第三十章

飯島一矢も、面白いことが起こりつつあると見ていた。彼は洋蔵の放った稲妻から間一髪逃れた。あの女の子の殺気立った、「後ろ・・・」という声を聞かなかったら、やられていただろう。彼とあの子は少し離れた所にいたが、今智香を改めて観察した。

「ふうっ、やはりこの子はすごい」

と一矢は感慨深い吐息をついた。

これから何が起こるのか分からないが、あの子の成長をじっくり見てみようと一矢は思った。あの子は、ごく普通の十二歳の女の子ではない。だけど、今は未熟だ。おかしなことだが、あの子がそう簡単にあいつの餌食になるとは思えない。だか、あの子ははっきりと成長していると断言できる。心も、あの子の形相も大きく変わる。でも、今はすべてが未熟だ。まだ目覚めていないのかも知れない。あのままではあの子は死んでしまう。俺が助けてやろうと思った。だけど、今、この瞬間は誰の助けも必要ないようだった、あの子は。それよりも、今は白い塊りが何をするのか・・・見てみたい。

(俺にはいざという時、手助けになる武器がある。この剣が、今の所何なのか、俺にはさっぱり分からない)

一矢は何が起こるのか、傍観することにした。彼は背中に隠した剣を握り締めた。


津田砂代は二人の刑事を玄関から送り出そうとしていた。彼女の頬に緊張で張り詰めたような色の変化が浮かんでいた。何なの、この気持ち・・・?

砂代は神経質そうな刑事に何度も目配せした。やがて、それは奇妙な胸騒ぎに変わった。

(この人とは・・・)

この瞬間の記憶にはっきりとした根拠はなかったが、あの時以来といっても、この人とは数十分前に会ったばかりだが、度々感じてしまう胸騒ぎに戸惑った、志摩に関係したこと、もの、人に出会った時の胸の動揺だった。

(この人は、志摩の人なのかしら?)

彼女の言うあの時とは、押し寄せる債権者たちに耐え切れずに父が母を殺し、最後には母をも自殺してしまった時のことである。女の勘ではない。そういう体験が彼女の心にも体にも染み込んでいた。

その時、家が震えるほどの大きな音がした。

「何なの?」

その音は、二階の方から聞こえた。

「警部」

小林刑事がすぐに反応した。

南小四郎は頷き、砂代を見た。砂代は刑事が何を言おうとしているのか、察知し、

「あの子たちが二階にいます」

と言った。彼女は今まで感じたことのない心細さを覚えた。

砂代は昌美を探した。彼女が十七歳の時は兄六太郎を探した。その時、六太郎は彼女の傍にいて、彼女を守るように抱き締めていた。

「あなた!」

砂代は居間の入り口にいる英美に声をかけた。

「わ、分かった。すぐに行って、何があったか確かめる」

と、昌美は言ったが、すくには二階に行こうとしなかった。

「砂代さん、私も行っていいですか?小林。お前は外から見てくれ」

「分かりました」

と言って、小林刑事は外に出た。

南小四郎は、六太郎の妹を名前で呼んだのは初めてだった。十代のころなら胸をときめかすのだが、今はそんな気分にはなれない。

 「はい。私も行きます。こちらです」

砂代は急いだ。

(何があったの?)

彼女の不安で乱れた胸騒ぎは次第に大きくなっていく。彼女が後ろを振り返ると、刑事の後にいるはずの英美が見当たらなかった。何処へ・・・?

南小四郎は、今自分では撥ね返せないほどの大きな力に引っ張られているような気がした。彼にはそれがどういう力なのか分からないが、自分の力だけでは逃げられない運命のような気がした。


「ラン、ラァァァン!」

白い塊りのエネルギーは輝きを増しながら、洋蔵を目掛けて突っ込んで行く。

すべてが一瞬だった。

「あぁ・・・」

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