掃除を一緒にした。学級日誌を書いた。きみの事が好きだった。

さまーらいと

掃除を一緒にした。学級日誌を書いた。きみの事が好きだった。

わたしとはやみくんが初めて同じクラスになったのは、中学3年生の春だった。

友達の多くないわたしにとって、クラス替えはあんまり嬉しいものじゃない。もう一度誰かと仲良くなるには時間がかかるし、体力も使う。知らない子と話すのは、けっこう疲れるものだ。

そんなわたしだから、知ってる男子はクラスが一緒だったことのある数人だけで、しかもほとんど喋ったこともない。

かたや、はやみくんは運動部の部長で、たぶんきっと、人望とかそういうのがありそうな人で、わたしにとっては対極の存在みたいに感じていた。

だけど、そんなはやみくんとわたしが関わらなきゃいけない時があって、それが日直当番だった。

出席番号の順番に二人ずつ、日直当番をする。橋本と早見は隣り合わせで、生徒が偶数のこのクラスで、わたしとはやみくんは同じ日の当番になる。



四月の中旬、初めての日直。

日直の仕事は、毎時間の黒板消し、放課後の教卓の掃除、その日の学級日誌。

このクラスの人はどうやら部活やその他もろもろが忙しいらしく、わたし達が教卓を掃除し終わって学級日誌を書き始めるころには、教室にはほとんどだれも残っていなかった。

はやみくんはほとんど何も喋らないまま黒板を消して、教卓の掃除を手伝い、そして学級日誌を書くためにわたしの正面の椅子に座った。

はやみくんとわたしの、無言の時間が続く。

日誌なんて適当に書く人がほとんどなんだろうけど、わたし達は一向に進まなかった。

わたしは特に意味もなく真面目だけど、はやみくんも運動部の部長をしているぐらいの人で、どうやら彼も生真面目なところがあったらしい。

ペンを持っていたのはわたしだったけど、何かはやみくんに許可を取らなきゃ書き始めちゃいけないような気がして、だけど会話が始まらない。お互いに喋らないくせに、適当は許していない。部活も勉強も大変になってくる中学三年生の、貴重な放課後が過ぎていく。

わたしはこのあと家に帰るだけだからいいけど、はやみくんは大丈夫なんだろうか。

「はやみ先輩、練習こないんすか」

そんなことを考えていると、教室の窓から誰かが顔を出した。はやみくんの部活の後輩らしい。

「日直が終わってないんだよ」

「でも先輩が来ないと練習が始まらないんすよ」

そう言われて、はやみくんはばつが悪そうな顔でこちらを向いた。

「いいよ、今日はわたしがやっておくから」

部長がいなければ部活は大変だろう。わたしなんかが引き留めても一利なしだ。

はやみくんは少し考えて、それから後輩の方を向いた。

「いや、すぐ終わるから先に練習始めてて」

「気にしなくてもよかったのに」

「なんとなく練習行きたくなかっただけだよ」

気を使っているのだろう。申し訳ないなと思いつつも、素直にその厚意を受け取ることにした。

「じゃあ、部長なのにサボりなんだ」

「みんな俺の十倍はサボってるし、大目に見てもらえるでしょ」

はやみくんは笑った。

後輩が来たことで、わたしとはやみくんはやっと会話することができた。すこし感謝かもしれない。

「一年生が入ってきて、また管理が面倒になってさ」

「あ、じゃあ、あながちサボりたいのも嘘じゃないんだ」

「だからそう言ってるじゃん」

はやみくんは口元をむっとさせる。

「そっちこそ、部活サボってるんじゃないの?」

「んー、それが帰宅部なんだよね」

「え、二年間毎日何してたの」

「えっ」

「趣味とか、習い事とかは?」

何も思い浮かばなかった。

「二年間、何してたんだろ、わたし…」

「よく特徴無いって言われるでしょ」

「初めて話す女子に手厳しいですね…」

毒を吐かれたけど、なんとなく嫌な感じはしない。

はじめてのはやみくんは意外と話しやすくて、思いのほかに会話が弾んだ。

結局、はやみくんは部活に一時間遅れたらしい。




五月の下旬、はやみくんとの二度目の日直当番が来た。

「橋本さん」

黒板を消していると、ほうきで掃除をしていたはやみくんから名前を呼ばれる。わたしの名前を覚えていることにちょっと安心した。ちなみにわたしはクラスの男子の名前を半分ぐらいしか覚えていない。

「黒板の上のほう、届かないでしょ。代わるよ」

「うーん、たぶん大丈夫だと思うけど」

そう言って、上の方に手を伸ばしてみる。

大丈夫じゃなかった。

「ほら、代わって」

後ろからわたしの黒板消しを取り上げて、代わりにほうきを渡される。

はやみくんが代わりに黒板を消してくれる。はじめからからこうしておけばよかったのか。

「橋本さんって、身長何センチなの?」

「158くらいだよ」

「え、もっと小さいと思ってた」

「存在感がないからね、大人しい女子あるあるだ」

今日もはやみくんは、学級日誌を書きながら部活をサボろうとしているらしい。

「部活、行かなくていいの?」

「まだ大丈夫、たぶん」

「部長さん…」

談笑しながら時間が過ぎていく。

はやみくんはあくびをしてから突っ伏した。

「橋本さん、クラスの友達できた?」

「バカにしてるでしょ、できたよ」

「二人ぐらい?」

めちゃくちゃ図星だった。

「否定できない…」

正直、クラスで仲良くなったのは女子二人ぐらいだ。二人ともわたしと同じぐらい大人しい、文化部の子。

小学校の時から、仲良くなるのは大人しい子ばかりで、中学生に入ったころには、男子とは話さなくなっていて。

だから、こうしてはやみくんと話せているのは、少し不思議でもあった。

「男子とゆっくり話してるの、中学に入って初めてかも」

「いつも全然話さないの?」

「うん、このクラスでもはやみくん以外と話したことないよ」

「それ、男子を勘違いさせる女子みたいな言い方だ」

またバカにされた。

「いや、どう考えてもそういうタイプの人じゃないでしょ、わたし」

「いやいや、それでも男子は勘違いするらしいよ」

「誰がそんなこと言ってたの」

「タカアキ」

「ごめん、誰…?」

「あ、クラスの男子の名前、覚えてすらいないのね」

はやみくんの話によると、どうやらタカアキくんは、クラスメイトのカヤちゃんに勘違いしてしまい、玉砕したらしい。

かわいそうな話だ。せめてもの慰めに名前を覚えました。

そんなことを話して、一時間ぐらい経ったころにはやみくんは部活に向かった。

今日も楽しくお話ができてよかった。




六月の下旬、なんとなく早く学校に来た。

その日は日直だったので、一応昨日の当番がちゃんと黒板周りを掃除しているか確認しなきゃいけない。もし時間が余ったら、勉強するのにちょうどいいかな。そんなことを考えていたら、思ったより早く家を出ていた。

自分の教室の階まで到着した時、近くから男女の話し声が聞こえたのでとっさに身を隠した。

音の出どころは、今はだれも使ってない空き教室。

息を澄まして声に耳を傾ける。

はやみくんだ。

自分の教室へと向かいながら、ちらっと二人の顔を確認する。

はやみくんの後ろ姿と、何となく見たことがあるほかのクラスの女子だった。

すらっとした頭身に、整った顔。人目を引くような美貌の子。

彼女だろうか。だとしたらはやみくんが少し羨ましいぐらいだ。

「はやみくんって、彼女いるの?」

朝のことが気になって、わたしは放課後、ほとんど誰もいない教室ではやみくんに質問していた。

恋人なんていたことないけど、わたしも人並みに恋愛話が気になるみたいだ。

「え、なんで」

「今日の朝さ、早く学校に着すぎちゃったんだよね」

「……あー」

はやみくんはそれだけで理解したようだった。

「…あれは去年のクラスメイトだよ」

「そうなんだ、仲良いの?」

「二、三回遊びに行ったことあるぐらいで、仲は普通だったんだけど」

それだけ遊びに行ったら仲良しなんじゃないだろうか。友達と月に一度遊びに行くか行かないかのわたしにはわからない世界だった。

「告白されたんだ、別にそんな風に見てなかったから、びっくりした」

なるほど、あれは告白現場だったのか。当たらずとも遠からずって感じだ。

「何度か遊びに行ってるんでしょ?向こうからしたらまあ気があっても全然不思議じゃないよ」

「そういうものなの?」

「そういうものでしょ、たぶん」

自分にそういう経験がないから、全肯定はできなかった。

「だとしたら、もう少し普段から意識しとくべきだったのか」

はやみくんはそうつぶやいてから、

「いやでも、わかんねえよなあ、普通」

とぼやいた。

他人の好意なんて、気付きそうなものだけどな。わたしには経験がないからわからない。

「うーん、でも気になる人にアプローチできるのってすごいなあ。わたしじゃできないから尊敬だよ」

「…そっか」

はやみくんはそれからしばらくしてから、携帯を取り出して、

「ライン、教えてくれない?」

「え、唐突だね」

「うーん、たぶん唐突じゃないよ」

わたしは初めて男子と直接ラインを交換した。




七月の上旬、はやみくんと仲良くなったことを実感した。

具体的には、廊下ですれ違うと会釈をするようになった。多分進歩だ。

「夏休み、なにするの」

はやみくんが質問してきた。あっと数日で夏休みが来る、というところでの日直だった。

「うーん、勉強かなあ」

「中学最後の夏休みだよ、遊ばないの?」

「誘惑しないでよ、はやみくんはどうするの?」

「普通に部活だよ、引退まではさすがに頑張んなきゃ」

なるほど、さすが部長、感心だ。

「って、それなら今すぐ部活行かなきゃいけないんじゃないの?」

「正論は嫌い」

「わがままだ…」

「でも、海とか行きたかったなあ。海とまでは言わなくても、せめてプールぐらいは」

「部活頑張ってるんならしょうがないよ、元気出して」

「でも、俺も女の子とプールとか行きたかったなあ」

「異性とプールとか緊張しそう、わたし最後に男子と行ったの小学校の中学年だ」

「難しいよな、見たいけど露骨に見ることはできないし」

「いや、どういう話?」

男子の好きそうな話だ。

「でも橋本さんなら大丈夫そう」

「え、どうして」

「そういうのじゃないから」

「とんでもなく失礼だ…」

これは少しずつ分かり始めてきたことなんだけど、はやみくんは相手の怒らない範囲で悪態をつくのが好きらしい。

真面目な部分と悪い子の部分とのギャップがなんだか不思議だ。

「まあ、俺も引退したら遊べるんだけどなあ」

「そっか、じゃあそれまで夏休みはお預けなんだね」

「そうなるね、サクッと引退してきますか」

結局はやみくんは勝ち進み、部活の終わりと同時に夏休みが終わってしまったらしい。




八月、夏休みなのでほとんど何もなかった。

二回ぐらいラインが来たので会話した。ちょっと楽しかった。




九月の中旬、そろそろみんなの部活も引退で、代わりに受験勉強が本格化していた。

はやみくんも例外ではなく、部活を引退して勉強に切り替わったようだ。

「結局、去年の先輩の結果と全く同じでさ」

「そうなんだ」

「まあ頑張ったし、結果が出なかったわけじゃないからいいんだけどさ」

「なるほど」

「…ちゃんと話聞いてる?」

「え?聞いてるよ?」

んー、と言ってはやみくんが疑いの目でわたしを見る。

「ごめんね、運動部はおろか文化部にも入っていないから、話合わせられなくて…」

「まあ、一方的に話してる俺も悪いんだけど」

「そんなことないよ、わたし、人の話聞くの好きだし。自分から喋るの得意じゃないから」

「そうなんだ、その割にはいつも普通に喋ってる気がするけど」

確かに。

はやみくんと話すときは、気兼ねなく話せている気がする。むしろいつもよりおしゃべりになっている気がする。どうしてだろう。

「とりあえず、部活お疲れさまだね、はやみくん」

「ん、ありがと」

「そして、勉強地獄へようこそだ」

「いや、怖いって」

「ちなみにわたしは夏休みに頑張りました。はやみくんからもあんまり連絡来なかったから、毎日暇だったし。お話ししたかったのに」

「えっ」

「あっ」

沈黙が訪れる。

もしかして、わたしの隠し事がバレてしまったのかもしれない。

はやみくんがおそるおそる口を開く。

「まさか、夏休みに連絡を取ってる人、一人もいなかったの…?」

「…受験生に雑談する時間はありません」

しっかりバレていた。




「はやみくんってさ、橋本さんのこと、好きだよね」

十月のはじめ。

給食を食べていると、となりの席のカヤちゃんが突然そう言った。

「え、どうして」

「だってはやみくん、目で追ってるもん。橋本さんのこと」

まさか。

「気のせいだよ。だいたいわたし、ほとんど話さないし、日直の時以外」

「その日直もさ、」カヤちゃんがわたしを遮った。

「ふつう、学級日誌って日直のどちらかがやってるよ、ふたりでやって早くなるものでもないし」

すごく、正論だった。

「第一、男子ってそういうの適当に書くか、女子に任せるかの二択だし」

「いや、はやみくんがちょっと真面目なんだよ。適当に書かないもん、はやみくん」

「橋本さんだって、はやみくんのこと好きなんでしょ」

どきっとした。

自分の中であまり考えないようにしていたことだったのに。カヤちゃんが会話の流れを無視して聞くのが悪い。突然そんなことを言われると、とまどってしまうのは当たり前だ。

でも、きっとわたしも同じくらいははやみくんを目で追っていて。たまに来るラインは業務連絡でも、なんだか嬉しくて。最初はちょっと喋るのが怖くて腰が重かった当番も、今じゃけっこう楽しみで。

「うーん、どうなんだろう、わかんないや」


そのあとの日直は、なんとなく緊張した。




十一月、

「受験勉強、ちゃんとしてんの?」

「え?」

先月に引き続き、はやみくんと目を合わせられずにぼーっとしていた。カヤちゃんにあんなことを言われたからだろう。

上の空だったから、質問を飲み込むのに時間がかかった。

「えっと、頑張ってるよ、それなりに。はやみくんこそどうなの?」

「大丈夫だよ、部活やめてから急激に成績が上がってるから」

「あ、それって先生がよく言ってる」

「運動部のドーピングってやつ」

「ズルはよくないよ」

「いや、さすがにズルじゃないでしょ」

はやみくんが部活を引退したから、最近は時間を気にせずに日直をしていた。

といっても、受験勉強はあるから、ずっと喋っているわけにもいかないんだけど。

「そういえばさ」

はやみくんが口を開く。

「リンコと、久しぶりに喋ったんだけどさ」

リンコちゃん、というのは、一学期にはやみくんに告白した女の子のことだ。

「最近好きな女の子できたらしいね、諦めて正解だったなあって言われた。」

「……」

なんて答え辛い話題だ。

「そんなわかりやすい?」

わたしに言われても。

カヤちゃんの言う通りだとしたら、(わたし以外に対しては)わかりやすいのだろうけれど、それが本当なのかもわからないし。そういう話題を好む友達が少ないわたしは、噂話もあまり聞かないし。

そして、もしわたしじゃないとしたら恥ずかしすぎる。思い上がりだと言われてもなにも否定できなくなる。

「うーん、どうだろうね」

いろんなことが頭をよぎった結果、こう返すのが精一杯だった。

そういうことに免疫が全くないのが、すこし恨めしい。




十二月、なんと日直がクリスマスだった。ついでに言うと終業式だった。

「勉強に嫌気がさしてきた」

はやみくんがぐったりしていた。

「みんな同じ。って言っても、やっぱりきついよねぇ」

「みんな同じならまだいいよ。推薦が決まって遊んでいる人が憎い」

「はやみくんは推薦はなかったの?」

「行きたい高校からは、ね」

ということは、ほかの高校からはあったのだろうか。すごいなあ。わたしだったら楽をしてそっちを選んでしまいそうだ。

ちなみにはやみくんは今やわたしより成績がいいらしい。文句を言うだけのことはある。

「なんか、今頃帰ってごろごろしながらゲームしてる同級生がいるって考えたら、腹が立ってきた」

”今日で二学期は終わりだけど、学生の本分は勉強です。高校が決まっている人も決してそれを忘れないでください。早見”

学級日誌に私怨を書くはやみくんをみるのは初めてだ。よほど勉強疲れは深刻なのだろうか。

わたしも文章を書き足すことにした。

”そろそろ勉強に飽きてきました。遊びたいです。橋本”

「控えめなわがままだ」はやみくんが言う。

「憎しみからは何も生まれないんだよ」

「それは間違いないね、でも遊びんでる人がうらやましいのも間違いない」

「ジレンマだ」

顔を見合わせて、お互い小さく笑った。

掃除が終わり、日誌を書き終えてから、学校で日が暮れるまで勉強した。

今日ぐらいはご褒美があってもいいじゃないか、とはやみくんが言うので、駅の方に寄ってから帰ることにした。

「最近のはやみくん、成績が上がってるだけで、ちっとも真面目じゃないね」

「確かに。部活引退してから、気を張る必要なくなったからかも」

「なるほど。だとすれば、どっちが本当のはやみくんなんだろうね」

「さっきから難しいこと言うじゃん。勉強のやりすぎ?」

「またバカにする」

はやみくんはすぐわたしをバカにする。でもこういう会話が楽しかった。

駅の周りはたくさんのイルミネーションでライトアップされていた。

少しだけ子供を連れた家族で、残りはほとんど男女ふたりで歩いていた。

きっとほとんどが恋人どうしなのだろう。違うのはわたしたちぐらいかもしれない。

受験生にクリスマスはない、と担任は言っていたけど、そもそもクリスマスを楽しんでいるのは一部の人種だけのように見える。

だとしたらわたしは少しだけ幸運かも。

「みんな、恋人とこんなの見に行くんだろか」

「そうだろうね、残念、はやみくん」

「なんで?」

「わたしとだから」

「いいよ別に」

足が止まる。つられてわたしも足を止める。

「可愛いし」

はやみくんはこっちを向かない。




一月、日直がなかった。さみしかった。

受験勉強を頑張った。

たまにラインが来て嬉しかった。




二月、高校受験があった。

はやみくんと同じ高校に行けるために頑張った。

手応えはどうだろう、よくわからない。




三月、卒業式がきた。

仲のいい子達が泣いちゃったので、つられて泣いてしまった。きっとみんなより平凡な三年間だったのに。自分の感情はわかんないものだ。

最後に集合写真を撮って、クラスはお開きとなった。

この後は各自の部活で集まるらしい。何も入っていなかったわたしは蚊帳の外だ。

いくつかの集合をよそに、わたしは校舎を後にしようとする。

そんなとき、携帯の通知が鳴った。

「ごめん、思ったより時間かかった」

「全然大丈夫だよ、暇だし」

両親には先に帰ってもらった。流石にクラスの男子に呼び出されたのを見られたくはない。

「……」

「……」

はやみくんに呼び出された先は、空き教室。前にはやみくんが告白されていた場所だ。

向かい合っているものの、お互いに無言が続く。

始めて一緒の日直だった時のような空気だ。なんだか懐かしい。

「なんか、不思議だよね」やっとわたしが口を開く。

「何が?」

「わたしとはやみくんの関係、だって日直以外でゆっくり話したこと、ほとんどないし」

「確かに、じゃあ10回ぐらいしか会話したことないのか」

たった10回ぽっち。なのにわたしの一年間において、はやみくんはなかなかに大きなウェイトを占めていた。

「10回ぐらい日誌書いて、黒板消して、ほうきで掃除して。それだけで仲良くなれちゃうもんだねえ」

「もっと話した女子、いくらでもいるのにな」

「え、わたしは一人もいないんだけど…」

「おや、コミュニケーション能力の差がでてしまいましたね」

「何も言い返せない…」

はやみくんは楽しそうに笑う。だからわたしも楽しい。

「あ、そういえば、教室の机にこんなのあったんだけど」

はやみくんが鞄から取り出したのは、学級日誌。わたし達の会話のきっかけ。

「え、持ち出していいの」

「まあ少しぐらいいいでしょ、面白そうだし見返そう」

二人で椅子に座って、日誌を開く。

懐かしさを感じながらページをめくる。一学期に書いたことも覚えている自分にちょっと驚いた。

十月の部分に突入する。

そのあたりから、わたし達の書いた部分に、見覚えのないコメントがついていた。


”↓こいつら付き合ってる?”

”↑ふたりとも仲が良いですね(笑)”

”←はやみくん、態度に出すぎ”


なんだこれ。

前のページを見返すことなんてなかったから、全然気付かなかった。

「…そんなわかりやすい?」

「みたいですね…」

お互いにばつの悪そうな顔になる。

「こんなにバレバレなんだったら、もっと話しかけてもよかったな」

はやみくんが照れくさそうに言う。

「そうだね、わたしもそうすればよかった」

でも多分どうせそんなことできなかった気がする。

わたしはそういうのが苦手だし、はやみくんも他人の前では恥ずかしがりそうだ。

つくづく日直が一緒だったことに感謝かな。

「まあいいか、これからそうすればいいし」

「そうだね。って、これからも?」

「まあこれからも話すでしょ、それにどうせバレバレなんだし」

自虐っぽく言う。さっきのを引きずっているらしい。

「それとも、学校以外で会うのはあんまり?」

「ううん、嬉しいよ」

わたしだって、これからも、はやみくんと話せるのは嬉しい。

はやみくんがもっと話しかけるなら、わたしだってもう少しそうしてみよう。どうせバレバレなんだし。




「春休みさ」

「うん?」

下駄箱を通り、校舎を出て、運動場を横目に二人で歩く。

「一緒に出掛けない?」

「え、はやみくんがデートの誘いをしてきた」

「いやまあ、否定はしないけど」

「でも、気になる異性以外に勘違いをさせちゃダメだよ」

「いや、本気なんだけど、それなりに」

「んふふ、知ってるよ~」

「…バカにしてる」

「いつもバカにされ続けてたからね、お返しだよ」

「…性格悪い子は嫌われるよ」

「え、それは大問題だ」

楽しく談笑しながら校門をくぐる。一年間を思い返しながら。


掃除を一緒にした。

学級日誌を書いた。

はやみくんのことが、好きだった。


わたしとはやみくんの話は、とりあえずこれでおしまい。

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