第二十五章
里中洋蔵はゆっくりと顔を動かし、完全に破壊されてしまった窓に目をやった。
白虎と青龍は窓の外にいた。白虎は双竜王の珠を握り締めている。
「ふん」
里中洋蔵は驚いた様子を見せたが、すぐに彼は戦闘態勢を入った。二人が自分の敵であると、認識したようだった。だが、
「何者だ?」
返事がない。自分と同じような体格に奇異な態度を示している。しかも、
二人いることが気に入らないようだ。
「俺の邪魔をするな。その珠は、お前たちには関係ないことだ。その珠を、俺に渡せ」
洋蔵は吐き捨てるように言った。
「違うな。事の始まりから、お前には全く関係ないんだよ。ただ、お前が知らないだけだ」
「事の始まりだと!何のことだ?うるさい。黙れ」
洋蔵は威嚇する。今にも、彼らに攻撃をする勢いだ。
「慌てるな。そんなにカッカッするな。俺たちは、お前と闘うために、ここにやって来たのではない。俺たちはお前を知っているが、お前は俺たちが誰だか知るまい」
洋蔵は苛立っている。
洋蔵が何かを言おうとするのを、白虎が止めた。
「そこまでだ。それ以上のことをお前は知らなくていい。また、知る必要もない。俺たちはお前の背後に存在する奴が現れるのを待っている。お前が現れたからには、奴はもうそこまで来ている」
白虎は洋蔵から目を離さない。いつ、攻撃を仕掛けて来るか分からないからである。だが、白虎が洋蔵を敵として認めているとは思えない。
「うるさい。もういい。お前たちが何者なのか知りたいとも思わない。俺の後ろには、誰もいない。この俺が全てだ。俺はこの娘にようがある。四百余年前、俺の先祖の運命をぐちゃぐちゃに壊し、家系を消滅させたのだ。だが、かろうじて生き残った。俺は、こいつの家系を今こそ消滅させなければならない。俺に与えられた宿命だ。復讐と言っていい。俺は・・・俺は、そのために生まれてきたのだ。いや、そうじゃない。この四百余年、お前たちへの復讐のために家系が受け継げられ、ここまで生き続けて来たんだ」
洋蔵は興奮しているようだった。彼は智香を掴んでいる手首を離す気配はなかった。
「その珠を渡してもらおう。長い間、そうだ。四百余年もの間、何処にあるか分からなかった双竜王の珠の行方を探り、やっとを見つけたのだ。こいつの先祖が収集し集めた、三つの財宝の内何かを持っているのは分かっていたが、やはり・・・珠を持っていた。もう誰にも邪魔をさせない。そいつを後に渡せ。でないと、お前の命をもらう」
洋蔵は黄色い歯を見せ、ニヤリと笑った。
「後、二つだ。後二つ、必要だ。以前剣は俺の手元にあった。ところが、俺の手落ちにより、何処かに消えた。もう一つ、鏡は、今の所まったくその行方が分からない。まあ、いい。今は、その一つだけでは、何の役に立たない。二つ必要だ。一つはお前が持っている。双竜王の珠を、俺に渡せ。もう一つは、この小娘が・・・俺の手中にあるのと同じだ。
洋蔵は白虎を指差した。
白虎は双竜王の珠を握り直した。
青龍が白虎より前に進み出た。
「その子を離せ。それでは、お前も闘えない筈だ」
白虎はうっすらと目を開けた智香の目と合い、ニタッと笑った。大丈夫か、と言っているようだった。
智香はとても笑える気分ではなかったけど、自分の呼び掛けに応えて、現れてくれたので少し嬉しかった。
(ホッ)
とした気分だった。本当に白虎と青龍が現れてくれるのか、内心気掛かりだった。
智香には今起こっていることがどういうことなのか、正直ほとんど理解出来ていなかった。洋蔵の言っていることが分からない。智香の手首をすごい力で掴んでいる化けものは、里中洋蔵というらしい。そいつに孝子は壁にぶつけられ、倒れている。それに、双竜王の珠・・・それが母真奈香から手渡されたものであるのは理解出来た。
(何なの?なぜ・・・?)
今の彼女にそれ以上のことは分からなかった。
青龍は今にも洋蔵と闘う気でいる。これまで二人に接して来た感覚から分かった。それを、白虎は青龍のその気迫を止めている状況に見えた。
智香の顔にはいつの間にか安堵の目が浮かんでいた。すると、
「何なの?あんたたちは、これから何をしようとしているの?」
智香の口から自然と出た言葉だった。弱々しい声の調子だったが、攻撃的な言葉を使った自分に、智香は驚いた。明らかにいつもと違う智香が、ここにいた。
智香は呟いた。
「鬼一法眼先生・・・」
あの時代に偶然知りあった?剣術の先生の名を呼んだ。それから、しばらく剣術を教えてもらった。本当に、こんな剣術なんて必要なの、と何度も思ったけど、今・・・この時のために必要な修行だったの、と彼女は半信半疑だった。刹那、すべてが彼女の脳裏を過って行った。しかし、そのすべてはやはりぼやけていた。
「離せ、化けもの!」
智香はののしった。洋蔵が掴んでいる手首が、彼女には痛くて仕方がなかった。手首がちぎれてしまいそうだった。それに、洋蔵の手が、気味が悪いくらい冷たかった。
「離すものか。俺が誰だか、知らないのか?いや、お前は知っているはずだ。俺と同じ宿命を背負っている血が騒いでいるのが、俺には聞こえて来る。お前の背負った宿命について、親から、いや代々伝え聞いているはずだ。親でなくてもいい、誰からか聞いているはずだ。お前の目は、知らないといっている?そんな馬鹿なことはない。俺は聞いていた。何度も何度も、くどいくらい聞かされた。くそ!忌々しいことだがな。俺とお前は闘わなければならない宿命なのだ。俺とお前が背負った宿命なのだ。四百余年以上も前からお前の家系とは敵であり続けた。四百余年・・・実に長い間俺の家系は苦しみ続けた。それも、すべてお前の先祖の悪行が因をなしているのだ。恨んでも恨みきれない。しかし、それも今やっと終わろうとしている」
洋蔵の目が潤み、青白く怒りに光る。
(知らない。母からは、何も聞いていない。でも、この人は・・・ずっと以前から代々聞かされてきたのか)
智香はそう感じ取った。哀れだと思うが、
(今は・・・!)
しかし、ここしばらく、彼女の心に感じていた黒くて恐ろしい感覚が、今この人から受ける印象と同じだった。この人だったのか・・・
智香は自由な左手で洋蔵の顔を何度も殴った。だが、十二歳の女の子の力で殴って、二メートル近い大男にどれだけの衝撃を与えられるだろう?
「今、お前を殺す」
洋蔵は大きな手で智香の首を掴んだ。
「あぁ、お母様、苦しい・・・わたし、あたいはお母様の傍に行くの!」
智香は悲痛な叫びをあげた。
ハッ、ハハハ・・・
「おい、その珠を渡せ。でないと、こいつを殺す」
青龍の動きが止まった。
「待て・・・」
白虎は洋蔵の前に双竜王の珠を差し出した。
洋蔵は双竜王の珠を奪い、智香の手を離した。彼の大きな体は何度も飛び上がり喜びんでいたが、洋蔵一人だけがこの場にふさわしくない異様な雰囲気が醸し出していた。吐き気をもよおしたくなる。
智香は自由になって解放感というより、母真奈香の形見を奪われた悲しみの方が大きかった。不思議な感覚だった。
「ハハッ、これは一つでは何の役にも立たない。あと二つ必要だ。それも、もうすぐその二つも、俺は手に入れてやる」
洋蔵は手しっかりと握られている。
「まてよ・・・俺は訊いたことがある・・・お前の家には、双竜王の鏡も持っているはずだ。そいつが・・・欲しい」
洋蔵の言っている意味が、ここでも智香には分からない。
青龍が洋蔵の前に進み出た。
「ふん」
洋蔵は青龍を嘲笑った。
青龍は洋蔵を睨み付けていた。珠を手に入れて、いい気になっている。
気付かなかったことだが、白虎と青龍は徐々に洋蔵との距離を縮めていた。。
「いい気になるな」
白虎は怒っている。青龍の今すぐこいつをやっつけてやるという気迫を抑えているのは、白虎である。もともと智香は白虎に親しみを持っていたが、無口な青龍はそれほどではなく、今日のような逞しさを感じるのは初めてだった。
智香は青龍の動きを注視した。
(どうするの、青龍?)
洋蔵は苛立っていたが、かろうじて感情の爆発を抑えていた。それは、この二人が誰なのか確かめたかったからである。しかし、彼の知識の中には、自分と同じ大男は存在していなかったのだ。その目が大きく開き激しく動き回っている。怒りに狂ったどす黒く恐ろしい表情からは、もうすでに闘いは始まっているという印象がある。
何がきっかけで闘いは始まるのか!小さな孝子の部屋は六畳もない、破裂する寸前の緊迫感で満杯だった。
「死ね!はっ、は、は」
洋蔵は吐き捨てた。彼の吐いた息は鋭い突風となり、白虎と青龍は飛び散った。割れた窓から吹き込んで来た風が、光った。夜の暗闇の中に、まだ誰かがいるのか?
「青龍!」
白虎の呼び掛けに、青龍の答えはない。
「ウギャ」
奇声が響き渡った。
洋蔵だ。
その瞬間、白虎と青龍は、智香の視界から消えた。
「あっ」
智香は叫んだ。洋蔵の吐いた突風が光り、二人の内のどっちかに当たったように見えたのである。
「チッ!なぜた?」
洋蔵の疑問は、自分の攻撃をかわされたことだ。
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