第20話 進展ひとつ

「付き合う」ことによって何がどう変わったというわけでもないものの、玲奈が執行部の仕事で遅くなる日は、部活終わりの拓海と待ち合わせて一緒に帰るようになった。

 校門を抜け少し行くと、今日も塀にもたれかかって待っている拓海の姿が見える。

「──松岡くん」

 そう声をかけると、拓海はいつも決まって「お疲れ様」と微笑むのだった。

「いつも待っててもらってばかりでごめんね」

 隣に並びながら玲奈が言うと、拓海は首を振った。

「いつもそんなに待ってないし気にしないで。これまで俺の方が早く終わってたのだって偶然だし」

 拓海の落ち着いた声は耳に心地よく、聴いているだけで心が安らぐ感じがする。恋というのは胸がどきどきして苦しいものだとばかり思っていたけれど、こんなふうな穏やかな関係もいいかもしれない。

「今日は練習、どうだった?」

「いつも通りだよ。ゴール決めたかと思えばとんでもないミスしたり」

 こうやって、他愛もない話をしながら歩く。内容は拓海の部活のことだったり、玲奈の執行部の話だったり、あるいはそれぞれのクラスで起きたちょっとした事件だったりとさまざまだ。

 頻繁に課される課題や小テストの愚痴や、それぞれがプレイしているゲームの進捗が話題になることもある。友達と一緒に帰るときと大差ないかもしれない。

 けれど、ふとしたタイミングで気遣いが感じ取れるのだった。たとえば、並んで歩いている時、気づけばいつも拓海は車道側にいた。玲奈に意識させないほどの自然さだし、カバンや荷物も、玲奈にぶつからないよういつも反対側に持ち直していた。どちらもついこのあいだ気づいたことだけれど。

 それから、拓海は話していて本当に飽きない相手だった。くだらない話題を振っても必ずと言っていいくらいうまく話を広げてしまうし、相槌を打つのも、こちらに振るのも上手なのだ。


「……それで、次の試合に備えてっていう建前でさ、休みがもらえて」

 拓海が嬉しそうに言う。サッカー部はそこそこ強豪なので、平日の放課後はもちろん土日も毎日何かしら活動しているのだ。

「そうなんだ。ゆっくり休める休日っていつぶり? よかったね!」

 心からそう思って口にしたのだけれど、なんとなく拓海の表情が優れない気がする。何か心配ごとでもあるのだろうか。拓海は一瞬迷うような表情を見せたが、意を決したように口を開いた。

「……あの、さ。その休みっていうのが今週末の日曜で。急なんだけど、玲奈、空いてたりしない?」

 日曜日だから授業もないし、玲奈はクラブにも所属していない。特に友達との約束や、家の用事もなかった気がする。

「空いてると思うけど」

 なんでそんなこと聞くんだろう、と思いながら答えた瞬間、玲奈は拓海の意図に気づく。拓海は足を止めこちらに向き直った。

「それなら……デート、しない?」

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