第四十七章

大伴智香は全てが終わったと思った。母真奈香が死んだ時には、心のどこかで事実と認めたくなく抵抗していたような気がした。だが、今この瞬間に本当になにもかもなくなってしまう気がした。智香の妹のような友だちの孝子、卓君・・・あぁ、そして、美和ちゃんがいない。どうしたのかしら?なぜ、いないの?あたいに白い友だちを作るのを教えてくれた女の子・・・近くに美和の気配が感じられなかった。もういい。彼女は首を振った。

「もういい」

智香は声に出した。彼女はこれから起こるであろう残酷な現実を見るのが耐えられなかった。だから、彼女は目を伏せようとした。 その時、

「誰、誰ですか?」

今、智香は耳元で囁く誰かの声を聞いた。

すぐに反応があった。時々、智香に語り掛けて来る女の人の声だった。

「智香。目を開けなさい。現実から目を逸らしてはいけません。あなたの宿命から逃げてはいけなせん」

「でも、でも・・・」

智香は目を開けた。そうしなければならないと思い、素直に従った。

その時、その瞬間、暗黒の空に白い閃光が緩やかに走った。彼女が目を閉じる前、全てを消滅するために向かって来ていた雷光だと思った。しかし、今目にする閃光の明るさは一瞬で消える輝きではなく、暗黒の空の中、ますます明るさを増すばかりだった。余りの眩しさに、彼女は目を手で覆った。

「チィッ!誰だ?俺の邪魔をするのは、誰だ?」

里中洋蔵は、その明るさの源に目を向けた。緩やかな白い閃光は、洋蔵の体の周りを何度も回り、覆い尽くそうとしていた。

「やめろ!俺を怒らすな」

洋蔵は苛立っていた。

智香の指の隙間から、白い何かが見えた。事件のあった夜、寝ている彼女に襲い掛かって来た白い何か・・・それのように見えた。それは、暗黒の空を自由に飛び回っていた。彼女は気になり、それが何かを確かめようと、目を覆った手を取った。

白い、大きな鳥だった。少なくとも彼女にはそのように見えた。首か長くて、体の細い鳥で、美しかった。

「チッ!」

洋蔵は舌打ちをした。

大きく羽根を広げ暗黒の空を自由に飛び回る白い鳥は、以前何処かで見たような気がした。やはり、あの時の白い何か・・・なのか?しかし、あの夜彼女の父と母に起こっていた出来事を知らせに来た白い何かは、それよりずっと以前に何処かで見たような気が・・・?その映像は淡くぼやけていて、彼女の記憶の奥の方にあった。今は・・・。

白い鳥は何回が円を描いた後、暗黒の雲の中に入って行った。すると、そこから、雲が割れ、暗黒の空が少しずつ払われて行った。

智香は、白い鳥があの夜の白い何かだという確たる自信はなかった。この白い鳥に語り掛ければ、何かを答えてくれるような気がしたので、

「あなたは、誰なんですか?」

と聞いて見た。

返事はなかった。ただ、洋蔵の顔が激しい怒りで赤くなったり青くなったりしている姿が、非常に面白く見えた。

突然、智香に向かって白い鳥は飛んで来た。彼女は一瞬身構えたが、白い鳥は途中で旋回して、明るくなった空に消えて行った。


小林刑事は呆然と空を見上げている。

南小四郎警部は一言も発しなかった。驚きという以上の現象を、今小四郎は目にしたのである。人は驚愕、恐怖、また人が殺されている姿を目にした時、そう易々と言葉が出て来るものではない。恐れ慄き、無抵抗になってしまう。今の俺はそんな状況の真っ只中にいる、と彼はあっさりと認めた。


飯島一矢は海を眺めながら、さっき百科事典で調べた陰陽師の項を復唱していた。

「今に伝わっているのは、あれだけか・・・」

彼の父慎之介、母君江から、陰陽師という家柄が見えて来ない。弟卓はごく普通の男である。全く自分とは正反対の人間だと一矢は思っている。なぜ、俺だけが、こんな仕種や行動をするようになったのだ。どういう系譜の家なのか調べて見る必要があるのか?彼は気乗りしなかった。もっと他の所から、答えが出て来る気がした。彼は首の後ろが鬱陶しく感じ、左手で撫でた。不快な手触りがあった。一矢は唇を歪めた。

海の波はおだやかだったが、太陽はその波に照り返していて、目を細めるしかなかった。一矢は双竜王の珠を手にし、海の方に照らした。波の照り返していた光りを球が吸収しているように見えた。その後、球が点滅し始めた。

「何だ?何かが・・・あの子に何かが起こっているのか?」

一矢は立ち上がろうとしたが、また腰を下ろした。

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