第三章

河原には生い茂った雑草は多くの砂利を背景に新緑の絵が描かれていた。葦(よし)とかススキもまだ緑だ。雑草は所々刈り取られていた。この地区の人が気を利かして刈り取ったのかもしれない。雑草・・・彼らは自由気ままに、そして力強く地に根を伸ばし続けていた。川の中ほどを砂利のくぼみの図形に沿い、一筋の細い帯の水がくねくねと流れていて、所々太い流れになっていたりしていた。

雑草は、智香の背よりもはるかに伸びている所もあった。新しく生まれた草の色は真の緑色をしていて目に快い刺激を与えてくれていた。その高く伸びた雑草の茂みを掻き分けて現れたのは二人の大きな体の男で、背の高さは二メートル近くになるかもしれない。

大森智香は二人を見上げ、睨み付けた。怒っているのではない。

「どうなの?あなたたちが追って来た五郎太という悪戯っ子で暴れ者?お尋ね者?その人は見つかったの?」

五郎太というのは、遠い昔から逃げ出した暴れ者、と智香は白虎から聞いていた。悪戯好きで、子供みたいなところもあるらしい。彼らの言う遠い昔が全く理解出来なかったのだが、何でも神聖な空間から、それは地球がカオスだった時に生まれ数百年、いやもっと多くの時間を経たとき、春夏秋冬の四つの季節を持った世界に移行する準備が出来た時、四人の兄弟が互いに協力して創ったらしいんだけど、五番目の弟が、それが五郎太なんだけど、その彼が、四兄弟がきれいに創り上げた季節の空間の秩序を壊し、乱したとして、カオスを整えようとしていた神聖な人に捕らえられた。五郎太は永遠に囚われの身となった。ところが、五郎太は閉じ込められた時間の空間から逃げ出した。今もその時間の中を逃げ回っている犯罪者。

その五郎太の捕縛に、白虎と青龍が選ばれたのだった。

その二人が・・・二人といっていいのか分からないが、なぜ智香の前に現れたのか?

(私の夢の中に、なぜやって来たの?)

聞いても、答えない。

「その内、お分かりになります」

と白虎はいうだけである。

「やめて!分かってる、分かってるって。何度も同じことを聞かせないで」」

智香にはそれ以上聞く気にはなれなかった。それでも、気になるから聞いてしまう。

「はっきりとした答えを聞かせて欲しいの」

白虎が智香の傍まで来たが、十三歳にしては背の低い方の彼女は首を大きく上げ、見上げなければならない。その見上げる姿勢が続くと首が痛くなった。彼女が背伸びをして手を伸ばしても、白虎の顔には届かない。大人と子供というより、智香が十三歳の赤ん坊に見える。白虎の馬鹿でかい体は、ほとんどの人間が恐怖心を抱いてしまう大きさだったが、顔は良く見ると、虎・・・いや、完全に、猫顔だった。それでも可愛いという印象はなく、どちらかというと猫にはない威厳という風格が備わっていた。

「いや、まだ、まだだめです。われわれは五郎太をきっと見つけます。奴は・・・きっとこの時代にやってきている筈です。そこに・・・ほら、そこです、近くに来ているはずです。青龍と私がここにいるのはそのためです。われわれが智香様の傍にいるのは、詳しいことは言えませんが、それなりの理由があるからです」

「どういうこと?」

智香は聞き返した。

「その内、分かります」

てだけ、白虎は答えた。

白虎は、

(ニャッ)

と口を歪め、樟の大木から体が半分以上出ている青龍に目を向けた。

青龍が樟の大木の陰からゆっくりと姿を現した。

青龍も白虎と同じくらいの体の大きさだったが、智香が受ける印象は白虎とはまるっきり違っていた。青龍の目はいつも青白い輝きを放っていて、智香を睨み付けて来た。今にも智香に襲い掛かってきそうな、

(ぞっ!)

とする気持ち悪さがあった。

見ているだけで、本当に気持ち悪かった。

彼女は実際に蛇の目をはっきりと観察をしたことがなかったが、きっと蛇はあんなに気持ち悪い目をしているに違いないと思った。彼女は母真奈香と散歩している時でも、蛇に出くわすとすぐに体を引いて、真奈香の後ろに隠れてしまう。とても、蛇の目をよく観察す気にはなれなかった。

智香は青龍が近付いて来るのを見て、やはり

(怖いっ!)

と感じたが、気持ちを取り直して青龍を睨み返した。

初めて夢の中に現れた青龍を見た時、智香は泣いてしまい、すぐに目を開け、夢の世界から逃げ出した。それは彼女の両方の手首にある黒い痣が影響しているのかもしれない。黒い痣をよく見ると、蛇の体のあるような気持ち悪い模様が浮き出ているのが分かる。

「ねぇ、どういうことなの?はっきりとした理由を教えて」」

白虎は黙ってしまった。

五郎太を捕えるまではずっと彼女の傍から離れないでいてくれるに違いない。智香が六つくらいの時に見た夢の中に、白虎と青龍が突然現れた。いつの間にか、友だち見たいになってしまい、楽しい夢ばかりではなかったけど、二人が見られなくなるのは嫌だった。だってもう六年から七年もの友だちなんだもの。こう考える時の智香の気持ちは複雑だった。

「はっは。それは今言わなくても、その内、分かりますよ。それより、智香様は今お母様の傍を離れていいのですか?」

白虎はギョと目を大きく見開き、智香を睨み付けた。

「何?どういうこと?今日は気分が悪いから一人で行きなさいと言われたから来たのよ」

確かに今日の母真奈香は

(変・・・)

だった。というより、少し前からいつものお母様じゃない所が見られた。何が、どうなのか、智香にもうまく言葉に出来ない。真奈香の変化は気にはなっていたけど、

(お母様、どうなさったの?)

なんて智香には聞けなかった。今まで彼女は母に聞き返すことはゆるされなかった。禁止されていた。

素直に、私の言う通りにしなさい、と強い言葉で指示されていたのである。

だれど、今日は違った。というより、一年ぶりに帰って来てから、お母様の態度が変わった。

(と、思うようになった。でも)

なぜと聞き返すことはなかった。今日・・・

やはり言葉には出せなかったけど、どうされたのですか、お母様?という表情をして、母を見つめた。

お母様はきっと私の気持ちを分かって下さっている、と彼女は信じた。でも、真奈香は智香の表情の問い掛けには答えずに、哀しい顔をして智香を送り出したのだった。

「別に、深い意味はありせん。私たちにもこれから智香様の身に起こることは知りません。たとえ、知っていたとしても教えることはありません。ただ、今はっきり教えられることは、智香様も気付いていられるように、この頃のお母様の様子が可笑しいということです」

「あっ!」

智香は小さな叫び声を上げた。

「あなたたちも気付いていたのね。でも・・・」

白虎に改めて真奈香の異変を指摘されても、

(何が・・・?)

という真奈美の様子が可笑しい理由が浮かんでこなかった。

白虎が口を歪めて、笑った。お母様の様子がこの頃可笑しい理由を知っているような素振りだった。白虎と青龍は、初めは夢の中だけの変な知り合いだったが、智香が十歳の時に突然現実の世界に現れるようになった。いつの間にか、二人の性格や癖が分かるようになった。白虎が口を歪めて笑った時は、間違いなく何かを知っている時だった。

「ねぇ、知っているのなら、教えて」

智香は白虎を睨んだ。そして、その目を青龍に向けたが、こっちは必要なこと以外は絶対にしゃべらなかった。

白虎は、

「その内、そうですね。そう遠くない時期に、智香様自身が知ることとなるでしょう、どんなに哀しいことであっても」

と答えた。

「何?哀しいこと・・・どういうこと?謎めいたことばかり言わないでよ」

智香は口走った。この二人は、智香のことを当人以上に知っていた。なぜ、彼らが自分の知らないことまで知っているのか、彼女には分からなかった。

白虎はいろいろなことを知っていたし、彼女に少しだけ教えてもくれた。しかし、彼女が知りたい肝心なことは何一つしゃべらなかった。だから、この時も白虎は彼女の質問には答えずに、青龍にそろそろ行くぞと手を上げ、合図した。

青龍はすぐに姿を消した。

「じゃ」

と白虎は笑った。やはり猫に似ているな、と彼女は思う。

大きな体の二人が消えていなくなったら、急に彼女は心細くなり、この世の中に一人だけになってしまった気分になった。

「お前たち、今日はもう帰ろう」

と白い友だちに声を掛けた。それまで智香の様子を心配そうに見ていた白い友だちは全く遊ぶ気分ではなかったらしく、じっと動かずにいたのだが、智香の帰ろうという声を聞くと、彼らの動きは混乱してしまった。

どうやらまだ遊び足りないようであった。

「ごめんよ、みんな」

智香はがっかりしているみんなを見て、本当にいけないことをしてしまつた、と思った。でも、今日は仕方がなかった。このごろの真奈香の様子が変なのが気になり、遊ぶ気分ではなかったのだ。

白虎も青龍も今は消えていないが、じっと自分を睨み付けている青龍の目が智香の脳裏から離れなかった。智香は今までに感じたことのない奇妙な胸騒ぎを覚えた。胸のざわめきは寂しさに変わっていった。青龍は、白虎もそうだろうけど、これから先、何が起こるのか知っているような気が、智香にはした。


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