第36話 雷の槍
「騎士の刃が東を向く時、火が熾こる。鼓舞の声、戦塵、鋒。前を向け」
「騎士の刃が天を穿つ時、雷が零れる。敗色の錦、追撃、燎。前を向け」
おれとパレットは、離れた間合いからそれぞれ剣を突き出した。
「『炎の槍』!」
「『雷の槍』!」
炎と雷の束が真正面から激突し、爆散する。
周囲の盗賊団の男が悲鳴を上げる。余波に押され、焼けた地面を転がる者もいた。
開幕だ。
「『セカンドラップ!』」
おれは身体強化の『アクティブスキル』を発動した。
同時にステータスを確認する。
《ソラ・シーブリーズ》
《Lv:18》
《HP:1012/1080 MP:520/639》
《攻撃力:362 防御力:235》
《魔法力:328 敏捷力:310》
HPとMPを除くステータスが『セカンドラップ』によって底上げされた。
引き換えに、体が赤い輝きを帯びている間はMPが失われ続ける。構いやしない。どうせ冗長に戦闘を続けるつもりはない。すぐに終わらせてやる。
パレットが突っ込んできた。
あいつの獲物は片手剣だ。
おれの両手剣よりも細身で、刀身もやや短い。つまりリーチはこちらの方が上だ。
剣を真正面から振り下ろした。
パレットが身を伏せ、躱す。
おれは即座に剣を捻り、肉薄した敵を斬り上げて迎撃しようとする。だが、柄を握った手首を足裏で蹴られ、初動を殺された。
片手剣が繰り出される。狙いはおれの首だ。
「だぁっ!」
相手の足が乗った右腕を、おれは力任せに振り抜いた。
パレットが宙に浮く。体ごと押し返してやった。
が、その勢いを利用し、敵はぐるんと縦に回転すると同時に剣を振るった。むちゃくちゃな軌道だった。
下から襲いかかる白刃を、おれは左掌で受け止めた。
肉が裂け、骨で止まる。
どうせ不充分な姿勢から放たれた斬撃だ。指を切り落とす威力はない。
「おいおい」
パレットが驚きに目を見開く。
その顔面に、おれは剣の柄頭を思いっきり叩き込んだ。
斬ることもできたが、とにかく殴りたいという衝動を優先させた。
吹き飛んだ首魁の姿を見て、盗賊団の連中が口々に動揺を漏らす。
「……聞いていた話と違うな。随分と強引な戦い方をする」
呟き、ゆらりとパレットが立ち上がる。
額から流れた鮮血が、その真っ白な外套に赤い斑点を作っていた。
たしかこの男は潔癖症だったはずだ。
肉体的なダメージは致命的でなくとも、きっと精神的な苦痛は大きいはずだ。実際に、目尻がひくひくと痙攣している。
《ソラ・シーブリーズ》
《Lv:18》
《HP:890/1080 MP:501/639》
おれもHPは失ったが、大騒ぎするほどの怪我ではない。
まだ剣も握れる。
休ませてやるつもりは毛頭なかった。
踏み出し、間合いを詰める。
するとパレットは、懐から取り出した小さな黒い粒を口に放り入れた。
なにかの植物の種子に見えた。がり、と奥歯で噛み潰される。
その唇が弧に歪んだ。
「蜿蜿と畝る雷。偶像の遣い、男根、稲の穂。杖に絡巻け」
詠唱だ。この文節は『ショッククラフト』の魔法か。
足は止めない。
おれの剣より敵の魔法の方が早く届くだろう。
しかし、この『ショッククラフト』のLVは3だ。急所に命中しても死にはしない。相打ちを覚悟で突っ込んでやる。
「『蛇の杖』」
パレットの掌から放たれた縄状の雷が、蛇行しながらおれの脇を掠めた。
紙一重で回避した、わけではない。
狙いが意図的に逸れていた。
無意識に、おれは雷の射線を目で追った。
ばちん、という弾けた音とともに『蛇の杖』はアルゴンキンの胴に着弾した。その衝撃で巨体が地面の上を半回転し、また動かなくなる。
「お前っ……!」
足が止まる。頭に血が上る。
沸騰する激情をどうにか押さえ込み、おれはパレットに視線を戻した。
「雷の妖精、爪牙、灰色の骨。我々は求め、我々は命じる」
「ぐ、あッ……!」
その瞬間、焼けるような痛みが大腿に走った。
逆手に握られたパレットの剣がおれの脚に突き刺さっていた。
くそ、油断した。
不用意に敵の目の前で立ち止まるべきではなかった。
「『雷の牙』」
「うっ……!」
刃を起点に、おれの全身に紫電が走る。
意識とは関係なく、指先から爪先までもが大きく跳ねた。
《HP:712/1080 MP:468/639》
半ば反射的に、おれは剣でパレットをなぎ払おうとした。
しかし、刃は空を切った。
相手はすでに間合いから脱出し、数歩分の距離を取っていた。
「だがまぁ、怒りに支配されてくれていた方が殺しやすいな」
パレットが瞳を細め、不敵に笑う。
なんなんだこいつは。
憂鬱な様子から途端に激昂したと思ったら、急に冷静に立ち回る。感情の揺れ幅がちっとも読めない。
「お前、おれが許せないんだろ? 遠慮するなよ。ほら、早くおれを斬ってみろ」
「……うるさい」
「それとも『赤い衣』の息子の実力ってのはこんな……」
「黙れ!」
パレットの挑発は、的確におれの感情を刺激する。
前へ前へと進もうとする体を、苦労してどうにか制動した。
視野が狭窄している。激情を腹に沈め、頭の熱を下げるべきだ。だが、理性が上手く機能しない。腹が立って仕方がない。
「顕現せよ」
パレットが剣を振り上げる。
「十一番目の雷霆の王。森を焼く北欧の槌。空を駆ける馬車の轟。雷鳴、号哭、亀裂。そして霹靂」
あの魔法は危険だ。
おれの使う『炎の槍』や『竜の息吹』よりも威力が高い。
だが、遠くまでは届かない。
「『雷の斧』!」
振り下ろされた剣とともに、巨大な三日月状の雷が地面に叩きつけられた。
石造りの家屋でも一撃で粉砕するほどの威力を持った魔法だ。
人丈ほどの砕けた岩が、遠くの方に飛んでいく。
直撃していれば痺れるでは済まない。しかし紫電の塊は、射程外まで脱出していたおれの肌を掠めるに終わった。
戦塵に視界を奪われる。
その砂埃を裂いて、真正面から人影が現れた。
おれは咄嗟に剣を振るった。それは飛んできた火の粉を払うかのような、ただの反射行為だった。
幸い、刃は寸前で止めることができた。
「お前……」
パレットではない。
たしかラムと呼ばれていた。盗賊団の一員だ。
男は疑問と恐怖に染まった瞳を見開き、顔にびっしりと汗を浮かべ、いままさに自分の顔面を水平に断とうとした白刃を凝視していた。
その背後に、パレットが立っていた。
ラムの首根っこを掴み、にやにやと不快な笑みを携えている。
こいつ、仲間を盾の代わりに使いやがった。
「お前、どこまでっ……!」
ずぶりと、音がした。
ラムの胸の中心から、パレットの片手剣が飛び出した。
その鋒が、おれの腹に突き刺さる。
「騎士の刃が天を穿つ時、雷が落ちる。敗色の錦、追撃、燎。前を向け」
「パレットさん……なんで……」
身を貫かれたまま、ラムが首だけで振り返る。
悲痛な声は、迸る雷の音に掻き消された。
「『雷の槍』」
障壁を全力で展開する。
幸い、おれの銅を雷が貫通することはなかった。それでも腹の中で爆発が起きたかと思うほどの衝撃を食らった。
《HP:123/1080 MP:388/639》
体がなにかに叩きつけられる。
血を吐いた。臓物が潰れた。
だが身を支えるための骨も筋肉も残っている。
まだ戦える。
おれは剣を握る手を離さなかった。
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