第二十一章

「キャ、キャ、キャ」

大森智香の聞き慣れた白虎の笑い声が聞こえて来た。白虎と青龍が、彼女の前に姿を現したので。

「奴は、何処だ?」

白虎は智香に迫った。

「奴って、誰?」

「今まで、ここにいた奴だ」

「里中・・・洋蔵・・・」

「奴は、そう名乗ったのか?まあ、名前なんて、どうでもいい。俺たちの狙いはそいつではない。そいつは、何処へ行った?」

智香は首を振った。

「えつ、どういうこと?」

「黙れ!」

智香も負けてはいない。

「分かったわ。黙るけど・・・私・・・その人の姿、何にも見えなかった。怖い・・・太く恐ろしい声だった。ねえ、どんな人なの?」

白虎は、おろおろと戸惑う彼女を全く無視していた。彼は何も答えようとはしない。彼・・・そう、白虎は紛れもなく男だった。それは、この物語を進めて行くうえで、とても重要な事実だった。

「・・・」

もちろん、青龍も答えない。彼、青龍はもともと自分の気持ちを言葉に出さない。彼女は青龍の性格をよく理解していたが、白虎があんなに冷たい態度をするなら、彼に目を向けるしかなかった。大体、彼女は青龍の声を余り聞いたことがなかった。聞けば、ああ・・・と思うが、今どんな声だったのか、よく思い出せない。なめこの様にぬるぬるした声だと思った。ただ、今の青龍の気迫は、今までにない強さを、智香は感じ取っていた。

白虎が智香に話し始めた。大きな目をギョッと見開き、真剣な表情をしている。こんな白虎を見るのは初めてだった。

「智香様。いよいよ闘いが始まるようです。われわれがこの時代に目をつけたのは間違いがなかったようです。たまたまあなた様の運命とわれわれの目的とが交わる所があったため、こうしてあなたの夢の中に現れました。あなたの夢を借りたといっていいかも知れません。われわれの狙いに狂いはなく、今、奴が現れました。しかし、われわれの目的は奴ではなく、奴を操っている存在です。そうです。それが、五郎太です。この時代の人間には扱え切れない化けものです。下手すると、この時代の自然の変化の様子が一変するかも知れません。まぁ、俺たちがいるから、そんなことはさせません。智香様。この先、あなたの運命にわれわれがどう係って行くのか分かりませんが、今はっきり言えることは、智香様の呪われた黒く呪われた運命・・・いや怨念を帯びた宿命といった方がいいかも知れませんが、その時間も動き始めたようです」

白虎は智香を愛おしむような目で見つめていた。

智香は白虎のその目に堪らず、

「何なの?何が言いたいの?五郎太って、誰なの?怨念・・・呪われた黒い宿命って、何なの?」

智香は白虎に迫った。彼女の知らないことばかりだった。自分の知らない何かが起こっているようだった。あの一年だって、彼女は少しも納得していなかった。お母さまが、お前は行かなくてはならないのです、と言われただけだった。この二人は、それを知っているようだった。母真奈香の死から、自分がもてあそばれている気がした。真奈香がいなくなった今、すべてを知っているのは、この二人しかいなかった?だが、白虎は何も答えずに、青龍と共に消えてしまった。

「待って・・・」

感覚が感知することの出来るあらゆる音が消え、光が止まった智香の夢の中の世界に、彼女の声はオオカミの遠吠えのように響き渡った。


大伴智香は目を開けた。だけど、自分が何処にいるのか、すぐには分からなかった。

《お母様!》

智香の唇は微かに動いていた。彼女は手に何かを握っている感触に気付いた。

《何?》

白濁の球だった。少し大きいような気がしたが、彼女の手にちょうど良く収まった。その収まり方が、智香にはすごく快い感触だった。彼女は気付いていなかったのだが、この快い感触をいつも身近に感じていたような気がした。

これは、お母さまの手に握られていたものに違いない・・・でも、この感触は真奈香の肌の温もりでない、と彼女ははっきりと分かった。彼女は空ろな目で真奈香の姿を探すが、何処にもいなかった。母真奈香はいなくなってしまったけど、いつも近くにいて、自分を見てくれているような気がしていたのだが、

《ここは・・・何処なの?》

智香はまだ真奈香が死んだとは信じていなかった。きっと近くにいてくれていると信じている。今、いる所は、いつも自分が寝ている部屋でないのは気付いている。智香の全く知らない所ではなく、目にするものは、みんな彼女の見たことのあるものばかりだった。

「お姉ちゃん、大丈夫。しっかりして」

その聞き覚えのある声に、

(あぁ・・・ここは・・・)

と智香はうなった。そして、彼女は傍にいる津田孝子の顔をはっきりと確認した。

 その瞬間、智香は何が起こっていたのか、すべてを思い出した。ただ、どうして孝子の部屋のいるのかが、理解出来なかった。

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