第2話 ラッパー、女剣士の出番をなくす

 俺はナディアで初めての仲間サーシャと共に、荷物を入れるバッグや瓶に入った回復系の飲み物など必要な物を揃えた。もちろんお金なんて持ってないので、全部サーシャに払ってもらうことになったが・・・・・・


 「う、あんた結構買うわね・・・・・・」


 サーシャは厳しい顔をしていたが、俺はこの世界に来たばかりなので、この世界の物の価値はよく分からない。だからサーシャに言われたバッグ以外の必要な物を3個ずつ買ってみたが、1個当りの物の値段が高いのか、サーシャの所持金が少ないのかは分からないが次からは自分のお金で買うようにと言われた。だが、さっきも言った通り俺は無一文だ。さらに、今晩泊まる2人分の宿の代金も稼がなくてはならない。どこの世界でもお金は大事だ。ということで俺達は早速クエストを受けることにした。


 「初心者のあんたにはこんなのはどうかしら?」


 サーシャはギルドのクエスト募集の掲示板の真ん中に貼ってある紙を指差した。

 

 「エルダーの森でゴブリン5匹の討伐依頼・・・・・・」


 (ゴブリンって初めて戦ったあの緑の奴だよな)


 「あんたゴブリンを知ってそうね」


 「ああ、実はここに来る前1匹倒してんだ」


 「へえ、あんたやっぱりやるわね。じゃあこれを受けましょ。この紙出して来て」




 ナディアから少し歩いたところにあるエルダーの森に俺達は来ていた。俺達がこの森の前に着いたのは太陽が真上に出てる昼間だったのに、森の中に入ると木々が生い茂っていて妙に薄暗い。俺達は森の中を歩き始めた。薄暗い森の中を歩いてると、サーシャが俺のことについて聞いてきた。


 「あんた、どこから来たの?」


 「え?どこって、日本からだけど・・・・・・」


 「ニホン?そんな場所聞いたことないわね。あんたよっぽどの田舎から来たのね。冒険者になる前は何やってたの?」


 「何って、ラッパーやってたけど」


 「ラッパーって何よ?」


 サーシャは腹を抱えて笑っている。それもそのはず、俺がいた世界よりも退化して見えるこの世界には、「ラッパー」という単語どころか「ラップ」という音楽さえ生まれてないだろう。少し心外だがこれに至ってはしょうがないし、どう説明していいか分からない。俺はサーシャに合わせて作り笑いをした。すると、サーシャはとんでもない推測をした。


 「あ、あんた村の村長だったんでしょ。で、好きでもない村の娘と結婚させられそうになったから、ナディアに来て冒険者になった訳ね」


 (別に冒険者になりたくてなった訳じゃないんですけど・・・・・・)


 俺はサーシャの的外れな推測を心の中で否定したが、どうせ「死んでこの世界に転生して、しかも頭の中に脳内ナビゲーションがいる」なんて言っても信じてくれないし、変な奴だって思われるに違いない。めんどくさいので


 「ま、まあそんなとこかな・・・・・・」


 と、俺は苦笑いをしてサーシャが当たっているかのように答えた。サーシャが俺のことを聞き終わったら、会話がなくなってしまった。女と話すことには慣れていたはずの俺だったが、なぜか緊張している。ふと、サーシャの方を見ると、サーシャもなんだかそわそわしている。その理由を考えると思い当たる節がある。俺が今まで出会った女は金髪でタバコ臭く、品のない女ばっかりだったからだ。このサーシャは金髪こそ金髪だが、タバコ臭くないし、品もあるように感じられる。強いて言うなら若干胸が小さい。というよりまな板だ。なんてことを思っていたら、kamiが


 「やっぱりカルマも巨乳が好きなのかな?でも女はそこだけじゃないさ、さあもっと彼女との距離を縮めよう!」


 と言うと、頭の中でスローテンポのビートを流し始めた。


 「茶化すな!あとなんだこのビートは!変な感じになるだろ!!」


 と思わず口に出してしまった。その俺の声に気付いたサーシャは不審に思って


 「ん?今なんか言った?」


 「いや、ただの独り言だよ。それにしてもゴブリン出てこな・・・・・・」


 俺がkamiとの会話を独り言だと弁解し、ゴブリンがまだ1匹も出てこないと言おうとしたその時、近くの茂みからゴブリンが出て来た。


 「ちょうど5匹ね。カルマはあの2匹をやって!残りの3匹は私がやる」


 「よっしゃ、任せろ!」


 ゴブリンはこちらの様子を伺っている。俺はタイミングを見計らってさっきから頭の中で流れてるスローテンポのビートに合わせてラップをした。


 「yo、また会ったな小鬼の、またお前を殺して地獄

お前のその合ってねえぞ、だからみんなに嫌われてなんだよ」


 「グ、グガァァァァーー」


 ゴブリンが1匹倒れた。


 (よし、まずは1匹、サーシャは?)


 俺は一瞬、サーシャの方を見た。サーシャはゴブリンにダメージを与えているが、まだ1匹も倒せていなかった。接戦のサーシャを見兼ねて俺はkamiに


 「1匹ずつ相手してたら、サーシャがやられちまう!なんとかなんねえか?」


 とkamiにアドバイスを求めた。するとkamiはあることを言った。


 「そうだね、それじゃあ全体攻撃に切り替えようか!カルマ、スピーカーをイメージして!」


 (スピーカー?まさか・・・・・・)


 kamiに言われた通りラップバトルの大会でいつも見ていたスピーカーをイメージした。すると、大きなスピーカーが俺、サーシャ、ゴブリンを挟む形で現れた。サーシャだけではなくゴブリンも、驚いてスピーカーを初めて見た顔をしていた。しばらく沈黙が続いてた森に1つ目のスピーカーからさっきまで頭の中で流れてたビートが、スクラッチ音の後に流れた。


 「もう片方のスピーカーには君のラップが流れるよ!さあ、君のリリックをみんなに聞こえるようにかましちゃいな!bring on the beat!!」


 「1匹ずつ相手するのめんどく、だから一気に全員燃やし、燃えて消えて灰になるまで調に進めばクエスト


 「終了!!」


 kamiの終了の合図と共にビートが止まり、俺達を挟んでた2つの大きなスピーカーが消えた。その瞬間、サーシャと戦っていた1匹のゴブリンが突如苦しみ出し、火に包まれた。それとほぼ同時に、他の4匹のゴブリン達が同じ現象に見舞われた。数秒後、ゴブリン達は全員灰になっていた。自分のラップがここまでの威力とは。我ながら恐ろしい力だ。


 「全体攻撃で火属性を付けるなんて、カルマやるね!」


 kamiは相変わらずのテンションで戦闘評価をする。その時、ズボンのポケットにしまってたギルドカードが光った。カードの光った部分にはレベル13と読めるこっちの世界の文字が書いてあった。


 (確か冒険者登録をした時のレベルは10だったはずだ・・・・・・)


 レベルアップしたことを素直に喜んでた俺だったが、次の瞬間、サーシャが俺のカードを覗いて


 「ふーん。レベル13、私と同じになったわね。それにしてもあんた、あんな強力な魔道具持ってるなら早く出しなさいよ」

 

 と言って俺の肩を強く叩いた。よほど悔しかったのか、顔が引きつってる。痛いような嬉しいような気持ちの俺にkamiが


 「おめでとうカルマ!レベルアップしたことで、ラップできる小節数が8小節まで増えたよ!」


 と言った。


 (おお、それは嬉しい)


 4小節でも言いたいことは言えるが、少し物足りない感じがしたし、ラップバトルも大体の試合は8小節でやって来た。なのでこの成長はありがたい。成長を実感している俺をにサーシャが口を開く。


 「それじゃ、帰ってギルドにクエスト報告ね。報告が終わったら、一杯やるわよ!」


 こうして無事最初のクエストを達成した俺達はナディアに帰還した。

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