第二十話

真奈香が創る動物や生きものは、現実の世界にはいないかも知れないが、彼女は、そのみんな確かな生命を与える。そして、彼らは与えられた命を喜び、あるものは空を飛び、また別の生き物は地上を這ったり走り回わる。

美和は真奈香や智香のように彼らに生命を与えることは出来なかったが、白いティッシュペーパーで器用に何でも創った。なぜ、美和がそんなことが出来るのか、智香には不思議でならなかった。

智香は美和のようにうまく創れなかったが、何度も創ることで、だんだん地球上にいる生きものらしい形に出来るようになった。

美和のこの器用さを、白い魔術師といったのは真奈香だった。でも、真奈香は美和以上の器用さというより、見ていると両手で包み込むようにして創ってしまう。真奈香は自分の持つ不思議な力を、けっして人前では見せなかったが、なぜか美和の前では、彼女のつくったものに命を与えた。

美和は真奈香の不思議な力を見て、一瞬驚いていたがすぐに慣れ、楽しんでいるようだった。

この日、智香の夢の中で真奈香は、

「智香、何かを創っててごらん」

というと、真奈香から白いティッシュペーパーを受け取った。

智香は、急に何かを創れと言われても、何を創ったらいいのかすぐに思い浮かばなかった。彼女は空を見上げた。この時期の蒸し暑く、もやもやとした空気の流れる嫌な感じの空は、何一つ動いている生きものはなかった。

智香は首をひねった。今日に限って太陽さんさえ、はっきりしない輝きをしているように感じた。いつもは何かが動いているのが見えたし、見えなくても近くに命の鼓動が聞こえていた。

「おーい」

智香は呼び掛けた。

「誰か、いないの?」

智香の声はもやもやとした空気に打ち消されてしまっていた。彼女はこの雰囲気に耐え切れず、

「お母様。今日は、どうして誰もいないの?」

真奈香に助けを求めた。

この時、智香は足元に動くものを感じ取った。彼女は自分の足元に目を落とし、体をぐるりと回し、動くものは何なのか確かめようとした。

すると、彼女の目に一匹の青ガエルが飛び込んで来た。青ガエルはじっと智香を見つめた後、ぴょんと飛び上がり、彼女の持つ白いティッシュペーパーにしがみついた。だけど、青ガエルの体は濡れていたのか、ペーパーが破れて、青ガエルは地面に落ちてしまった。慌てて起き上がった青ガエルは目をギョと大きく開き智香を見つめると、キョロキョロ、と周りを見回した。その後、何処かへ行ってしまった。

「青ガエルさん、ごめんなさい」

と、智香は声を掛けたが、その時には青ガエルは見えなくなっていた。

智香は母を見つめると、泣きたくなった。

真奈香は頷き、微笑んだ。

「私の可愛い、智香よ。お前はね、そう遠くない時に、この世の中で朽ちてしまっている命あった生きものたちに、再び生き続ける命を与えたり、また反対に恐ろしいことだけど、それ程力を使わなくても生命あるものたちを一瞬の内に、跡形もなく殺すことだって出来るようになるのです。ホ、ホッ、そんなにびっくりした顔をしなくてもいいのですよ。そこへ到達するのには、お前にはまだまだ時間が必要です。その内、お前は自分の得た力に悩み苦しみ、また多くの人に会い、学ぶことを知ることになるでしょう。でも、今は何も考えないで、自分の運命・・・いいえ、宿命といった方がいいかも知れません、苦しくて泣きたくなるかも知れません。でも、生きている今を楽しみなさい。さっきの青ガエルは、お前に探しに来て欲しいのですよ。さぁ、行きなさい。その時は、そこまで来ているのですよ。それまでは、心を閉じないで遊んでいていいのです」

真奈香はこう言うと、青ガエルのいなくなった方に目をやった。

智香は、もう一度母から白いティッシュペーパーをもらい、カエルを作り始めた。カエルさんなら、きっと何処へ行ったか探してくれると思ったからである。美和ちゃんなら、あっという間に作ってしまうんだけど、と彼女は心底思う。両手を動かし、丸めたり伸ばしたりして、何とかできた。彼女は作ったカエルを掌に載せ、真奈香に見せた。

真奈香は優しい微笑みを見せた。

「さぁ、行きなさい。あの一年で教わった呪術と闘う技術を試してみなさい」

真奈香は智香に、行きなさいとうながした。

大森智香は創ったものを空にかかげ、祈った。太陽の輝きは、彼女の目を一瞬盲目にした。

「生命を与えて下さい、このものに」

智香は両手で白いカエルを包み込んだ。彼女は、いち・・・に・・・と数えると、手を広げた。すると、彼女の掌には白いカエルが、生まれたばかりの赤ん坊のようにぎこちない動きをしている。

「今日は、カエルさん。私はあなたの友達よ」」

白いカエルは智香の掌からぴょんと飛び、地面に下りた。

「すごいわね。やっぱり、カエルさんだ」

智香は小さく手を叩いた。そこへ、何処からか、ランが現れた。そして、ランの後から、彼女がこれまでに創った白い友だちがたくさん集まって来た。

「ラン。そして、みんなもよ、一緒に遊ぼう。まず、何処かに行ってしまった青ガエルさんを、みんなで探しに行こう」

智香はランを抱き上げ、青ガエルが行ってしまった方向に歩き始めた。だけど、彼女はすぐに歩くのを止めた。背中に、言葉に出来ない寂しさを感じたのである。この嫌な感じは何だろう、と思い、彼女は振り返った。

母がいなくなっていた。

「待って!待って、みんな。お母様がいないの」

智香の呼び掛けに、みんなが一斉に止まった。余りに急だったので、ランは智香の掌から落ちそうになった。智香の夢の空間から音が消え、光の輝きが止まり、空間そのものが浮遊しているという不安定な状態だった。

「お母様、お母様」

智香の声だけが不安定な空間に響き渡った。だけど、真奈香の姿も声も聞こえて来ない。

(どうしたら、いいんだろう?)

智香は母がいない寂しさから、体が震え始めた。彼女は夢の中でよく泣いた。現実の世界では、真奈香は絶対に泣くことを許されなかった。だから、智香の創り上げる夢の世界では母に甘えたかったのである。

(泣きたい)

智香は、今この気持ちを我慢出来なかった。

この時、

「泣け!」

と罵りに似た声が、智香の耳に聞こえて来た。

(えっ!)

智香の体の震えは止まった。体の中を突き抜けてしまう鋭い棘を持った声だった。

(ここは・・・私だけの夢の世界なのに・・・)

私の知らない誰かが入り込んでいる。不愉快というより恐怖だった。母真奈香が守ってくれていたせいなのかも知れないが、これまで彼女は、

(恐怖・・・怖い!)

という感情を抱いたことがなかった。しかし、今、彼女は体の微かに震えに気付いていた。

お母様だから、私の夢の中に入ってくるのを許せた。白虎も青龍も最初は許せなかった。この頃、何とか許せるようになった。

智香は身構えた。彼女の自然な動作だった。あの一年で得た力だった。そんな自分に、彼女は驚きを見せたが、今は、その動作を発展させる余裕はなかった。

「誰!」

智香は闇に叫んだ。いつの間にか闇は創られていたのだ。気のせいなんがじゃない。気のせいなんかじゃない。白虎でも青龍でもない。鋭いが、黒く重い声だった。

「俺だ。里中洋蔵だ」

智香は耳を両手でふさいだ。体が押し潰されてしまいそうな声だった。ランも怖いのか、智香の体にしがみついている。

「誰?誰なの?」

「ふん。俺を、誰だというのか。まあ、いい。目を開けろ。そこには、俺がいる。しかし、ここには、お前以外に余計なものがいるようだな。俺の邪魔をする気でいるようだ。俺は気に食わない。場を改める」

その気配が消滅した。

「待って・・・」

智香には黒い声の主が、里中洋蔵がいなくなるのを感じ取ったのである。

「待って!」

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