第8話 花火大会
「あづい〜」
「お前の部屋にエアコンあるだろ?なんでわざわざリビングにいるんだよ」
「ちょっとでも電気代を安く済まそうという、犬なりの気遣いですよ」
「別にそれぐらい良いってのに」
この生活が始まってから1ヶ月ちょっと。
季節は夏真っ盛り。
照りつける太陽が窓から差し込んでくる中、僕とご主人様は家でのんびりしていた。
ご主人様と犬、関係は相変わらずだが特に困った事もなく自由に暮らしている。
ある時ご主人様がこんな事を言ってきた。
「そうだ、来週の土曜に花火大会やるみたいだけど一緒に行くか?」
「花火大会ですか!?いいですね!」
「じゃあ決まりな」
花火大会なんて高校生の頃友達と行ったきりだなぁ……
彼女いない歴=年齢の僕にしてみれば、高校生の頃の思い出が1番の青春だ。
大学は初動をミスりぼっち生活、会社なんかじゃ青春の「せ」の字もあるわけない。
だから花火大会に誘ってもらえただけでも僕は内心舞い上がっている。
それからの1週間僕は平然を装いながら家事をして、ご主人様と話をする。
だが、水曜日を迎えた夜。
ご主人様にこんな事を言われた。
「お前なんか様子おかしくないか?」
「え!?そ、そんな事ないですよ!!」
「なんか浮かれてるように見えるんだよなぁ?」
なんて鋭いご主人様!
しかし、この僕の演技力の高さの前では見破る事は出来ない!!
「あ、わかった。花火大会楽しみなんだろ?」
「あぇっ!?な、なんでわかったんですか!?」
「アレだよアレ」
ご主人様が指差した先はカレンダーだった。
カレンダーがなんだっていうんだよ!!
「今週の土曜日にマルつけたのお前だろ?」
「そ、そうですけど……だからって花火大会を楽しみにしてるとは限らないじゃないですか!」
「気付いてないのかもしれないけど、寝る前にカレンダーの前でニヤニヤしてるの知ってるからな」
完敗だ……
そこまでわかっていながら、なぜこんなに恥ずかしい思いをさせられなきゃいけないんだ!!
「ご主人様は楽しみじゃないんですか!?」
「俺か?俺だって楽しみにしてるぞ」
「そ、そうですか!それなら良かったです!!」
またしても完敗だ……
潔すぎるよこの人……
「まあ、楽しみにしてくれてて嬉しいよ」
「はいはい!この話はもう終わりー」
ご主人様はあまり言葉にも態度にも表さない分、いざそれが表に出てきた時の衝撃が大きすぎる。
こんな事でドキッとしてしまうのは、ご主人様が大人の余裕を醸し出しているのか、それとも僕の気持ちがそっちに揺れ動いているのかはまだ分からないし、受け入れるのは躊躇する。
もはや包み隠す事もなくなり楽しみ全開の花火大会もいよいよ当日。
なぜか2人してソワソワ。
僕がソワソワするのはわかるけど、ご主人様までソワソワするなんて意外と可愛いところあるんだよなぁ。
少し上の空の夕方前、そろそろ準備をしようかなと自分の部屋に戻ろうとした時ご主人様に声をかけられた。
「ちょっとここで待ってろ」
そう言うとご主人様は自分の部屋へと向かっていった。
数分待ったところでドアの開く音がした。
「これなんだけどさ、2人分あるから着ていかないか?」
ご主人様が部屋から持ってきたのは2人分の浴衣。
いつ用意したものなんだろう……
けど、ご主人様もこうやって楽しみにしててくれたのなら僕もそれに乗っかってあげようじゃないか!
「いいですねー!気が利くじゃないですかー」
「嫌って言われたらどうしようかと……まあ、嫌って言わせないけどな」
「なんですかそれ、ひどいですよー!」
大の男が、浴衣を一つ着るか着ないか……
しかもそれを男同士で笑い合う。
男女の間で友情と愛情は紙一重というが、それは男同士でもそうなのかもしれない。
この好きという気持ちはまだ揺れ動いている。
「そろそろ行くぞー」
「はーい!あ、そうそう。この浴衣サイズぴったりですよ!」
「昔買ったやつだから合わなかったらと思ったけど、なら良かった」
僕達はこの日初めて2人で外に出かけた。
やましい事があるわけでもない、男同士だから恥ずかしいというわけでもない。
きっかけがなかった、それだけだ。
花火大会の会場周辺まで来た。
辺りは出店のいい香りで溢れ、カップルや家族連れがそれに群がる。
ここは一種の天国のような、そんな幸せな気持ちにしてくれるような錯覚さえ起こしてしまう。
「あれ食べるか!」
「お好み焼きですか!いいですね!」
僕はご主人様の家の手伝いをしているが、給料は貰っていない。その代わりに好きなものは言えば買ってくれるみたいだけど、趣味も特別なかったしお願いする事もなかった。
しかし、今回ばかりは甘えさせてもらおう!
「お好み焼き美味しいー!」
「いっぱい食えよ、なんでも買ってやるから」
「やったー!!」
お言葉に甘えて……
イカ焼きにチョコバナナ、かき氷にと食べたい物を食べるだけ食べた。
お腹もいい感じに膨らんだところで、辺りはいい感じに暗くなってきた……
まさかこの歳で男2人で花火を見るなんて……
しかも犬として飼われているなんて昔の自分に言っても信じてもらえないだろう。
1発の花火が宙に舞った。
歓声と共に散りゆく花火はまだ始まったばかり。
僕は今日、ご主人様の秘密を知る事になる……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます