第35話 繰り返された過去

(なるほど、これが目的だったわけか……)

 外靴から上靴に履き替えて昇降口を出た途端、でかでかと赤い字が目に飛び込んできたのだ。写真付きで玲奈の不貞行為を糾弾する文字が。

 この写真を撮るだけなら、おそらく時間は十分だっただろう。背景にぼかしが入れられているのは、撮影された場所が特定できないようにするために違いない。やはり無駄に周到だ。

 しかしこれで、複数犯の可能性が高くなった。写っている本人と、撮影した人間、最低でも二人必要だ。ひょっとしたら、玲奈の体を支えていた人間もいたかもしれない。気絶していた以上、座らせるにしても自立しているように見せかけるのは難しいだろうから。


 と、友達に連れられて玲奈が姿を現した。祐輝は昇降口に戻り物陰からこっそりと様子を窺う。

 その気になればいくらでもかばうことは可能だろう。だが今自分が出て行ったとしても、余計に事態をややこしくするだけなのは疑いようがなかった。

「──園田くん」

 囁き声で名前を呼ばれる。振り向くとそこには洋介がいた。

「あれ、とっくに教室にいたんじゃ」

 思わず尋ねる。洋介はうなずいて、少し離れたところの人混みをちらりと見た。

「いたけど、生徒会長がどうのってあまりにみんなが話してるから来てみた」

 漏れ聞いた会話から、どうやら掲示板に何かがあるらしいとやってきたらしい。やっぱり律儀な奴だ。

「見たか? あれ」

 掲示板を顎でしゃくると、洋介はどこか神妙にうなずいた。

「あの時のあれ、だよね」

 洋介もすぐにピンと来たらしい。ということは、田代たちも気づいただろうか。いや、始業ぎりぎりに登校してくることも多いし、もしかしたらまだ見ていないかもしれない。

「なんとか……できないかな? 本当のこと説明するとか……」

 二人で成り行きを見守っていると、洋介がぽつりとつぶやいた。けれど祐輝は首を振る。

「覚えてるだろ。襲われたことは誰にも言わないで、秘密裏に片付けてほしいって生徒会長がわざわざ言ったんだ」

 たぶん、相当にデリケートな問題なのだろう。その結果こうなってしまった以上、玲奈のあの選択が正しかったのかはわからないが。

 祐輝は静かに息をついた。

「……奥野はさ、生徒会長がなんであんなことになってるんだと思う?」

 少し聞き方が曖昧だったかもしれない。洋介は首を傾げている。けれど祐輝としても、本当の意味で答えを求めていたわけではなかった。

「……たぶん、あれだ」

 そう言って掲示板の方に視線を向ける。玲奈が写真を引きはがすのを、背の高い男子生徒が少し離れたところから見つめていた。玲奈が言っていた、サッカー部キャプテンの松岡拓海だ。

「あ、あの人……!」

 洋介が驚いたような声を上げた。見れば少しだけ表情が険しくなっている。

「何? 知り合い?」

 祐輝が聞くと、洋介は苦い表情で首を振った。

「知り合いじゃないんだけど……中学が一緒で。あ、姉が同級生だったんだけど」

 拓海はこちらに背を向ける形で立っているため、その表情はわからない。けれど交際相手の不貞──この場合は嘘なわけだが──を知らされて気分のいい人間なんていないだろう。

「たしか、あの人と付き合った人がそのせいでいじめられて登校拒否になったって……」

「え……」

 思わぬ話につい絶句してしまった。ということは、今回だって「その可能性」が高いのではないだろうか。

「じゃあまさかこれも?」

 しかし洋介の反応は芳しくない。「これも、って?」と首を傾げている。

(あ、そうか。こいつはそんなこと知らないか)

 掲示板を後にし教室棟へと歩き出す拓海を横目で見ながら、祐輝は口を開いた。

「生徒会長は、あの松岡ってやつの今の彼女なんだよ」

 そう言った瞬間、洋介は文字通り目を丸くした。

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