第5話 異世界でJKに出会う

「確かにパープルミスリルだ。純度も高い。よく掘り返して来れたな」


 ファビオはそう言って褒めてくれるも、表情か険しい。


「まさか俺一人でやったとか思ってない? 熟練の冒険者に手伝ってもらったんだって」

「ほう、そうだったのか。『穴掘り』は依頼を出してもなかなか受ける冒険者がいなくてなあ」


 ガハハと白い歯を見せるファビオは腕を組みおどけてみせる。

 彼が俺の身を案じて顔をしかめていたなんてすぐに分かるさ。彼は思っていることが顔に出るからな。

 それにしても冒険者か。

 彼らは日雇いの自由業みたいな何でも屋で、腕のある冒険者は結構な額を稼ぐそうだ。

 だけど、危険職であることを考慮するなら、それほど高い賃金を貰っているとは思えない。

 保険とかも無いからな……。


「彼らも汗水を垂らすなら、モンスターを倒した方がいいってことかな」

「そうでもないさ。『薬草摘み』なんてのも人気があるんだぜ。街中の護衛とかもな」

「あ、何となく分かったよ」


 パープルミスリルを掘り出した時のことを思い出す。

 ツルハシでガッツンガッツンと掘ること一時間近くだったものな。その間にモンスターの襲撃を受けるかもしれないし、掘り出した後の鉱石も重たい。

 報酬額と天秤にかけたら、他の依頼をやるってことだよな。


「そういうこった。こいつは喜んで買い取らせてもらう。他にもあれば買うぜ」

「んー。他は、あ、そうだ。テオにこいつを」


 最後の一本だ。

 コトンとレッドポーションを机の上に置く。

 

「テオの奴が怪我でもしたのか?」

「舌をちょっと……」

「ガハハ。まだまだ子供だな、お前もテオも」


 それだけで察してくれるファビオもきっと若い頃はいたずら大好きだったに違いない。


「明日になったら、効果が無くなっちゃうだけでなく腐ってしまうってテオに」

「あいよ。しっかし、レッドポーションって安くて効果も高いのに売れないのか?」

「『今すぐ怪我を!』って人はなかなかさ。街中だったら、怪我をしたら使おうって人もいるけど、回復術師もいるからなあ」

「なるほどな。ポーションは保管できてこそってやつか」

「そそ。でも、その場で調合できる俺みたいなのには、ベストマッチなんだけどさ」

「確かにそうだが、錬金術師でモンスターが出るところに行くのは、お前くらいのもんだからな!」

 

 ファビオは愉快そうにバシバシと机を叩く。

 世の中ってのは需要と供給で値段が決まる。ポーションの価値は「どれだけ怪我を治療することができるか」だけが需要のファクターじゃあないんだ。

 長期間保管できる赤ポーションなんて開発したら……大儲けじゃないか!

 

「いや、待て」

「ん? どうした?」

「何でもない」


 背負子を担ぎ、赤スライムを肩に乗せてファビオの家を後にした。

 赤ポーションで大儲けの妄想は、魔除けの精油の開発と重なる。錬金術師ってのはこの街だけでも数十人はいるんだ。

 過去の錬金術師も含め、赤ポーションを改良しようとした人は一人や二人じゃあないはず。

 つまり、なるべくしてなってんだよ。今の赤ポーションに。

 もし、開発するとしたら魔除けの精油以上に試行錯誤しなきゃならないだろうな……だってポーション類ってのは一番メジャーな商品なんだもの。

 

 あやうく開発の沼にハマりそうになった俺は、苦虫をかみつぶしたような顔で首をブンブン振る。

 

 ◇◇◇

 

「ただいまー」


 ガチャリと「ルシオ錬金術店」のドアを開けると、ぴょこんぴょこんと青と紫のスライムが俺の肩と頭の上に乗っかった。

 続いて二階へ続く階段からチリンチリンと澄んだ鈴の音が響いてくる。

 

「にゃーん」

「モミジー」


 すりすりと俺の脛に頬を擦り付けてくる黒猫を両手で掴み上げたら、嫌そうにそっぽを向かれてしまった。

 モミジは抱きかかえられるのが好きじゃないんだよなあ。だけど、飼い主としては抱っこしたいものじゃないか。

 そのくせ、夜は俺のベッドに入って来るんだから、ほんと気まぐれな奴だよ。そういうところも可愛いんだけどな!

 よーしよーしとしていたら爪を立てて来たので、仕方なく床にモミジを降ろす。

 すると、モミジは俺の足をひっかいて来た。


「分かった分かった。餌だろ」


 乾燥させた小魚を深皿に乗せ、その上から牛乳を注ぐ。

 「待ってましたー」とモミジが深皿に顔を突っ込んだ。尻尾をパタパタさせているし、現金なやつだ。

 

 ぷにゅんぷにゅんと青スライムが俺の頬っぺたを押し、紫スライムが頭の上で跳ねる。

 どうやら、モミジだけ餌を与えるなんて、自分たちもと言っているようだった。

 

「青は、純度があんましだけどこれでいいか」


 鉄と亜鉛が混じった手の平サイズの鉱石を床に置く。

 青スライムがぴょこーんと俺の肩から飛び降り、ぺとーっと鉱石に張り付いた。

 

「紫には……あ、ちょうどいいものがある」


 紫の好みは未だ何か分からない。だけど、こいつはだいたい何でも捕食する。

 背負子の中をごそごそして、螺旋状に捻じれた角を取り出す。

 大型ナイフくらいあるこの角は雷獣の背中から生えていたものだ。

 

 紫に見せると、角を掴んだ俺の手にぴょんぴょんアタックしてきた。


「ほい」


 青スライムの隣に角を置くと、紫スライムも角の上にぺとーっと張り付く。

 せっかくだから、角を合成しておくかな。

 

 もう一本角を取り出し、紫スライムの上に乗せる。

 

「エメリコの名において願う。シンテシス合成


 よっし合成成功。

 紫スライムに雷獣の背中の角が吸収された。

 片眼鏡でチェックしてみると、「放電」ってスキルが追加されているようだ。

 あれかな、雷獣が使っていた広範囲に広がる稲妻かな。だとしたら、使うと俺まで巻き込む危険性がある……試すなら赤スライムも一緒に連れて行こう。

 

 ぐうう。

 食べている姿を見ていたら、俺の腹の虫も主張してきた。

 ちょっと早いけど、俺も食事にするとしようかな。

 お金も入ったことだし、商店街の露天を匂いの惹かれるままにってのもいい。新しいレストランを開拓するのもいいなあ。

 

「んじゃ、ちょっと出かけてくるよ」


 食事中のモミジとスライム二匹にそう告げ、再び外に出る俺であった。

 

 ◇◇◇

 

 置いてきたつもりだったのに、赤スライムが肩の上に乗ったままだった。

 最近、赤青紫のどれかを連れているからなあ。肩の上の重量を意識しなくなっている。

 ま、スライムを入れてくれない店だったら、他の店を探せばいいさ。

 すぐ見つからないようだったら、タチアナのところや冒険者の宿に行けばいい。どっちも料理が美味しいし、安いからな。

 なら、どっちかに行けばいいじゃないと思うかもしれない。それはあれだ。安定よりたまには冒険をってやつだよ。

 

 くだらないことを考えながら商店街を歩いていると、いい匂いが俺の鼻孔をくすぐる。

 これは、何かの肉を焼いた匂いかな。

 匂いにつられフラフラと露天に向かう。

 ん? 何だあの人だかり。

 

 路上パフォーマンスか何かかな。

 人をかき分け、背伸びすると何とか中が見えたぞ。

 

 人垣の中心にいたのは黒髪の少女だった。

 肩口くらいのストレートの髪で、前髪をパンダのマークがついたピンで留めている。紺色スカートに黄色のリボンをあしらったブラウス。

 彼女はペタンと座り涙目になって、茫然と周囲の様子を窺っていた。

 

 どうして人だかりができていたのかは不明。

 だけど、あの格好……どう見てもJKじゃないか……。

 ここは日本じゃないんだぞ。どこかで制服を手に入れた? いや、持っているカバンはこの世界で作成できる素材じゃないし、髪留めに使っているパンダのマークはプラスチックだ。

 

 まさか、二度と見ることはないだろうと思っていたものが目の前にある。

 懐かしい女子高校生を見てしまったことで、自然と言葉が口をついて出てしまう。

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