第19話 噂千里

「──ちょっと玲奈! どういうこと!」

 朝、玲奈が教室に入るなり琴音が血相を変えて詰め寄ってきた。隣には彩佳の姿もある。

「え、何? どうしたの?」

 わけがわからずに聞き返す。が、琴音は何も言わずに玲奈の手首をつかんで教室を突っ切っていった。そういえば、なんだか教室のあちこちから妙に視線を感じるような気がする。

 玲奈を廊下まで引っ張り出すと、琴音は勢いよく振り返った。

「B組の松岡拓海と付き合ってるってほんとなの!?」

 小声に抑えてはいるが、興奮で声が上ずっている。

「なんで知ってるの……」

 玲奈はその勢いに半ば圧倒されながら目を瞬いた。そんな反応に、琴音と彩佳は顔を見合わせる。

「もうみんな知ってるって。それよりなんで教えてくれないのよ!」

 隠し事をされるなんて心外だと言わんばかりに彩佳が嘆いた。

「二人には今日言おうと思ってたってば……」

 言い訳がましく聞こえるだろうな、と思いながら玲奈は言った。公園で話したのは金曜日の放課後で、今日は土日を挟んで月曜日になったばかり、それもまだ朝だ。

 本当に、この手の噂の広まるスピードといったらない。

「メッセくれたっていいじゃん……」

 琴音が恨めしげに言った。琴音や彩佳とは当然ながら一年の時に連絡先を交換しているし、深夜だろうが土日だろうが連絡を取ることは難しくない。

「う……ごめん。でもやっぱり直接報告したくて」

 玲奈が言うと、二人は「まあいいけど」とため息をついた。

「これからは教えてよ」

 そんな彩佳の言葉にうなずいた時だった。

「──玲奈、おはよ」

 どきりとして振り返ると、拓海が微笑んでいた。朝練終わりらしく、ブレザーは手に持ってシャツ姿だった。

「……あ、うん。おはよう」

 玲奈が答えると、拓海は琴音や彩佳にも微笑みかけ、それからB組の教室へと入っていった。

「朝から見せつけてくれちゃって! 『玲奈、おはよ』だってー!」

 拓海の姿が教室に消えるのを確認し、琴音が拓海の声を真似て冷やかした。

「前は苗字にさん付けで呼ばれてたんだけど……」

 顔が熱を持つのを感じながら玲奈は言う。

「いいじゃん付き合ってるなら。にしても相変わらずイケメンだねえ」

 彩佳がB組の教室を振り返りながら言った。

「あ、やっぱりそうなんだ」

 思ったことがつい口をついて出てしまう。と、二人が動きを止めた。

「何言ってんの! 少なくとも学伸でイケメンって言ったら彼でしょ!」

 学伸というのは学力伸長クラスの略、すなわちA組からD組の四クラスのことだ。玲奈が今まで気にしていなかっただけで、どうやら拓海は「人気がある」程度ではないらしい。

「……彩ちゃん、無駄。玲奈はたぶんあの一年王子くんに見慣れちゃって感覚がマヒしてるから」

 琴音が彩佳をなだめている。祐輝が一度教室に来て以来、琴音は嬉しそうに「王子、王子」とネタにしていた。

「え、何その話。王子って何? だれ?」

「あ、あの日彩ちゃんいなかったもんね。実は……」

 さっきまでの興奮はどこへやら、今度は玲奈をほったらかして祐輝談議に花を咲かせている。彼女たちのこの関心の移ろいというか、切り替えの早さが玲奈は好きだったりするのだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る