第50話 答え
「それで、君は誰で俺に何の用?」
フードコートで会った時とは打って変わって不愛想な物言いだけれど、それでもやはり声は同じだった。
ああこの人で間違いないと、玲奈はひそかに安心する。万が一別人だった時のことを考えると背筋が凍りそうだった。
「わかりきったことを聞かないで」
玲奈はぴしゃりと言う。
本当は、頭の中を高速回転させすぎてパニックになりそうだった。ぼろを出さずにぼろを出させないといけないのだ。将来、尋問官にだけはなれそうにないなと思う。
「二回も顔を見てるんだから。それに、さっきだって先に私に反応したのはあなたの方でしょう」
紛れもない事実だからか、朔也はかすかに眉をひそめた。けれど苛立ったり不快に思ったりしているふうではない。むしろ無表情な中に、どこか楽しんでいるような感じさええある気がする。
「……そうだね。君にはどこかで会ったような気がする。名前を知られてるとは思わなかったけど」
あくまでも認めるつもりはないらしい。玲奈はふっと息をついた。
「あの日、フードコートで私に声をかけたのはナンパなんかじゃなく、私の顔を確認するため。あなたは私と面識がなかったから」
朔也は何も言わない。こちらの出方を窺っているようだ。
「でもようやくあそこにある防犯カメラの映像を確認できたの。だからあなたまでたどり着けた」
これが、玲奈の立てた作戦だった。必死に涼しい顔を保ちながら言葉を並べる。
「……防犯カメラ?」
朔也の視線がかすかに動いたのを、玲奈は見逃さなかった。けれどまだだ。畳みかけることはしない。
「……ああ。あなたは知らされてなかったのよね。だって知ってたらあんな役目断ったでしょ」
具体的なことは言っていない。でも身に覚えがある人間なら、きっと自然にその状況を思い浮かべながら聞いてしまうはずだ。
「どういう意味かな?」
内心(乗った!)とガッツポーズだった。けれど表情に出してはいけない。玲奈は淡々とした口調で続けた。
「あなたのことしか確認できなかったの。意図的に避けてたんでしょう……知ってて教えなかったのよ」
実際に映像で確認したわけじゃない──あんな場所に防犯カメラなんて存在しないし、事が起こった当時の玲奈は気を失っていた。つまりははったりなのだ。
けれどあの場所に朔也が一人でいたのでないのは確かだった。手引きした人間が必ずいる。ただ玲奈にはそれが誰なのか、何人なのかはわからない。
「……生徒が防犯カメラの映像なんて見れるわけ?」
朔也はすっかり落ち着きを取り戻したように見える。
もしかしたら、何かこちらの穴に気づいたのかもしれないし、あるいは切り札があるのかもしれない。けれど引くわけにはいかなかった。それに、防犯カメラの話に乗ったということはほぼ間違いない。
「まさか。だからこんなに時間がかかったのよ。もしうちが私立で、私が理事長の孫とかだったらもっと早く会いに来れただろうけど」
少し笑って余裕ぶってみる。そして玲奈はそのまままっすぐに朔也の目をのぞき込んだ。
「……そろそろ教えてくれる? どうしてあんなことに手を貸したのか」
朔也がどう答えようと、彼が首謀者でないのは確かだった。本当は単刀直入に「いったい誰の差し金だ?」と聞いてしまいたいくらいなのだけれど、それでは今まで核心に触れるのを避けてきた意味がない。
と、朔也もまっすぐに玲奈を見つめ返してきた。
「……それを聞いて何になるの?」
とげは感じないものの、さっきまでよりはるかに冷たい声だった。玲奈はこっそりつばを飲み込む。
「聞いても理解できないと思うよ。人を本気で好きになったことのない君にはね」
「──!」
思いもよらない言葉をぶつけられ、つい返事に詰まってしまった──人を本気で好きになったことがない? 一瞬、中途半端な気持ちで拓海と付き合っていることを詰られたのかと思った。
けれど違う──これは朔也の答えだ。
「……本気で好きな人のためにやったって……そう言うの?」
本気で好きな人に命じられたから応えたと、本気で好きだから断らなかったと。これは思ったよりも闇が深いかもしれない。
「ほらわからない。何かを犠牲にしないとそばにいられないような関係、君には想像すらできないんだよ」
朔也はこちらと一切目を合わせずにそう吐き捨てた。
「好きな人のそばにいるためなら、他人を危険な目に遭わせてもいいってこと?」
努めて冷静に言う。そんな自分本位な恋愛、許されるわけがない。でもそう口にすることはできなかった。火に油を注ぐだけだろう。
「ああ、その発想がそもそも相容れない。誰かを危ない目に遭わせてもいいとか悪いとか、そんな次元じゃないの。わかる? それしかないの。俺みたいな人間には」
幼子に言い聞かせるような口調だ。でもわからない。本当に、目の前の男子がいったい何を訴えているのか──…。
「それしかないって、どういうこと……」
声が震えないよう抑えるので精いっぱいだった。そんな玲奈を、朔也は冷たく一瞥する。
「だからわからないって言っただろ──ほら」
そう言って突然、朔也は玲奈の腕をつかんだ。
「──いっ……!」
痛い──そう思ったその瞬間、あのボックス街での出来事が鮮明によみがえってきた。痛い、怖い、苦しい……そんな感情で頭がぐるぐる回る。
あの時とは違う、ここは店で、周りにたくさん人もいる、危険なことなんて起こらない──必死に言い聞かせようとするけれど、そんな理性よりもコントロールのきかない恐怖の方がはるかに強力だった。
「──松岡拓海と別れろ」
身動き一つとれずにいる玲奈に、朔也の低い声と鋭い視線が突き刺さった。
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