第1話 ラッパー、魔術士に転職する
俺が目覚めたあの草原から、結構な距離を歩いた気がする。俺は石造りの大きな壁に囲まれた街、ナディアにいた。街に入るとそこは中世のイタリアの風景があった。俺は昔から勉強が嫌いだったが、世界史は好きだった。だからこの風景には見覚えがある。街の人が着てる服もどことなく、布であしらった中世風の服を着てるように見える。街のみんなはそういう服を着ているせいか、パーカーを着ているストリートウェアの俺は心なしか少し浮いてるような気がする。
「まずはギルドに行こう。そこでギルドカードを貰うんだ」
俺はkamiに言われるがままギルドに向かった。ギルドの看板には見たことない文字が書いてあったが、俺はそこに書いてある文字が「ギルド」と書いてあるのが、英語を翻訳する感覚で分かった。中に入るとそこには木製のテーブルと椅子がたくさん置いてあり、そこにはゲームで見たような剣や杖を持って、鎧やローブに身につけた老若男女が座って会話をしていたり、掲示板のようなものを見ている奴もいた。俺は周りの奴らにじろじろ見られながら奥の受付カウンターまで歩いた。
「こんにちわ、クエストの受付ですか?」
受付嬢が元気に挨拶する。
「あーいや、ギルドカードを貰いに来たんですけど」
「冒険者志望の方ですね。こちらがギルドカードになります」
そう言うと受付嬢は手のひらサイズの長方形の紙をカウンターの上に置いた。
「ここに指を乗せて下さい」
受付嬢はギルドカードの左下の円の中を指差した。俺は受付嬢の言う通り、そこに左手の人差し指を置いた。するとその瞬間、何も書かれていないカードに文字が出てきた。
「お名前はカルマさんですね。カルマさん今のレベルは10です。カルマさんの能力値は高い魔力以外はどれも平均的ですね。冒険者の職業はどうしますか?高い魔力をお持ちのカルマさんには魔術士の職業がおすすめですよ」
(魔術士か、どうしようかな……)
「ここは魔術士にしちゃいなよ!無難に剣を振り回すより、ラップで攻撃した方が魔法っぽく見えてかっこいいだろ?それに魔術士として成長すれば、魔力が増えていっぱいラップができるよ!」
俺の頭の中でkamiはテンション高めのアドバイスをする。
(魔術士にするか……)
「じゃあ、魔術士で」
俺はkamiのアドバイスに従って、受付嬢に魔術士にすると言った。
「分かりました、魔術士ですね。それではカードをお預かりします」
受付嬢はそう言うと、羽ペンでギルドカードに何やら文字を書き、ハンコを押して俺に渡した。
「これで冒険者登録は完了になります。募集クエストはあの掲示板に貼ってあります。こちらのカウンターでも受け付けてますので、何かあればお申し付け下さい。ところでカルマさん、パーティーメンバーはいますか?」
(パーティー?)
「パーティーっていうのは自分の冒険者グループってことだよ。ヒップホップで言えば自分のクルーみたいなものだね」
kamiがまた頭の中で捕捉をする。
「いや、1人です」
「そうですか、ではパーティーを作ることをおすすめします。1人ですと何かと不便ですから。クエスト募集の掲示板の横にパーティーメンバー募集の掲示板もありますので、まずはそこでパーティーを探してみるのはいかがですか?」
「分かりました、早速探してみます」
(自分だけのクルーか……)
想えば俺は今まで1人で活動をして来た。音源も1人で録ったし、ラップバトルの大会もチーム戦なんて出たことがない。いい機会だ、この際仲間を作って冒険するのも悪くない。そう思った俺はパーティーメンバー募集の掲示板を眺めた。すると後ろの方で女の怒る声が聞こえた。
「だから、あんたのパーティーなんかには入らないって言ってるでしょ!」
剣士か?その声の主である女は腰に剣を携えている。その女は、同じく腰に剣を携えて鎧を身につけている筋肉質の男と喧嘩していた。
「いいだろ?サーシャ。お前いつも1人でクエストやってるじゃねえか。俺のパーティーに来いよ、可愛がってやるからさ」
男はそう言っているが明らかに表情が怪しい。というかにやにやしている。
「ああもうしつこいわね、私はパーティ……」
女は何かを言おうとしたが、途中で言うのをやめて俺の方を見た。そして女は俺の方に近づいて来た。
(え?え?え?何?)
女は動揺している俺の左に立ち、
「私、この人のパーティーに入ってるから」
「は?」
「いいから合わせて!」
女は小声で口裏を合わせるように俺に言った。面倒はごめんだが、まあまあ可愛いこの女をあんな変態に渡すのも気が引ける。そこで俺は咳払いをして
「そうだ、こいつ、えーっと……」
「サーシャ」
女は小声で耳打ちする。
「サーシャは俺のパーティーメンバーなんだ。だから手を出さないでもらえるかな?あと、引き抜きも良くないよ」
俺は男に紳士的な口調で男を追い返そうとする。すると男は
「はあ?てめえみてえな盗賊がサーシャの仲間な訳ねえだろ!」
(盗賊って……)
確かにパーカーのフードがあるせいか、俺は盗賊のように見えたのかもしれない。しかし、このBboyファッションを盗賊ファッション扱いするとは、なかなか遺憾である。そしてサーシャが男を怒らせる一言を放った。
「しつこいぞ変態!!」
その瞬間、男は怒った表情にかわり、腰の剣を抜いた。
「何だと!このアマーー!!」
男は剣を振り上げて俺の方に向かって来た。咄嗟にサーシャが剣を抜いて反撃するが、力の差があるせいか、サーシャの持ってた剣が弾き飛ばされ、床に倒されてしまった。
「これで終わりだ!!」
男が剣を振り上げたその時、俺は
「おい、kami、音楽流せ!」
と言い、マイクをイメージした。
「OK!テンポ早めでいくよ!bring on the beat!!」
スクラッチ音が鳴る。
「おいそこのお前、そこで止まれ、こいつ傷付いたらどうする訳、付けてくれよな落とし前」
俺は早口で4小節のラップをした。すると男の剣がサーシャの頭上で止まった。いや、男の体自体フリーズしている。その直後、男の身につけていた鎧にひびが入り、男はテーブルの上に吹き飛び、テーブルが2つに割れた。
「なん、なんなんだてめえは!?」
「俺か?俺はな……ただの魔術士だよ」
かっこよくキメたつもりだったが、サーシャはなぜか笑いをこらえているし、kamiは俺の頭の中で爆笑してる。その後、吹き飛んだ変態男は俺にやられて悔しかったせいか
「くそっ覚えてろよ!」
と言い残してギルドを出て行った。ようやく笑いが止まったサーシャは立ち上がり、
「さっきは助けてくれてありがとね。それにしてもあんた、面白い詠唱するわね」
(詠唱?ああ、ラップのことか)
「ま、まあそれほどでも……」
まんざらでもない表情で言葉を返す俺だが、内心ものすごく照れている。そんなデレデレの俺にサーシャはとある話を持ちかけた。
「決めた、私あんたのパーティーに入るわ。あんたさっきギルドカード作ったばっかでしょ?色々分かんないこともあるだろうから私がいた方が安心でしょ?それにあんた強そうだし」
(分からないことはkamiに聞けばいいんだが……)
しかし、なかなか強引な誘いながら、悪くない話だ。
「よし、その話乗った!お前をパーティーに入れよう!」
「話が早くていいわね。私はサーシャ。あなた名前は」
「俺はカルマだ、よろしく」
「カルマね、これからよろしくね」
俺は初めての仲間を迎え、クルー……じゃなくて、パーティー結成に一歩近づいたのであった。
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