第33話 鷹のように

(なんか引っかかるんだよな……)

 昼休み、祐輝は自分の席でぼんやりと考える。玲奈が襲われたあの日のことだ。改めて振り返ってみればおかしなところがいくつもある。

 まず気になるのは目的──動機だ。玲奈自身も言っていたように、あの一件はどう考えても最初から玲奈一人を標的にしていた。わざわざ名指しして呼び出させたのだから間違いないだろう。

 その呼び出しにも、玲奈とは無関係な洋介を使っている。おそらく一年の、それも男子生徒なら面識がないだろうと踏んで選んだのだろう。

 それが洋介だったのは偶然かもしれないが、洋介なら従順に指示通り動きそうだと踏んで選んだ可能性だって、現時点では捨てきれない。

 それに、あの一件はあの日のあのタイミングでなければうまくいかなかった。というのも、玲奈が放課後一人教室に残っていたのは日直だったからなのだ。普段なら生徒会室に他の部員たちといるか、何もない日ならとっくに下校している時間だった。

 犯人がそこまで把握して計画を立てていた、なんていうことはありうるだろうか。もしそうだとしたら、単独犯であれ複数犯であれ、いったいどれほど校内事情に詳しい人間なのか、という話になるが。

(いや、それよりも……)

 決定的にわからないことがある、と祐輝は思う。

 ボックス街で玲奈を見つけた時、状況から何者かに性犯罪目的で部室に連れ込まれたのだと思った。けれど、それにしては不自然な点が複数あるのだ。

 まずはあの日も確認した時間の問題だ。洋介の話から、玲奈が部室に連れ込まれてから祐輝が発見するまでの時間はせいぜい十分程度だ。絶対的に時間が足りない。

 もしかしたら玲奈を見つけたあの瞬間に、実は犯人が同じ部室の中のどこかに隠れていた、という可能性もあるかもしれない。祐輝たちが玲奈を探しにやってきたということは、声や物音で中からでもわかったはずだし、とっさに物陰に隠れ息を殺すくらいの余裕はあっただろう。

 祐輝自身はどこかに人が潜んでいるような気配は感じなかったが、それもあの状況下ではあまりあてにならないと思う。犯人が部室内に潜んでいるなんて考えは頭になかったし、あの時はほとんど玲奈だけに気をとられていた。

(いや、でも……)

 玲奈を呼び出すのにあそこまで周到な計画を立てる人間が、そんなミスをするだろうか。

 玲奈の証言も気になる。手荒な真似をされたショックで気を失ったのだろうと思っていたが、どうやら最初から気絶させられていたらしいのだ。

 普通、強姦しようとする相手を気絶させたりするだろうか。もちろん、性犯罪を犯すような人間の思考回路なんて知ったことじゃないが。泥酔させて事に及ぶ話にはあちこちで出会うし、それが少々過激になっただけの話か──。

「──園田くん」

 考え事をしていたせいで、人が近づいてきていることに気がつかなかった。顔を上げるまでもなくわかる。洋介の声だ。

「……ああ。何?」

 すると洋介はあたりを見回し、声を低くした。

「あの人、大丈夫かなと思って……」

 玲奈のことだろう。やはり相当に責任を感じているらしい。

「んー……どうだろな」

 祐輝はあの日の帰り道を思い浮かべて腕を組む。大丈夫、と言い切ることはできない気がする。あれはきっと、本人に自覚のないトラウマだ。

「しばらくは引きずるかもしれない……けど」

 今の自分たちにできることはほとんどないだろう。クラスどころか学年さえ違う玲奈を四六時中警護するなんて、現実的ではない。

「奥野は奥野で、自分のこともあるだろ」

 カマをかけるつもりはなかった。勉強ができることを誇示するやつはいても、わざわざ隠したがる男子はあまりいない。単純に、学力も「力」だからだ。

 洋介はおそらく過去に、それを隠したい──つまり、目立ちたくないと思うようになるきっかけがあったのだろう。たとえば──。

「園田くんは……なんっていうか、察しがいいよね。頭だけじゃなくて」

 そう言って洋介は悲しげに笑った。いや、笑ったというよりも、顔をゆがめたという方が正確かもしれない。

「自分一人じゃ……誰かを犠牲にしなきゃ自分の身すら守れないなんて、我ながら最低だよ」

 洋介の吐き出すような声を聞きながら、みんな常に何かと闘っているんだな、と祐輝は思う。自分はどうだろう。今はわりあい要領よく平和に生きていると思っているが、実際のところはわからない。本物の危機に面してみない限りは。

「奥野にはコレがあるじゃん。俺に勝つレベルのコレが」

 祐輝は自分のこめかみに人差し指をあてる。高い学力を誇示するだけが「頭」の使い方ではない。「能ある鷹」のように生きればそれでいいのだ。その爪は普段は隠していても、必要な時に適切に使えることが大事なのだから。

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