第二十八章
大森智香は、聞こえて来た声の主を確認することは出来なかった。彼女はこの状況をぶち壊すために、何かをしたいという強い気持ちはあったのだが、今は何も出来なかった。
静寂はすぐに破られた。この瞬間は、それ程無気力に陥っていた。
「どうした?来い!」
里中洋蔵が誘いをかけて来たのである。智香は洋蔵を睨みつけ、負けるな、闘えという気持ちを自分の心の一点に集中させた。すると、これから何かをやろうと企んでいる洋蔵の動きが鮮明に見えた。
「どうしたらいいの?あいつは、本当にあたいを殺そうとしている。あいつは、この闇の世界に稲妻をよび、あたいを焼き殺そうとしている。あぁ、誰か・・・助け・・・」
智香は、助けてという言葉が言えなかった。彼女は暗黒の空に目を向けた。そこには、洋蔵がいた。
「ふっ、ふ、観念したか!」
洋蔵は勝利の笑みを見せた。
「死ね!」
智香は目を逸らした。
「キャッ」
洋蔵によって作り出された闇の世界から生まれた稲妻は、一閃、智香をめがけて走った。
智香の目は、稲妻の光りが走るのを一瞬はっきりと捉えた。しかし、闇に光る稲妻の美しさに恐れてしまい、体が縮こまってしまったのか、何の反応も出来ず動けなかった。
「終わった」
智香はそう感じた。
これでいいのね、と彼女は自分に言い聞かせた。お母様の所に行けるのね、と彼女は薄い笑みを浮かべた。そして、次の瞬間、彼女は稲妻の衝撃により、闇の空間に飛ばされた。
「誰・・・?」
智香に意識はあった。誰かが自分を抱き留めてくれていた。その抱かれた感触は、彼女には初めてもので、体中が暖かくなる奇妙なものだった。
智香を抱いている者の返事はなかった。彼女は人に抱かれている恥ずかしさを感じ、顔を上げた。
飯島一矢だった。
「あなたは・・・」
知っている人であったのに、名前が出て来なかったが、智香は安堵の気持ちが渦巻いた。彼女は一矢の目を見つめ、言葉を求めた。
だが、一矢は二三秒智香を見た後、目を逸らした。その先には、あの男がいた。
「お前は、誰だ?」
洋蔵が訊いて来た。
「俺こそ知りたい。お前は誰だ?」
「俺が誰かは、お前には関係ない。その娘からはなれろ」
一矢にも、ここで起こっている状況が理解出来ていないようだった。俺がここにいるのも、運命が導きなのかも知れない、と一矢は思った。誰が俺をここへ呼んだ。この化けものが。その意味も知りたいと彼は思っている。この化けものの声が、俺になぜ聞こえたのか?この不可解さは分からなくても、今、目にしている状況を理解出来れば、何が起こっているのか分かるかも知れなかった。だから、関係ないから、この娘から離れろと言われても、そう簡単に分かりましたという訳にはいかない。それに、この子は弟卓のクラスメートだが、これ以上化けものの相手をさせられないと彼は思った。このままにしておくということは、弟の友達の死を意味していた。
「そうはいかない。お前は俺の質問に答えていない。誰だ、お前は?」
一矢は胸を張り、洋蔵と堂々と対峙していた。
「うるさい。俺を本当に怒らせるな。でないと、お前も死ぬぞ」
一矢は智香を地に立たせた後、彼女の前に立った。
次の瞬間、また閃光が走った。
「キャッ」
智香は一矢に押された。
一矢は、彼女とは反対の方向に飛んだ。智香がいた場所を見ると、より強い稲妻の衝撃が残っていた。深い穴がクレーターのように掘れていて、もし智香に直撃していれば、間違いなく死んでいただろう。洋蔵の怒りが稲妻に乗り移っているようだった。
「いつまでも、お前たちガキの相手をしている気はない。時間切れだ」
洋蔵は智香の微かな変化に気付いているのか、智香に考える時間・・・それとも成長の瞬間を与えない。
「行くぞ」
洋蔵の考えをより早く察知しようと、智香は意志を強く持ち続け、洋蔵の闇の世界に気を配った。それは、真奈香からいつも厳しく言われていた教えだった。いつも強くありなさい。まだその時あなたが未熟であるなら、そう望みなさい。少しの迷いもいけません。その時、全ての現象を冷静に見抜き、そして判断をし、するとこの世界の現象を操ることが可能になります。普段、見えないものが見えて来ます。母真奈香はいつも智香に言い聞かせていた。
「あっ!」
智香は叫び声を上げそうになった。彼女は洋蔵が何をしようとしているのか、はっきりと読み取ることが出来た。しかし、今の彼女には何の攻撃力も防御力もなかった。稲妻の閃光から逃げるのに精一杯だった。でも、この人は・・・あの人は違う。あそこにも、あの人はいた・・・ような気がする。彼女は一矢の姿を求めた。
「後ろ・・・」
智香は絶叫した。
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