第36話 まわりの目
「……」
なんだか面倒なことになったな、と玲奈は声に出さずに思う。
あの場を後にしてからも、軽蔑なのか同情なのか、あるいは単に好奇なのか、とにかく尋常じゃない量の視線を浴びた。ちらちらとこちらを見ながら内緒話をしたり、あからさまに指をさされたり──。
(なによ、もう……みんな昨日まで誰が生徒会長かすら把握してなかったくせに)
一体どれくらいの生徒が見て、何を思ったのかはわからない。中には何かの間違いだろうとか、嵌められたのだろうと思ってくれる人だっているかもしれないけれど、それは本来の玲奈の性格や人柄を知っているごく一部の生徒に限られるだろう。
それでも、琴音がいち早く知らせてくれたのは助かった。先生の目に触れる前に片付けられたというのもあるけれど、自分が何をされたのかを自分の目で確かめられたのが大きい。もちろん、それで何かが変わるわけではないけれど。
「……玲奈。大丈夫?」
隣で琴音がまた、心配そうな顔をしている。
(大丈夫っていうか……)
一通りのショックをすり抜けて、今ではなんだかもういろんなことがばかばかしく思えてしまっているのだった。あの質の悪い嫌がらせも、そのためのあの無駄に手の込んだ罠も、あんなつまらないゴシップに飛びつく人たちも。なにもかもがくだらない。
ボックス街での一件は、先生や祐輝たちの協力もあってうまく切り抜けられたと思っていた。けれどどういう形であれ、結局はこうなる──好ましからざる噂の的になる運命だったのだろう。
(見境ないビッチ扱いされるくらいならまだ性犯罪の被害者のほうがましだった……?)
一瞬そんなことを思いかけたけれど、今更何を考えようとむだなので頭の隅に追いやる。
「──ほら! あの人あの人! あんなの全校に晒されてよく普通の顔して歩けるよね」
「ちょっと、聞こえるって!」
女子生徒がくすくす笑いながら小声で言い合っている。見覚えのある顔だから、たぶん三年の生徒だろう。
(思いっきり聞こえてますけどね)
玲奈に聞き取れたくらいだから隣の琴音にも聞こえていると思う。全くの無関係なのに巻き込んでしまっているような気がして申し訳ない。
「でもあれじゃ清楚系ビッチっていうよりクソビッチじゃない?」
「ちょ、ほんとやめなって」
今ではもうきゃあきゃあと笑いあっている。玲奈はこっそりとため息を飲み込んだ。なんというか、ここまであからさまだと反論する気も起きない。
「……ねえ、ちょっとあのブスども一発ずつ殴ってきていい?」
それまで黙っていた琴音が低い声で言った。思わず吹き出してしまう。
「手、痛いだろうしやめたら?」
玲奈は笑いをこらえながら囁いた。もちろん、彼女たちには聞こえないくらいのボリュームで、だ。
「多少の痛みは気にしないけど、万が一殴ってブスが矯正されたらいやだからやめとく」
言葉とは裏腹に、琴音は妙に真面目な顔をしている。そのミスマッチさが面白くて、玲奈はさっきよりも盛大に吹き出してしまった。
「……!」
教室に戻ると、これまた一斉に視線が突き刺さる。が、それでもクラスメイトたちは、直接は何も言わないことにしたようで、そろそろと目を逸らしていった。漂っているのは、進学クラス特有の、あのまわりの出方を窺うような空気だ。
そんな中、一直線に駆け寄ってくる人影がある。
「ねえ、ちょっとどうなってんの!?」
彩佳だ。いつも通り朝練があったせいで、今朝の一件については何も知らないらしい。言われてみれば彩佳が所属しているバスケ部の朝練はいつも体育館だし、下靴を履き替える必要がないため昇降口前のあの掲示板の近くは通らないのだ。
「ええと……」
玲奈と琴音、二人がかりで説明する。と、案の定彩佳はぽかんと口を開けて絶句した。
「ごめん、意味わかんないわ」
実際に理解できていないのだろうと思わせる表情で彩佳が言う。説明の仕方が悪かったのか、あるいは実物を見ていないせいで想像が難しいのか。
けれど玲奈が説明し直そうとしたのを、彩佳が遮った。
「いや、それはわかったんだけど。そうじゃなくて、なんでそんな写真が存在するのって話で。合成?」
一瞬言葉に詰まる。けれど、ここまでことが大きくなってしまった以上、二人には話しておいた方がいいかもしれない。
「……ちょっと、まだ二人に話してないことがあって。ここじゃあれだから、後で聞いてもらっていい?」
何かを決意したような表情を浮かべて言う玲奈に少し戸惑いながらも、琴音と彩佳はうなずいた。
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