第四十二章

今となっては、目の前にいるこの男から聞くしかなかった。お母様はあたいに何かを語り継がなければならない立場にあったような気がした。それは、洋蔵のいう四百余年前から代々語り継がれて来た宿命、呪われた怨念だったに違いない。お母様はあたいの見たことのない祖母から、多分怨念について知らされていたと思う。だけど、お母様はあたいに何も語ることなく逝ってしまった。お母様には秘密があった。彼女は母真奈香に抱かれる度に強く感じていたことだった。

「おぉ、濁りのない目だ。素直な気持ちになったようだな。お前が自分の宿命について、何も知らされていないのなら、志摩へ行け。俺は志摩で待っている。そこに、お前の知りたい、お前が知らなければならない事実があるはずだ。お前自身の目で見、お前の耳で聞くがいい。ただし、お前に命があったならば・・・だ。さっきも言ったように、お前が目覚めるのを待つ気はない」

洋蔵はここで言葉を切った。

「ふん!」

洋蔵は口を歪めた。笑っているのだろうが、そうは見えない。

「今から、俺はお前の命をもらう。俺はお前に怨みも憎しみもない。怯えるな。お前の宿命を怨め。そのような家系に生まれたことを悲しめ。俺とお前は同じ宿命の下に生まれたのだ。悲しいか?いいか、俺は悲しまん。なぜなら、俺は戻ることの出来ない宿命の中に生まれ、そうであれと教えられて来たからだ」

里中洋蔵はこう言い切った後、彼の目は一瞬金色に光った。

「天を我父となし、地を我母となす。我が命を芽生えさせた御霊よ。御霊よ、願わくば我に全能の力を授けたまえ。我が祖先の怨念を、今こそ果たさん。今こそ我四百余年の怨念を果たせたまえ。臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前・・・」 

洋蔵はその間も手を激しく組み合わせて、印を結んでいた。そして、突然手の動きが止まった。

洋像は大きく息を吸い込み、口から黒くて生臭いものを吐き出した。

「何!」

智香は口を覆った。洋蔵の形相に何の変化もなかった。洋蔵の体の中で何らかの変化があったのかも知れない。彼女は洋蔵の動きと変化に注意を払った。

智香には、洋蔵が唱えた言葉に聞き覚えがあり、結んでいた印も目にしていた。

智香はすぐに思い出した。母真奈香が死んだ生きものたちに新しい生命を与える時の言葉に似ていた。その時の、その瞬間の母真奈美の姿は、周りの自然の情景に溶け込み、どこにも違和感はなかった。真奈香は言った。

「智香よ。私は神ではありません。また、神であろうともしません。私は神から送られて来た使者なのです」

智香にはその意味は分からないが、どことなく納得出来た。

しかし、今は、洋蔵が存在する状況は全く違っていた。洋蔵は智香を殺そうとしていた。

洋蔵は言った、陰陽道の呪術だと。

(お母様も、そうでしたの?あの一年で、あたいは陰陽道の呪術と技術を身に着けた。また、喜一方眼先生から剣の技術のようなものを教わった。でも、あたいは何も納得していない。あたいって、一体何なのですか?何をさせようとしているのですか?陰陽道とはもの凄いものだと思います。でも・・・)

智香には、陰陽道の呪術がどういうものなのか分からなかった。確かに、智香はそのすべてを身に着けた。

「いやです。いやなのです」

智香は首を振る。

智香は今も思い出し、信じていることがある。あたいがお母様から教わったのは、いつも自分の心に話し掛け、ほかの何よりも自分自身を信じ、従いなさい。そして、常に自分に正直であるように強く心に願いなさいということだった。智香は、今もこれからもこの気持ちに揺らぎはなかった。しかし、洋蔵の目を見ると、心が体を揺るがす。

(やはり、怖い)

のです。洋蔵は黄色い歯をむき出しにして、笑いを見せる。

智香の意志はぐらつき、死ぬのが怖いという気持ちで体が張り裂けてしまいそうである。鼻を潰してしまいそうな臭いは消えていない。洋蔵は確かにより大きな力を獲得していた。だが、彼女は倒れなかった。

大伴智香は洋蔵の殺気を直にはっきりと感じ取っていた。あいつは、あたいを本当に殺そうと思っている。怖いが、心に焦りはなかった。今、自分の命を守るために、あたいには何が出来るの?どうすればいい?どうすればいい?何をすれば、いいの?智香の思考は過去へと乱れ飛んだ。

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