第46話 手がかり
「……」
玲奈は周囲を窺う。たぶん、同じことは起きないはず──そう頭ではわかっていても、ひと気のないこの場所に足を踏み入れるのは気が進まなかった。
(でも、始めるならやっぱりここからだと思うんだよね……)
玲奈は自らに活を入れ、ボックス街にずらりと並ぶ扉の前に立つ。テスト前のため、ボックス街はあの時以上にしんと静まり返っていた。
拓海が機転を利かせて助けてくれたことで、この一件は一応、表面的には収まったと思う。でも実際には何も解決してはいないのだ。犯人を明らかにして、終わらせないといけない。
(たしかこの辺、だったよね……)
気絶させられた場所に移動する。と、なんとなく寒気がした。体が覚えているのかもしれない。玲奈は意識的に深く息を吐き出した。
(こうしてみると、部活っていっぱいあるな……)
ここに部室があるのは運動部だけだが、端から陸上部、野球部、ソフトボール部、テニス部、ラグビー部、サッカー部、応援団……これに屋内競技も加わるのだから、部室はかなりの数になる。でもこの中のどれかが、「現場」なのだ。
(ただ、手がかりになりそうなものは……)
辺りを見渡してみるが、ヒントになりそうなものは特に見当たらない。もちろん、証拠が残っていることを期待しているわけではなかった。あれからかなりの時間が経っているし、こんな場所だから防犯カメラもない。
早々に行き詰まりを感じたその時だった。
背後でザッと、靴で地面をこすったような音がした。玲奈は反射的に振り返る。
「──! 君は……」
そこにいたのは洋介だった。玲奈をここに呼び出すために使われ、罪の意識にさいなまれていた気の毒な男子生徒だ。
「どうしたんですか? こんなところで……」
それはこちらの台詞だと思う。が、考えてみれば洋介がここに部室を構えるクラブに所属している可能性だってある。自分が帰宅部だからって、それを基準に考えるのはよくない。
「奥野くんこそ。部活、やってるの?」
名前がちゃんと出てきたことに内心ほっとする。
「いえ、佐々木先輩っぽい人を見かけたので……」
それで玲奈を追ってきた、ということらしい。なんでまた。
「……あの、佐々木先輩」
そう呼びかけた洋介の目には何か強い光が宿っている。玲奈は黙って続きを待った。
「何か、僕で力になれることありませんか?」
その表情は真剣そのものだった。罪滅ぼしがしたいのかもしれないな、と思う。
「……それじゃあ、ひとつ。私がどこの部室に倒れていたか、わかる?」
周囲に人影がないのは確認済みだった。でもなぜか、つい声を低くしてしまう。洋介は無言でうなずき、数メートル進んで立ち止まった。
「──ここです」
洋介が指さしたのは、拓海が部長を務めるサッカー部の部室だった。
(やっぱりここか……)
洋介の隣に立ち、閉ざされた扉を見つめる。拓海が直接関係していたとは思えない。けれど彩佳の話を聞く限り、拓海の身近な人間が背後にいたことは疑いようがないのだ。
「真相を……確かめるんですよね?」
洋介がぽつりと言った。驚いて隣を見ると、洋介はまっすぐに玲奈を見ていた。
「三年前の、二の舞にならないように」
「──どうして」
思わず絶句する。なぜ一年生の洋介までが拓海の過去を知っているのだろう。けれどその疑問は次の瞬間氷解した。
「姉が……先輩と同じ学年に姉がいるんです。そして僕と姉が通っていたのは……」
洋介は拓海の出身中学の名前を口にした。ということは、洋介の姉は拓海と中学の頃同級生──クラスが同じとは限らないが──だったのだ。
ふと、玲奈の脳裏にある考えがひらめく。
「ねえ、お姉さんに頼めば中学の卒アルとか見せてもらえないかな?」
卒業アルバムということは、ざっと二年から二年半は前の写真になる。今の面影がどれくらい残っているかはわからない。でもそう大変わりしていなかったら──?
「大丈夫だと思いますよ。なんなら今日でも」
洋介はこともなげに言った。
「今日?」
あまりにも急なのでびっくりしてしまった。いや、早く動くに越したことはないのだけれど。
「はい、今日なら姉も家にいると思います。テスト前ですし」
洋介の発言に引っかかりを覚える──テスト前?
「奥野くんのお姉さんってもしかして……ここの生徒?」
「はい。三年E組です」
ということは、当然今回の一件も知っていることだろう。そう思うと気持ちがくじけそうになる──が、よく考えたら三年前のことだって知っているのだ。
「……じゃあ、お言葉に甘えてもいい?」
もちろんです、と力強くうなずく洋介に、なんとなく心強さを覚える玲奈だった。
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