二十六章

大男たちの闘いを、智香はただ見ているしかなかった。

この訳の分からないことばかり言う化けものを、白虎と青龍は簡単にやっつけてくれるに違いない、と智香は内心期待した。この二人はいつも生意気ばかり言って、彼女を困らせたり怒らせたりしていた。彼らには彼らなりにやっつける自信はあったのだろうけど、意外とあっさり化けものが吐いた息に吹き飛ばされてしまった。智香は洋蔵の凄さに驚き、ただ呆然と見ているしかなかった。

「どうしたの?こんなに弱かったの!」

彼女はちょっと呆れた。里中洋蔵は己の力に自信と誇りを持っているように見えた。己の吐息で白虎と青龍を一瞬にしてかなりの打撃を与えたのである。洋蔵には確かな手応えがあったようだ。

実際、二人は窓の外にあっさりと吹き飛ばされて、智香の視界からも消えた。それなのに、洋蔵は首を傾げた。

「俺としたことが、なぜこんな失敗をやらかした。余りにも感情的になり過ぎてしまった。なんて馬鹿なことをやってしまったのだ。双竜王の珠までやってしまったのか?」

洋蔵は窓の外に飛ばしてやった二人の哀れな姿を確かめようと、窓に走り寄った。彼の動きはすぐに止まった。

「ほほっ。この時のために、代々修行をやって来たようだな。それは褒めてやる。しかし、俺たちはお前などどうでもいいのだ。お前には分かるまいが、お前をここまで導きだして来たあいつが来るのを待っているのだ」

白虎の笑い声が窓の外の闇から聞こえて来たのである。見ると、二人は闇の空間に浮かんで見えた。白虎は牙をむき出し、手には双竜王の珠を持っていた。

「へへっ。安心したよ。俺としたことが、双竜王の珠までやってしまったと後悔したが、もう下手な攻撃はしない。さぁ、返してもらおう、双竜王の珠を」

洋蔵の目は大きく見開き、白虎を睨み付けた。

白虎はきっと首を一回振った。

「青龍。お前の出番だ」

白虎は顔を右に動かした。そこには、すでに闘う態勢になっている青龍がいた。青龍は自分の体と同じくらいの大きな鎌を持って、身構えていた。

里中洋蔵の動きが止まった。洋蔵は白虎を見て、再び青龍を見た。そして、ちょっと驚いた表情を見せた。

「お前たちは、獣神・・・か?お前たちの存在は、俺は伝え聞いている。会えたのは光栄だが、なぜ、この時代にいる?俺の背後にいる奴を待っていると言っていたな。誰だ、それは?」

白虎は答えない。

「どんな役目を果たしにやって来た?誰だ、織の背後にいるものは?」

白虎も青龍も、洋蔵の、問い掛けを全く無視している。

「何も答えないのか。まあ、いい。その内あいつとやらは現れるだろう」

洋蔵は、へっと笑った。この後、洋蔵の顔が引き締まった。

白虎は口をゆがめた。やれっという合図なのだろう。次の瞬間、青龍は鎌を洋蔵に振り下ろした。

洋蔵は大きな体を軽々と後ろに引いた。

青龍の鎌は空を切った。そのため、青龍は態勢を崩した。だが、彼はその態勢のまま鎌を横に振り払った。青龍の鎌は動きをやめない。次から次へと鎌を振り回している。洋蔵に気を抜く瞬間を与えない。

「なぜ、お前たちが俺の邪魔をする?俺の家系はお前たちを敬って来た。俺もそう教えられたから、この時代に生きる誰よりも敬った。なのに、なぜ俺の邪魔をする?俺は、俺の宿命として、四百年余前の先祖の恨み、怨念を果たすだけだ。そのために、俺は生まれ、生きて来た。元々俺の先祖のものである双竜王の珠を、手始めに返してもらうだけだ。邪魔するな。でないと、お前たちが獣神であろうと、俺は容赦しない」

洋蔵は青龍の鎌を右に左に動き、上へ下へと敏捷にかわしていた。余裕の動きだった。そんな中、洋蔵は印を結び始めた。

「事の成り行きだ。運命とは、そういうものだ」

白虎は無表情だった。この時代に洋蔵がいたのは、予想外のことではなかった。こいつを目当てに、自分たちは行動し、この時代に来た。そして、やはり・・・こいつは現れたのだ。

白虎は青龍と洋蔵の闘いから目を離さない。瞬きさえしない。一瞬の隙が、勝負を決めることになる。

「お前たちのようなものが邪魔に入るとは考えもしなかった。俺の占った、そう占った自分の運命に、お前たちの形さえなかったのだ。こんな馬鹿なことがあるか!」

洋蔵は唾を吐いた。

(臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前・・・)

洋蔵は、この時、自分を見ている鋭い視線を感じた。確かな気を持った目の力だったが、自分に対して攻撃的ではないと分かっていたので、そのままにしておいた。あいつか・・・あいつも、ここに来ていたのか。今の所、誰たか分からないが・・・敵ではないと思った。

(いや、それとも、敵が・・・)

今はそっちに気を取られている時ではなかった。

「おい!いつまでもお前たちの遊び相手をしていられない。これ以上獣神殿の相手をしている訳にはいかないのだ」

洋蔵は青龍との間合いを広げた。そして、手刀を横に縦にと素早く切った後、両手を合わした。

「天は、我が父たり。地は、我母なり。この後、俺はお前たちを敬うように教わり、そうして来た。だが、今日から止めだ。父よ、母よ、我祖先よ、辱めを受けた恨みを、今こそ果たします。我に、我祖先のすべて力を、俺に与えて下さい」

洋蔵は闇の空間に向かって、両手を広げた。すると、闇が動いた。闇の空間に存在する全てのエネルギーが洋蔵の広げた手の中に集まり、すぐに凝縮した小さな丸みが形成された。闇以外何も無い空間だったが、やがて洋蔵が集めたエネルギーの小さな丸みの塊りは輝き始めた。

闇が輝く!

「青龍!」

白虎は叫んだ。

その次の瞬間、輝き出した闇の輝きは、さらに大きなエネルギーとなって、白虎と青龍に飛んだ。

ギャ・・・

誰のものとも分からない絶叫が響き渡った。

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