第四十四章

洋蔵の死の宣告と同時だった。それまでにない雷光の帯は太く、鋭い輝きを放って、智香に向かって一筋の線を引いた。

その時、

「やめろ!」

と、智香の背後から男の声が聞こえた。

智香には聞き覚えのある声だった。だが、すぐには思い出せずに、誰・・・と目を細めた。彼女は気になり、どんな顔の人かを確かめようと振り向こうとした。雷光の帯はそこまで来ていた。その時、智香は背後から誰かに抱きかかえられ、暗黒の宙に飛んでいた。抱かれたまま白壁の前に着地すると、背後の人に覆い被され、地面に伏せた。男は彼女を雷光の威力から守るかのように、覆いかぶさった。

すべての動きが一瞬であり、間一髪、智香は助かった。大きな力を蓄えていた雷光は、庭にあった小さな丘を一瞬にして吹き飛ばしてしまった。

「誰、誰なの?」

智香は顔を伏せたまま、いった。

「大丈夫か?」

彼女はひょっとして一矢様なの、と思ったが、声も違うし、抱かれた感触もちがった。

「誰なの?」

智香はもう一度聞いた。男が自分から離れると、彼女は顔を上げた。

「あっ!」

智香は驚いた。あの夜、家の居間で智香と向い合った見知らぬ男だった。

「ちっ、誰だ?お前は誰だ?俺の邪魔をするな」

里中洋蔵の表情は、明らかに怒り狂っていた。

「何かを言え。お前は誰だ?なぜ、俺の邪魔をする?」

洋蔵の形相は醜く変形し始めていた。彼の心の中の怒り、乱れがそのまま、今の彼を変形させていた。洋蔵の体全体が人間でない生きもののように波打っていた。洋蔵が自分の攻撃を邪魔され、どんなに悔しいのか、彼の怒りがいかに頂点に達しているのか、彼の体の動きや表情から容易に判断出来た。洋蔵の目は焦点が定まらずに乱れ、ぐるぐる回っていた。その目は、何処かで止まるだろうことは、推測出来た。

「・・・」

見知らぬ男は洋蔵を凝視しているだけで、何も言おうとはしなかった。

洋蔵は、突然宿命の対決に入り込んできた侵入者を威嚇し、苛ついていた。そして、洋蔵の目は見知らぬ男で止まった。彼の目の色は青や金色に変色していたが、この状況下では人に恐怖を与えるのではなく、相手の心を読もうとしているように見えた。

突然、洋蔵の表情が険しくなった。そして、懐かしい人物にでも会った時のように、洋蔵の顔から険しさが消えた。

「お前は!お前は・・・おう、良く知っているぞ。お前のことは子供の頃から何度も聞かされていた。ふん、どんなに会いたかったことか!ひょっとして、俺たちのように宿命を負わされた者がいるに違いないということだったが。いたか。やっぱり、いたか。俺は、今お前に初めて会うが、会いたかったとか嬉しいとか少しも思わない。先祖のあいつを、俺はその時の安っぽい感情に流されやすい馬鹿な奴だと思う。俺のような子孫がいるのなら、まあ実際いたのだが、もし会うようなことがあれば、言ってやるつもりだった。全ての宿命は、お前の祖先もそうだが、俺たちの祖先の弱さから始まっているのだと」

ここで、洋蔵は言葉を切った。智香には全く理解出来ない洋蔵の言葉だった。

(このひとは何を言っているの!)

彼は智香ににっと笑い、すぐに目を逸らした。

里中洋蔵は、智香を守るように立つ男から目を逸らさなかった。そして、突然、洋蔵は目をきっと開き、唇を固く半開きにした。

「お前・・・お前が、なぜその子供を守ろうとするのか?同じ祖先をもつだけの理由ではないな。まさか・・・そうか、そうか、在り得ないことではないな」

洋蔵はにやりと口元を弛めた。智香には洋蔵が何を言っているのか、全然理解出来ない。それでも、自分も関係している話だとは容易に判断出来た。さらに洋蔵は言う。

「お前と俺とは全く別の存在なのだ。お前と俺は直系ではないのだが、根本となる母系が違うのだ。俺とお前を結び付けているものは何もない。ただ、そういう時代だったから生まれたに過ぎない」

智香の前に立つ男は、まだ一言も発していなかった。時々後ろにいる智香を見て、気づかいを見せた。

「ちょうどいい。邪魔をするというなら、お前の命も、俺が終わらせてやる。お前・・・名はなんという?」

洋蔵は聞いて来た。智香は、どう答えるのか興味を持った。

見知らぬ男は、智香を一瞥した後、

「安部安貴という」

とだけ、答えた。

洋蔵の反応はなかった。だが、智香は違った。

「あ、べ、や、す、た、か・・・誰、誰なんですか?誰なの?」

智香は、なぜだか気持ちが昂ってしまった。

安部安貴は智香の問いには答えず、

「気を抜くな。奴から目を逸らすな。奴、印を結んでいるぞ。来るぞ!」

と、語気を強めた。

 洋蔵に目をやると、手を組み換え、呪文のような言葉を唱えていた。

 「我、祖先よ。この世に怨念を残した祖先よ。今ここに・・・」

 洋蔵の手が止まった。そして、今度は、手刀を作り、縦横それぞれ四回十字を切った。

 洋蔵は空を睨み、今度はさっきと同じように両手を高く差し上げた。

 瞬間、目がくらんだ。二つの雷光が生まれ、智香と安貴が立つ一点を目掛け、閃光が走った。

 「智香、飛べ!」

智香の体は安貴の叫びに反応し、動いた。なぜ、安部安貴の声に抵抗なく従えるのか、彼女には分からなかった。

 「お母様!あたい・・・いいえ、私に何が起ころうとしているのですか?お願いです、教えて下さい」

 智香は自分が避けられない宿命の中に、自分の意志や気持ちなどお構いなしに、その先に真奈香と六太郎の真実の姿が待っているから進んで行くという彼女なりの理由を無視して、ただ洋蔵のいう呪われた宿命の中に追いやられて行くような気がした。

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