第47話 情報提供者
「──ただいま。お姉ちゃん、帰ってる? お客さんなんだけど」
学校の最寄り駅から十数分電車に揺られ、玲奈は洋介の自宅にやってきていた。駅前のマンションの一室だ。
玄関で声を上げたのが聞こえたのだろう、奥の扉から出てきた人影があった。玲奈は反射的に「お邪魔します」と頭を下げる。
「お客さんって、そんな急に……あれ?」
声の主が驚いて立ち止まる。つられて顔を上げると、そこにいたのははっきりと見覚えのある女子だった。
「あ、彩佳の部活の……ええと……まいこ、ちゃん?」
確か、彩佳が「まいこ」と呼んでいた気がするのだ。
「麻衣子でいいよ。そう、彩佳とはバスケ部で一緒で。あなたはええと、生徒会長の……」
どうやら名前は出てこないものの生徒会長としては認識してくれているらしい。
「佐々木玲奈。玲奈って呼んで。それより、急に押しかけちゃってごめん」
玲奈が謝ると、麻衣子はひらひらと手を振った。
「ああ、いいのいいの。うち、親は共働きで今二人ともいないし。上がって」
そう言って麻衣子は踵を返した。
再び「お邪魔します」と口にしながらローファーを脱ぐ。すると洋介が来客用らしいスリッパを出してくれた。
「佐々木先輩、姉と知り合いだったんですね」
意外そうに言う。実際には知り合いというほどではないのだけれど、彩佳と一緒にいるところに何度か出会ったことがあったのだ。
「──その台詞、そっくりそのまま返すわよ」
いつの間にか戻ってきていた麻衣子が呆れたように言った。
「一年坊主が生徒会長と知り合いになっちゃうなんて生意気」
そんな麻衣子の言葉に笑いながらも、玲奈はなんとなく申し訳ないような気分になった。生徒会長なんて特別な存在でも何でもなく、所詮は生徒の一人にすぎない。
洋介は「あ、いや……」と言葉に詰まっている。たぶん、本当のことを言うに言えずに困っているのだ。玲奈が誰にも言わないでくれと言ったのを覚えていて、それを守ろうとしてくれているらしい──やっぱり律儀な子だ。
「私が具合悪くて倒れそうだったときにね、気づいて医務室に連れてってくれた一年生たちがいたんだけど、その中の一人だったの」
微妙に嘘が混ざっているものの、おおまかには事実である。
「え、何それ大丈夫だったの?」
麻衣子は玲奈に聞いていた。純粋に心配してくれているのだ。
「うん。あの日だけなんかちょっと貧血っぽかったみたいで。普段は全然平気なんだけど」
適当にごまかしておく。実際には貧血気味にすらなったことのない健康体なのだけれど。
「っていうか、半分くらいはお姉ちゃんのお客さんだから……」
洋介がそろそろと口を挟む。すると麻衣子は目を瞬いた。
「……は? どういうこと?」
通してもらったリビングで事情を説明する。すると麻衣子はすぐに納得してアルバムを取ってきてくれた。
「あの、もしかしてなんだけど、彩佳が言ってた、松岡くんと同じ中学出身の友だちで、付き合うなら注意した方がいいかもって忠告してくれたのって……」
玲奈が遠慮がちに確認すると、麻衣子はあっさりと「ああ、私だと思う」とうなずいた。
「でも松岡ともその元カノとも違うクラスだったから、大体のいきさつしか知らないんだけどね」
そう言いながらも、麻衣子は当時の状況を説明してくれる。
「……そこまで大事になってても、誰がやったかはわかんないの?」
玲奈の言葉に、麻衣子は苦い表情で答えた。
「主犯格のグループはあそこだな、ってくらいはわかってたんだけど、首謀者っていうの? 中心人物が誰かはわかんない感じだった気がする。でも高校である程度はばらけたから、もし今も同じ学校に通ってるって考えたら、少しは絞れるかもね」
なるほどな、と玲奈は思う。今回だって、かなり手の込んだことをしている印象だ。
きっと当時も要領よく立ち回り、自ら直々に手を下すことはなかったのだろう。
玲奈はお礼を言ってアルバムを受け取った。
「その主犯グループのメンバーで、今同じ学校の子、教えてくれる?」
そう麻衣子に頼み、玲奈はクラスごとの個人写真のページを開く。一組、二組と進んでいくと、三組のところで麻衣子が「そこ」と声を上げた。
「この津川里美と、それから四組の牧野有佐。あとは……六組の森下美咲。あのグループの子で、今同じ学校なのはその三人だったと思う」
玲奈はその三人の写真を食い入るように見つめた。三人とも知っている──いや、知っていると言えるのは森下美咲一人だけだが、残りの二人にも見覚えがあった。
「クラス違うのにグループが続いてたってこと?」
玲奈はまず気になったことを尋ねる。
「確かもともとクラス内でできたグループじゃなかったんじゃないかな。小学校の時点でコアになるグループはもうできてて、そこに中学で他の小学校出身の子たちが加わって女子の最大勢力になった感じ? 部活とか塾とか、そもそも教室以外の場所でできた関係っぽかったな」
麻衣子の話を聞きながら、玲奈はまたアルバムの写真に視線を戻した。森下美咲は拓海が所属するサッカー部の女子マネージャーだ。何度かミーティングで顔を合わせたことがあり、顔と名前も一致しているのだから間違いない。
津川里美と牧野有佐は知らない名前だった。でも顔にはしっかりと見覚えがある。あの日A組の廊下にいて、玲奈に突っかかってきた女子生徒だ。
(これは……クロ、だよね……)
玲奈は内心ため息をつく。
けれど今日の一番の目的は他にあるのだ。気を取り直して、もう一度一組から順に見ていく。
(いない……このクラスにもいない……)
分厚いページをめくるごとに不安になってくる。
同一人物だと認識できないくらいに雰囲気が変わってしまっているかもしれない。いや、もしかしたらそれ以前に、本当は無関係という可能性だってある。
(いない……)
次のクラスにも、その次のクラスにも、目当ての人物は見つからなかった。卒業アルバムで見つかるなんていうのがそもそも希望的観測だったのだと思い知る。
諦めと期待が入り交じるなか、玲奈は最後のクラスのページを開いた。
「……!」
最後のクラス──八組の1人目を見た瞬間だった。
(いた!)
間違いない、と玲奈は確信する。拓海と初めてデートした日──といってもあれ以来一度もデートらしいデートはできていないのだけれど──にフードコートで声をかけてきた人物だ。安達朔也という名前らしい。
「あ、松岡なら七組だよ」
玲奈の手が留まっているのに気付いたのか、麻衣子が教えてくれる。
「そうなんだ……うん、ありがとう」
せっかくなので七組のページも見てみる。すると確かに今よりもどこかあどけない印象の拓海の写真が見つかった。
「松岡くんって、中学の時からあんな感じだったのかな」
聞くともなしにつぶやくと、ばっちり聞こえていたらしい麻衣子が「あんな感じって?」と聞き返してきた。
「落ち着いてるっていうか、大人びてるっていうか……」
何と形容すればいいのだろう。同世代の男子より紳士な感じとでも言えばいいのだろうか。
「うーん、どうだろ。別に普通っていうか、他の男子と大差ない感じだったと思うけどね。あ、他の男子よりはモテてたか」
そんな麻衣子の言葉に、玲奈ははっと顔を上げる。
「他の男子って言えば、この人──知ってる?」
急いでページをめくり、安達朔也の顔を指さした。
「え? ──ああ。安達ね。知ってるけど、そいつがどうかしたの?」
麻衣子は少し不思議そうに首を傾げている。
「ええと、ちょっと前にね。定期入れ落とした時に気づいて拾ってくれた人がいて。この人だと思うんだよね」
とっさに考えだした嘘だった。さすがに正直に話すわけにはいかない──デート中の女子をナンパしていたなんて。
「あ、でもうちの高校じゃないよねたしか」
アルバムに見入るふりをしながら、あえて独り言のようにつぶやく。すると期待通り麻衣子はちゃんと聞いていて「ああ」と答えてくれた。
「安達はたしか……南高に行ったんだったと思うよ」
南高はうちとだいたい同じくらいの偏差値帯の公立高校だ。これはラッキーかもしれない。接触を図ってもそれほど怪しまれずに済みそうだ。
「そうなんだ……。あの、ところであの件って、E組ではどんな感じ?」
さりげなく話題を変える。別に聞きたいわけでもないのだけれど、それ以外に自然な話題が思いつかなかったのだ。
「……うん、そうだね……」
麻衣子は言いよどむ。ということは、相当面倒なことになっているということなのだろうか。
「……気を悪くしないでほしいんだけど、一言で言うと『誰?』って感じだった」
言いにくそうだったわりに内容が内容だったため、玲奈は思わず吹き出してしまった。
「『誰?』って……まあそうだよね」
笑いながらそう答える。うちの学校の一般生徒は生徒会に興味なんて持たない。生徒会長が誰なのかも知らなければ、どんな人間なのかを気にしたこともないだろう。
生徒会選挙なんて形だけの信任投票だし、立候補演説だってきっと誰も聞いていない。
「私も朝練があったから聞いた話でしかないんだけど、みんな次の日には忘れてた気がする」
玲奈の反応に安心したのか、麻衣子は淡々と言う。玲奈をフォローしようと気を遣っているわけではないようだ。
「ああ、意外とそんなもんだよね。よかった。ありがとう」
とりあえず目的は達成された。彼の正体──というか身元がこんなにスムーズに判明したということは、きっと行動を起こすべきだということなのだろう。
「……にしても、何がしたいんだろうね。今ひとつわかんないなと思って」
麻衣子の声に玲奈は顔を上げる。
「嫉妬なのかと思えば自分が付き合おうとするわけでもないみたいだし。ただ仲を引き裂きたいだけなのか……」
言われてみれば確かに、何が目的なのかよくわからない──けれど。
「でも、ほんと気をつけた方がいいと思う。気をつけてって言うだけで何も具体的にアドバイスできないのが申し訳ないけど」
麻衣子の言葉に玲奈は慌てて首を振る。申し訳ないなんてとんでもない。麻衣子は十分力になってくれている。おかげで手掛かりも得られたのだ──もちろんこれは口にはできないけれど。
そういえば、と玲奈は洋介の方を振り返った。この間黙っていた洋介は、アルバムを見つめ何やら考え込んでいる。
責任感の強い洋介のことだ、南高に乗り込むなんて言ったらきっと心配するだろう。自分も行くと言い出すかもしれない。
やっぱり一人で行こうと決意を新たにする玲奈だった。
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