第5話(終)
今日はとにかく大変な一日だった。何が大変だったかと言うと、今日はいつも以上に変なお客様が受付に来て、その対応をしたり、社内電話が繋がらなくなるトラブルなど、とにかく大変だった。定時に帰ることは出来たが、不幸にも私が乗った電車は満員電車でストレスに詰め込まれてやっとの想いで家に着いた。「ただいま。」私が疲れた声で言うと、「おかえりなさい。」と純一は笑顔で返事をした。「ご飯できてるよ。」と純一がいつものように優しく言ったが、よほど疲れていた私は「うん、後で食べる。」とつい素っ気ない態度を取ってしまった。続けて純一が「あと、洗濯物畳んでおいたから。」といつもの会話にも「あ、うん。」と普通に返した。「疲れてるのに。」と心の声が喋っているのを無視して、純一はさらに続ける。「ねえ、今度さ、前に行った遊園地また行かない?すごく楽しかったからさ。佳奈さん次の休みいつ......。」「あーもう、うるさい!!」私は溜まっていたストレスを純一にぶつけてしまった。「佳奈...さん......?」純一は少し戸惑った表情をしていたが、そんな表情には目もくれず、私は「だいたい、ロボットのくせに何が分かんのよ!どうせコンピューターがその場に合わせて、適当に表情作ってんでしょ!ロボットのあんたには、私がどれだけ大変な思いをしてるか分からないでしょうね!!」とつい心にもないことを口にしてしまった。
しまった。私は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。暗い顔をしている純一を見てそう思った。「そう、だよね......。僕はロボットなんだ、佳奈さんの言う通りその場に合わせて表情を作ってるだけ。」「違うの純一!今のは疲れててつい......。」焦って誤解を解こうとする私をよそに、純一はこんなことを言い出した。「ロボットの僕に居場所なんてどこにもないんだ。さようなら、佳奈さん......。」そう言って純一は部屋を出ようとした。
「待って、行かないで!純一!お願い!!」私はキッチンから玄関に向かおうとする純一の腕を掴んで必死に止めようとする。私の前から純一が消えたら、私にはもう何も残らない。これまでの純一との想い出が全て消えていく。私はまた独りになってしまう。私が必死で止めようとしていたら、純一と掴み合いになった。「佳奈さん離して!」純一は必死に抵抗する。しかし負けじと私も抵抗する。「純一、純一、純一、純一純一!!」もう純一のことしか頭になかった。だが力のない私は、掴んでいた純一の腕を離してしまった。その時、大きくて鈍い音がした。純一が食器棚の角に頭をぶつけたのだ。そのまま倒れた純一は目を閉じたまま動かない。「純一?ねえ冗談でしょ?起きてよ純一!純一!!」ひどく動揺した私は何回も純一の名前を呼びながら、体を揺すった。その時、ポケットにしまっていたスマホが突然震えた。慌てて画面を見ると「カスタム彼氏」のアプリからだった。恐る恐る開くと、そこには信じたくもないような文字が書かれていた。「機能...停止......?」ありえない、そんなことが、純一が、そんな......。力が抜けて膝から崩れ落ちた私は、さらにあることを思い出した。「もしも機能停止致しましても、同一の個体を作ることができないことをご了承ください」それは販売業者からのメッセージだった。それじゃあ、まさか、純一はもう作れない?私だけのカスタム彼氏はもういない?純一が生きていなければ私の生きる意味がない。失望した私はキッチンの引き出しから包丁を取って、倒れている純一の側に座った。「純一、貴方を独りにはしない。」私はそう言うと包丁のはを自分の首に向けた。
純一、貴方は私だけのもの......。いつまでも一緒だよ。
午前11時過ぎ、とあるマンションの付近にパトカーや救急車が止まっていた。いつもは子供達の遊び声が聞こえるが、今日はサイレンの音しか聞こえない。どうやらこのマンションの一室で事件があったらしい。現場には機能停止したアンドロイドと包丁で自分の首を切った女性が手を繋いで倒れていたとか......。
カスタム彼氏 山田 弘 @pomtuyo2457
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます