第7話 引っ越し


あれからひと月が経った……

僕は相変わらずポンコツだけど、それなりにやれている。

成長したところと言えば、料理だ。


「ご主人様〜!ご飯出来ましたよ〜!」

「少し待ってくれ、これだけ終わらす」

「あーあ、出来立て食べてくれないんですね〜」

「わかったわかった、すぐ行くよ」


そうそう、一番変わったのはご主人様だ。

ご主人様と犬、最初はそういう関係だったけど日が経つにつれて僕はこの人を信用して、ご主人様も素の部分が出てくるようになってきた。


「いただきまーす」

「今日の料理も美味いけど、やっぱり俺は昔の方が好きだったな」

「何言ってるんですか、あんなクソまず料理を美味いだないんて……」

「えぇ、確かに美味かったんだけどな……」


ご主人様の味覚オンチは直ってないけど……

そんな生活も長くなれば慣れるもので、何不自由なく出来てるのはご主人様のおかげだった。


「さあ、そろそろ寝るぞ」

「はーい、それじゃおやすみなさい」

「はい、おやすみ」


こうして僕達はそれぞれの部屋へと入っていく。

そうあれはご主人様の胸の中で泣いた次の日のこと……



――犬生活3日目


「あれ、ご主人様仕事は?」

「何言ってるんだ?今日は土曜日だぞ」


目まぐるしい生活の中で曜日感覚が無くなっていた。

というのと同時に、土日休みだなんて羨ましいと思った。


「今日はドタバタするから覚悟しておけよ」

「え、ドタバタって何するんですか?」

「それはお楽しみだな」


またもやご主人様の楽しみを増やしてしまった。

少し悶々としながら、僕は掃除をしていく。

一通り終わったところで、インターホンが鳴る。

僕が出ようとしたが、ご主人様が止めて出る。


「はい……はい、お願いします」


なんなのだろうか……

また料理道具でも買ってくれたのだろうか?

しばらくすると玄関から威勢のいい声が聞こえて来る。


「「失礼しまーす」」


屈強な男たちがゾロゾロと入ってきた。

この人たちに何をされてしまうんだ……という風には思わなかった。

なぜなら一目でわかった、引越し屋だったからだ。


「どこに運んだらいいですか?」

「あ、えーとね、こっちの部屋なんだけど……」


そう言ってご主人様は案内をする。

遠目から見てると、どうやらあの謎の部屋らしい……

拷問器具……ってことはないか、引越し屋だもんな。

あれこれ考えてると荷物が運ばれてくる。

ベッドに、テレビに、本棚に……

どこかで見たことが…………

あっ!!あれは前住んでた家で使ってた家具だ!!

しかし、どうして……


「お、ようやく気づいたか」

「やっぱりあれって僕の家具ですよね??」

「そう、一部屋余ってるからお前使っていいよ」

「え!?あの部屋って空き部屋だったんですか!?」

「なに驚いてるんだよ、空き部屋ぐらいあったっていいだ

ろ」

「いや、正直拷問部屋かと……」


そう話すとご主人様は笑ってこう答えた。


「俺はそういう趣味ねぇって」

「で、でもムチとか手錠とか……」

「あー、あれか……あれはなこれに影響を受けて買ったんだよ」


するとご主人様はある本を取り出して説明してくれた。

その本は”あなたもムチでムッキムキ!マッチョのムチ(道)も一歩から”とかいう謎の本だった。


「これがさぁ、結構しんどくてなぁ……お前にやるよ」

「い、いらないですよ……あ、じゃあ手錠はどう説明するんですか??」

「手錠?手錠なんて俺買ったこと無いけどな……」


僕は冷凍庫からキンキンに冷えた手錠を取り出した。


「これです、なんでか冷凍庫に入ってたんです」

「んー?あ、これか……これは去年のハロウィンで同じ会社のやつが酔っ払って置いていったやつだな」

「ハロウィン……?」

「そうそう、次の日手錠を無くしたー!って騒いでてなぁ……懐かしいな」

「ご主人様ってハロウィンとか参加するんですね」

「まあ仕事付き合いって感じか?この手錠結構高いらしいから返してやらないとな……でもその前に使ってみようかな……」


ご主人様は不敵な笑みをしながら近づいてくる……

僕の手を掴んで手錠をかける振りをしてくる。

やはりこの人は頭が少しおかしいんじゃないか?

昨日の事を撤回したいぐらいだ。


「冗談冗談、そんな事するわけないじゃん」

「で、ですよねー」


その時、ドアが突然開いた!


「すいませーん!終わりましたー!!」

「うぉっ!?」


どうやら家具を運び終えたようだが、この状況も終わってる……

ご主人様が驚いた拍子に持っていた手錠が僕の両手に……


「じゃ、じゃあ失礼しまーす……」


引越し屋は帰って行った……


「ちょ、ちょっと!これどうするんですか!?」

「大丈夫だ、落ち着け。持ち主はわかってる」


そう言ってご主人様は同僚に電話をする。


「お、もしもし、ごめんな休みの日に……確か前に手錠無くしたって言ってたよな?あれ家にあったんだけど鍵持ってる?……あー、よかった……あのさ、今から取りに行ってもいいか?」


良かった……

良くないのは引越し屋に見られた事だけだな。


「うんうん……え!?マジで!?……そうか、じゃあ明日取りに行くわ、はーい、楽しんでなー」

「……え!?今、明日って行ってませんでした!?」

「いやー、旅行行っちゃってるみたいでさ……明日帰ってくるって」

「じゃあこれは……」

「明日までそのままだな」

「そんなぁ……」


僕は手錠と共に1日を過ごすことになった。

鍵が届くその時までは、ご主人様が露骨に優しかったのはここだけの話。

翌日、無事に手錠を外すことができいつも通りの生活に戻るのだった……

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