったはいいが、着てくれる人がいなかった。この子に無理を言って着てもらったけど、可哀想に耐えられずここで」
斜め上過ぎるだろ!
濡れ衣だああ。ちょっと、集まったみなさん。まさか、このバカの発言を本気にしているわけじゃあ……。
「行こう」
いたたまれなくなった俺は、彼女の手を取り、逃げるようにこの場を立ち去る。周囲の目が激しく痛い。
俺が動くとささーっと人垣が割れるのが、また何とも言えない気持ちになってくる。
あ、あの野郎。覚えとけよ。
『ね、ねえ』
「お詫びにそこの露天で何かおごるから、この場だけ我慢してくれ」
人の波を抜け、そこの角を曲がろうとしていたらJKが戸惑ったように俺を呼びとめる。
彼女を安心させるように声をかけるも、ぶんぶんと首を振って悲しそうな顔になってしまった。
だけど、彼女は握った手を振りほどこうとはしない。とりあえずは彼女に嫌がられていないことにホッとする。
十字路を右手に曲がり、軒下まで来たところで足をとめた。
「ごめん、連れてきちゃって」
『あ、あの……何が何だか』
「俺も、もしよければ聞かせてもらいたいことがあるんだ」
『一体ここはどこなんですか? わたしは一体?』
ん、んん。
自然に言葉が耳に入っていたけど、これ日本語か。
日本語で聞きつつ、アストリアス語で返していた。
前世とはいえ一応母国語だったから、何も考えずとも頭で理解できてしまうんだよな。あまりに自然だったから、気が付かなかったよ。
『まずは自己紹介をしよう。俺はエメリコ。君は?』
『日本語! わたしの言葉が分かるの?』
『おう。バッチリだぜ。一つ聞かせて欲しい』
『うん』
『なんでまたわざわざ日本語で喋っているんだ? 同郷出身を探すにしても、そいつは悪手だと思うんだよな』
どこで手に入れたのか分からないけど、高校の制服と鞄まで揃えちゃって。
でも、プラスチックとかどうやって精製したんだろう。魔法ならおよそ不可能なことがない……のかな。
ところが、彼女の口から出た言葉は想像の埒外のことだった。
『わたし、日本語以外喋ることができないんだから……』
『いや、待て。この世界に日本語を喋る民族や国があるのか?』
『この世界ってどういうこと? 地球じゃないの……?』
『どうも話が噛み合ってない。まるで、さっきまで地球……日本にいたような言い方だな』
『そうよ! エレベーターを降りたら突然見たこともない商店街? に出て、言葉は通じないし、どうしていいかわからなくてそれでそれで』
やっと言葉が通じる相手が出てきて、張り詰めていたものが切れたのか、彼女の大きな丸い目からポロポロと大粒の涙が溢れてくる。
弱ったなあ。泣かれちゃうと弱る。
あああ、こんな時どんな言葉をかけたらいいんだろう。彼女はまだブツブツと呟いているけど、言葉が意味を成していない。
落ち着くまで話させるのも手だが。
「赤」
ちょいっと指先でぷるるんと赤を撫でると、赤スライムはぴょこんと一息に俺の肩からJKの肩に飛び移った。
赤スライムは彼女の肩の上でぷるぷる体を震わせ、頬っぺたへ体を寄せる。
『きゃ。なにこの子。可愛い。真ん丸なお目目があるんだね』
『そいつはスライムって生物なんだ。ゲームとかで見たことないか?』
『あんまりゲームをしたことないんだけど、聞いたことはあるわ。触っても大丈夫かな?』
『うん。歯もないし、噛まないから』
ようやく笑顔を見せてくれた彼女は、人差し指で赤スライムを撫でる。彼女の指先の動きにあわせて赤スライムの体はぷにゅーんと形を変えた。
『
『ん?』
『わたしの名前。
『有馬さん。そこのベンチで少し話をしないか』
『うん』
ここならそれなりに人通りもあるし、彼女に警戒心も抱かれないだろう。
日本基準なら完全に不審者だものな、俺……。見ず知らずの男が若い女の子の手を引いて、路地裏に連れてきて……となったら職質されてお縄になっても不思議じゃあない。
だが、ここは日本じゃあないのだ。でも、比較的治安もいいし、騒ぎになったら衛兵に連れて行かれちゃうこともある。
例えば、酒場で喧嘩騒ぎがあったりすると衛兵が飛んでくる。その程度には治安がいいんだこの街は。
『有馬さん、喉乾いてない?』
聞いてしまったと思った。こういう時はさりげなく飲み物を買って彼女に渡すべきだよな。
あれだけ泣いていたんだもの、喉が乾いているだろうに。
見知らぬ世界じゃあ、俺の気分が変わらないように気を使うよな。
そう考えた俺は、彼女からの答えを聞かずにベンチのすぐ傍にあった露天で、常温のグリーンティを二つ購入する。
二人で並んでベンチに腰掛け、グリーンティの一つを彼女に手渡した。
『紙でできているのかな。このコップ』
『紙に似た素材だよ。製紙は魔法があるから、普及しているんだ』
『へえ。そうなんだ』
萃香は指先でコップを弾き、グリーンティを口に含む。
しばらく無言でお茶を飲み、赤スライムは彼女の肩に乗ったままぷるぷると彼女の頬に時折ぺたーんと張り付いたりしていた。
『わたし、普通に学校に行って帰る途中で100均によって、それでエレベーターに乗ったの。そうしたら』
『この街に来てしまったと』
『うん。エメリコくんに会えなかったら、あそこであのまま……』
蒼白になってうつむいてしまう萃香。
彼女は嘘を言っているようには思えない。でも、未だ彼女の言う事が信じられない俺は、一つ彼女にお願いをすることにしたんだ。
『何か現代的なモノを持ってない?』
『スマホでいいかな。それで君に信じてもらえるのかな』
『ごめん、有馬さんの話を信じたいんだけど、俺は日本からここへ転移して来た人をこれまで見たことも聞いたこともないからさ』
『うん。信じてくれたらエメリコくんのことも教えて欲しいな』
『もちろんだ』
萃香は青い通学鞄のジッパーを開き、中からスマートフォンを取り出し俺に手渡す。
彼女が持っていたスマートフォンは俺が生きていた時代とそう変わらない機種に見えた。
今ならもっとスマートフォンの形も変わっているのかと思ったけど、そうでもないらしい。
これで、彼女は突然この世界に転移してきたことが確定だな。にわかには信じられないけど、スマートフォンを見た今となっては疑う余地がない。
『ありがとう』
『中も見る?』
『いや、もう十分だよ。約束だ。俺のことを話すよ』
『うん、エメリコくんは生まれ変わったんだよね。この世界に』
『お、おお。もう予想はついていたんだな』
『えへへ。だって、転移? じゃないんだったら、それしかないんだもの』
『だな』
あははと右手を頭の後ろにやって苦笑したら、彼女もつられて笑みを見せた。
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