第51話 追跡
「──ビンゴだよ、園田くん。今、駅を出て南高の方向に向かった。様子見ながら追跡続けるね」
スマホの向こうからくぐもった洋介の声が聞こえてくる。やはり思った通りだった。
「サンキュ。また連絡する」
通話終了ボタンをタップし、祐輝はグラウンドへと向かった。
ここから南高へは自転車で二十分ほどかかる。電車では二駅しか離れていないが、電車の待ち時間や徒歩分を考えるとおそらく自転車の方がロスがない。
洋介の話を聞いた時、玲奈はほぼ確実に安達朔也という人物に会いに南高に行くつもりだろうと思った。そして玲奈のことだ、他の人間は極力巻き込まないようにするに違いない。
(で、案の定俺にも松岡拓海にも一切知らせない、っていう……)
あんな目に遭っておきながら懲りるということを知らないのだろうか、と祐輝は半ば呆れる。自分ではどうしようもない、生まれた時の性別に基づく立場の弱さを、玲奈は理解できていない。
(問題は安達朔也って男だな……)
拓海の所属するサッカー部のマネージャーである森下美咲の交際相手だという。いったい何者なのかと考えた時、祐輝はふとあることを思い出した。
玲奈に、自分を襲った人間に心当たりはないのかと聞いたときのことだ。ないとは言いつつ、どこか迷いを感じさせるような答え方だった気がしたのだ。もしかすると、本当は何か思い当たることがあったのかもしれない。
(いや、でも顔を見ていないというのはたぶん本当だろう……)
おそらく、顔以外に何か手掛かりがあったのだ。それが、卒業アルバムの写真を見た時につながったとも考えられる。
いずれにしても──。と、ポケットの中でスマホが震えた。洋介だ。
「奥野か。どうだ?」
「佐々木先輩、見つけたみたいだよ。一人引っ張って今移動してる。あ、店に入ったっぽい。とりあえず僕も追いかける。詳しい場所は席も含めてメッセで送る」
早口でそう言うと、洋介は一方的に電話を切った。──よし。こっちも動く時間だ。
「──悪いんだけど、部長呼んでもらっていい? 1Aの園田が緊急だって言って」
休憩中らしい、顔見知りの部員に頼んで拓海を呼んでもらう。ただならぬ様子を感じたのかもしれない。彼はすぐに拓海に声をかけてくれた。
「どうしたの? 部活中に呼び出すなんて、何かあった?」
困惑している様子ではあるものの、その表情は真剣だった。
「生徒会長が安達に接触してるようです。先輩には一応知らせとこうと思って。部活、抜けられないと思いますし。俺はこれからチャリで向かいます」
そこまで一気に言って踵を返そうとした時だった。
「待って。俺も行く──田中、お前チャリ通だったよな。ちょっと貸してくれ」
拓海は自分を呼びに来た一年部員に向き直っている。
「あ、はい。いいっすよ。鍵取ってきます」
そう言って立ち去ろうとした彼の向こうから、ジャージ姿の女子が姿を現した。
「──拓海。私も行くわ」
「美咲、お前──」
どうやらこの女子がサッカー部マネージャーの森下美咲らしい。彼女は拓海を無視して祐輝の方を向いた。
「そこの一年生。キミも行くんでしょ。ならタクるほうが早いわ。先に通りに出て捕まえておいて」
驚くほどに胆が据わっている。もしかしたら最初からこうなる可能性を予見していたのかもしれない。しかし彼女の言葉は的確だった。祐輝はうなずいて校門へと向かう。
「拓海、あんたは早くスパイク履き替えて! それから最低限の貴重品持っていくわよ! 田中、ちょっと二人抜けるけど、予定通りのメニューこなすようにって伝えて」
背後で美咲の声が響く。
あの様子じゃマネージャーどころか、陰の部長に違いない。
後で割り勘するとの約束で、タクシーの料金はとりあえず美咲が負担した。今は何よりも時間が惜しい。祐輝は拓海、美咲の二人とともに、洋介からメッセージで知らされていたファーストフード店の二階席へと駆け上がった。
「──ああ、園田くん」
洋介は階段に近い、わかりやすいところで待ってくれていた。後ろの二人を見て目を丸くしてはいたが、今は聞くときじゃないと判断したらしい。「あそこだよ」と小声で一角を指さした。
「何やってんだ……」
出て行こうとした拓海を、祐輝よりも先に洋介が制す。
「待ってください」
洋介が見つめる先では、玲奈が片腕を掴まれた状態で、南高の制服の男と睨み合っていた。
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