第二十七章
里中洋蔵の放った黒い闇のエネルギーは、白虎と青龍を捕えた瞬間、閃光と共に爆発した。智香は反射的に体を屈め、両手で目を覆った。
「白虎・・・大丈夫、青龍?」
大森智香は叫んだ。
白虎の返事はなかった。
智香は青龍の姿を探した。
(いない)
彼らが洋蔵にやられたとは思わなかった。彼らが智香の夢の世界で語ったことだが、俺たちは時間の壁を突き破り、犯罪者を追跡し、捕えるのが仕事と言っていた。彼らがどの時代からやって来たのか、智香は知らなかった。また、彼らは何も言おうとしなかった。その犯罪者、五郎太は何をやったの・・・と訊いても、その内分かります、とだけ答えるだけ。でも、彼らの言っていることが本当なら、彼らはそんなに弱くはないはずである。智香は彼らを信じたかった。
「へ、ヘッ・・・」
洋蔵は勝利の不敵な笑いを見せた。
「チッ!」
智香は舌を短く鳴らした。その後の彼女の動きは早かった。彼女は自分ではない何かが、自分の体を動かしているような気がした。彼女の動きに迷いも戸惑いもなかった。
次の瞬間、智香は洋蔵の体の体当たりしていた。なぜ、体当たりなのか?今の彼女にはその方法しか思い付かなかった。もっと冷静に行動していれば、彼女は十分闘うことができたのだが。
二メートル近い大男に小さな体の女の子が体当たりをしても、どれだけの効果があるのか疑問に思ってしまうが、これが結構洋蔵に衝撃を与えた。洋蔵の大きな体は以外にも十メートルほど吹っ飛んでしまった。彼女自身、自分の馬鹿力に驚いた。
「ほっ!」
洋蔵はすぐに態勢を整え、智香に満足そうな笑顔を見せた。
「それでこそ、俺と闘う宿命にあるお前だ。お前の家系が四百余年前にやった悪行をどのように伝えて来たのか、俺には分からない。俺はそれを知る気なんて全くない。たとえ、何も伝えられて来なかったとしても、大した問題ではない。俺は、俺に与えられた宿命に従うだけだ。俺は、そうしろと教えられて来たのだ」
こういうと、洋蔵は智香を睨み付けた。洋蔵の目の色が変わる。黒から黄色に赤に・・・智香は頭がふらつき倒れそうになる。
智香は堪らず目を逸らした。そして、再び目を洋蔵に向けた時、
「あっ!」
闇の世界は一変していた。智香には見覚えのある情景だった。彼女がいつも遊んでいる彼女だけの夢の世界に似ていた。もちろん、彼女の世界はこんなに暗く重苦しい世界ではなかった。ただ、
「どうして孝子が・・・」
智香は、この洋蔵の世界に孝子がいるのに気付いた。
津田孝子は気を失ったまま倒れていた。壁にぶち当てられた時には、まだ彼女の胸は波打ち呼吸していたが、今はその気配はない。智香は孝子に駆け寄った。そして、彼女は右手をそっと孝子の首筋に当てた。
(生きている)
智香は安堵した。
(でも、なぜ・・・?)
どうして孝子が、この世界にいることが出来るのか、智香には理解出来なかった。この世界は特別な人だけが行き来できる。現実に生きている人間には絶対に入って来れない世界。それなのに、孝子は気を失ってはいたけど、この夢の世界に存在していた。洋蔵は現実の世界に、智香が目覚めている時に洋蔵の夢の世界を出現させたのである。
智香は洋蔵に、
「お前は絶対に許さない」
と怒った。彼女は抑えきれない感情の動きを、自分の体中に感じていた。突然彼女の前に現れ、何かも滅茶苦茶にしようとしているこの化けものが気に入らなかった。
「双竜王の珠?宿命?四百年前・・・?何を言っているの?あたいには何も分からない。何も知らない。知りたいとも思わない。あたいは、あんたが気に喰わない。絶対に許さないよ。あたいの全ての幸せを壊しに掛かっているあんたを・・・」
最後の怒りの言葉が出なかった。智香の感情は乱れ、一点に集中していなかった。次から次へと怒りの映像が現れては消えた。真奈香の死、父六太郎は、今は父とは言い難い、孝子の無残な姿・・・すべてが洋蔵が現れたためだと思った。そんな中、智香は静寂の瞬間を見つけた。
智香は目をつぶった。その静寂の中に、何かの音が・・・いや、誰かの声が聞こえた。智香って呼ばれた気がした。
(誰・・・?)
答えはなかった。
飯島一矢は、
「おもしろい」
と言葉に出した。卓の友達の女の子がどんどん変わって行くのが、一矢にははっきりと見て取ることが出来た。彼はこの状況を冷静に分析していた。このままでは、あの子が里中洋蔵という大男に殺されてしまうのは、時間の問題だった。あいつが本気を出せば、多分、一呼吸するだけであの子は俺の目の前から消滅するだろう。だが、彼には何かを予想する。あの子に何が出来る?何をしようとしている?まだ、何もしないのか!
一矢は、その答えを見通すことは出来なかったが、ここにいる自分に強い運命の引力があるような気がした。
(どうする?」
「俺の心に話し掛けて来たのは、あいつか。どうする・・・俺に何が出来る?」
一矢は真剣に考えていた。智香と同じように、自分の存在をまだ把握出来ていなかった。そして、一矢は、何をしたら彼女を助けられるのか、一つの答えも出せないでいた。ただ、彼の手はさっきから印を結び始めていたし、呪文を唱え始めてもいた。
飯島卓は智香の変わりように驚いていた。言葉は少ししか発していなかったが、智香を良く知る彼には一言二言で十分だった。
「智香が自分のことを、あたい、といった。あたい、なんて言葉を叫ぶ。智香は一度だって俺の前で使ったことがない」
何が智香を変えようとしているのか。目の前の状況を見ても彼には理解出来なかった。だけど、卓は興奮する気持ちを抑えられなかった。何かが、智香を変えようとしていると考えるより、その時が来たような気がした。なぜだか分からないが・・・。卓には、今のこの瞬間が堪らなく嬉しかった。
目の前の暗黒の世界を創った里中洋蔵という化けものに、卓は計り知れない怖さを抱いた。そして、卓は、この状況を見慣れない仕種をしながら見つめる兄一矢からも目を離せなかった。
もう一人、この場に居合わせた男がいた。智香に目を潤ませた男である。男は卓の背後にいた。
「その時は、来ている」
と男は何度も繰り返した。
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