第48話 垣間見えるつながり
さっきからやたらと視線を感じる──やはり呼ばれているようだ。
「あ、俺ちょっと行くとこあるから今日はパス」
祐輝が立ち上がりながら言うと、集まったやつらから「おー」と気のない声が上がった。
最近は放課後だけじゃなく、昼休みにもトランプやUNOで遊ぶのが流行っている──スマホ一つあればゲームだろうが何だろうが困ることはないのに、だ(まあ一応、形の上では校内での使用は禁止ということになっているが)。
中学の時にはなぜか百人一首が流行ったし、人間は一定レベルのアナログを本能的に求める生き物なのかもしれない。
「今日も会議か? お疲れ」
そう言ったのは山岡だ。今日は執行部の集まりはないのだが、面倒なので訂正しないでおく。山岡自身、祐輝がこれからどこに行くかなんて特に興味はないだろう。挨拶みたいなものだ。
弁当箱を片付けUNOで遊び始めたこの集団は、タイミングが合えば集まるし、用事があるやつは抜ける。もちろんそれをとやかく言われることはない。自由だ。
祐輝は教室を横切って廊下に出る。すると同じようなタイミングで出てきた男子生徒がいた。
「お前……普通に声かけろよ」
半ば呆れて言うと、その男子生徒──洋介は特に悪びれる様子もなく笑った。
「だって、園田くんはいつも気づいてくれるから」
なんとなく、洋介には祐輝がよく一緒にいる男子集団を敬遠しているような雰囲気がある。まあ、似たタイプの男子と以前何かあったんだろうと見当はついているが、あえて追及するほどのことではない。
「……いいけど。で? また何かあったのか?」
人のいないところを探して、なんとなく歩きながら尋ねる。すると洋介はふと真面目な顔になって言った。
「あの人──佐々木先輩、何か掴んだみたいだよ」
その言葉に思わず足を止める。
「生徒会長が?」
洋介も立ち止まってうなずく。
「あの人、この間うちに呼んだんだけど」
「え」
つい遮ってしまった。いったいいつの間に家に招くような仲になったのだろう。
「あ、別に変なことはないよ。この前言った、松岡先輩と同級生だった姉が実は佐々木先輩の友だちの部活仲間だったっていう話」
洋介はなぜか少し慌てたように言い添えた。なるほど、そこがつながっていたのかと祐輝は納得する。洋介が慌てる意味はさっぱりわからないが。
「ってことは、奥野のお姉さんってこの学校の三年生なのか」
祐輝の言葉に、洋介は再びうなずいた。中高続けて拓海と同じ学校に通っているようだ。
「姉が佐々木先輩に話した内容だけど、要するに中学時代の例のいじめの主犯格グループの中で今この高校に通ってる女子は三人って話だった」
話を聞く限り、洋介は近くで二人の会話を聞いていたらしい。祐輝は無言でうなずいて先を促す。
「それが確か、津川里美さん、牧野有佐さん、森下美咲さんの三人だって」
洋介は迷う様子もなくすらすらと名前を諳んじた。やはり記憶力が良い。
「っていっても名前だけじゃどうしようもねえな……」
同級生ならまだしも、三人とも他学年のそれも女子生徒だ。どう手をつけていいかわからない。
(──いや。この名前どこかで……)
特に珍しいわけでもない名前だ。どこか別のところで見たのかもしれない。だが間違いないと直感が告げていた。
「──奥野! 生徒会室だ!」
わけがわからず戸惑う洋介を連れ、祐輝は職員室へと走った。玲奈のように鍵は持っていないため、職員室で適当な理由をつけて借りるしかないのだ。
生徒会室の資料棚から予算委員会のファイルを探す。出席者のページを開き、載っている順番に追っていると、目当ての文字列はすぐに見つかった。
「これだ──森下美咲!」
松岡拓海の隣にある。ということは──…。
「サッカー部の、マネージャー?」
横からのぞき込んできた洋介に向かってうなずく。
「あとの二人についてはわからない。でもこの人が関わってるのは間違いない」
祐輝の言わんとすることを、洋介はちゃんと理解した気がする。
「鍵……だよね?」
やっぱり、洋介は察しが良い。
部活動中は本来、部室には鍵がかかっているはずだ。なのにあの日はサッカー部の部室だけが開いていた──意図的に鍵をかけなかったに違いない。そしてそんなことができるのはサッカー部関係者だけだ。
「部室の管理はマネージャーの仕事だし、間違いない。けどそれだけじゃ首謀者なのか協力者なのかは判断できないな……」
祐輝は資料を棚に戻して腕を組む。身元の割れた森下美咲はともかく、津川里美と牧野有佐に関しては、名前と学年を除き何一つわからないも同然だ。
「佐々木先輩は、全員に見覚えがありそうな感じだったよ」
生徒会室に施錠し直していると、隣で洋介が言った。
「そうなのか?」
洋介はうなずき、少し考えるような顔になる。
「……園田くん。安達朔也って人、知らないよね?」
安達朔也──知らない名前だ。
「聞き覚えないけど……誰だ?」
だが洋介は首を傾げた。
「わからない。ただ佐々木先輩が姉に知ってるか聞いてて……もの落とした時に拾ってくれた人でお礼言いたいみたいなことって言ってたけど、多分嘘だと思う」
職員室に戻る道すがら、洋介は半ば独り言のように言った。が、意味がわからない。
「悪い、もうちょっとわかるように……」
順を追って説明してもらう。それによると、洋介の姉の──つまり拓海のでもあるが──卒業アルバムを見ていた玲奈が一人の男子生徒に目を留めたのだという。それが誰なのかを尋ねる口実が「定期を拾ってくれた人」だったらしい。
「……嘘だな」
祐輝も同じ感想だった。玲奈は徒歩通学なのだ──定期券を持っているわけがない。
「姉はあまり深く考えない人だから……その人は南高に進学したんだったと思うって佐々木先輩に」
伝えたということか。もし玲奈がその安達朔也という人間に何か心当たりがあるのだとしたら──…。
「南高か……一体何者なんだ」
南高には知り合いと呼べる人間がいない。いや、もしいたとしても向こうも一年なのだ。安達朔也は三年のはずだし、聞いたところで何かが得られたとも思えない。
いや、必ずしも南高の人間に聞く必要はないはずだ。
「──奥野、ちょっと三年の教室行ってくる」
昼休みはあと十分少々。教室にいてくれることを祈る。
「待って、僕も行くよ」
洋介はためらうことなく後を追ってきた。拒否する理由もないので一緒に三階へと向かう。「佐々木先輩のとこにいくの?」
一段飛ばしで階段を上がりながら聞いてきた洋介に、祐輝は「いや」と首を振った。
「生徒会長に聞いても無駄だと思う。知ってても多分話してくれない」
そう、聞くなら相手は玲奈ではない。
(いた──!)
ちょうど三階の廊下の端にたどり着いた時だった。折よく拓海が廊下にいるのが見えた。
「──松岡先輩! すいません!」
名前を呼びながら駆け寄る。周囲を見渡してみたが、玲奈の姿は見えなかった。ラッキーだ。
「え、何。どうしたの」
拓海は面食らってはいたが、教室に入らず待ってくれていた。
「南辻戸田高校の──安達朔也って知ってますか?」
前置きなしに尋ねる。
「知ってるけど……安達が何?」
そう答えた拓海の様子に不自然な点は見られない。
「最近、その人に会いました?」
「……会ってはないけど。なんで?」
(──ん?)
今、何か一瞬変な間が開いたような気がするのは気のせいだろうか。
「……いえ。じゃあ、その人のクラスってわかりますか?」
自分で気が急いているのを感じずにはいられなかった。けれど、あまり長く居座りたくはない。
「え? クラス? ええと、聞けばわかると思うけど──緊急?」
祐輝はうなずいた。早ければ早い方がいい。すると拓海は「わかった」と言い教室を振り返った。
「今いないみたいだから後でメッセ送る」
そう言って拓海はポケットからスマホを取り出した。やっぱり、校則通りに「校内では電源を切ってロッカーに」なんて指示を守っている生徒なんていないのだ──たとえば、玲奈くらいしか。玲奈ですら守ってはいないかもしれない。
周囲に教師がいないことを確認して、祐輝は拓海とさっと連絡先を交換した。
「ちなみに、誰に聞くんですか?」
それまで隣で黙っていた洋介が口を開いた。
「え、安達の彼女だけど……」
祐輝はとっさに視線を教室内へと走らせた。さっき、拓海は教室を振り返った。ということは、安達朔也の「彼女」はこのクラスにいるということだ。
「それって森下さんって人だったりします?」
さっき予算委員会の出席者名簿で見た時、二人とも二年B組と書いてあった気がしたのだ──もちろん、成績順で決まる以上、今年もB組に振り分けられている保証はないのだが。しかしその予想は間違っていなかった。
「え、なんで知ってるの」
拓海のその返事に、祐輝と洋介ははっと顔を見合わせた。
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