第27話 ユウの恩返し

《アドオンスキル発動:トラップメーカー》


《トラップメーカー:捕獲、拘束を目的とした罠全般の作成に必要な技術の精度が向上する。また、獲物の習性、痕跡、予測できる移動経路など罠の設置に関連する知識に補正が発生する》


 今日も『レファレンス』は飽きることなくスキルの説明を繰り返す。


「よし」


 おれは罠の成果を確認して頷いた。


 跳ね上げ式のくくり罠を仕掛けておいた。

 まず細い木の枝にツタで編んだ輪っかを結ぶ。枝をしならせ、その先端を別の木の枝などで地面に固定し、輪っかの高さが地表に近くなるよう調整する。あとは獲物が通過した際、上手く輪っかに首を突っ込んでくれればツタが締まり、留め具が弾けて枝が跳ね上がるという図式だ。

 ちょうど絞首刑を受けた囚人のような絵面ができあがる。


《アイスホップイヤー》


《アイスホップイヤー:危険度E。ホップイヤー種。『アイスエンチャント』の影響で体毛には常に霜が降りている。トラストン国の北部を中心に生息する魔物。食性は植物食。危険性は少ないが、作物を荒らすなどの理由で駆除の対象とされることがある》


 引っかかった獲物はウサギのような魔物だった。といっても垂れ下がった大きな耳がウサギに似ているだけで、骨格や顔はネコに近い。


「すごいな、今日で3匹目だ」


 おれの背後でソラが呟いた。


「なんでそんな簡単に引っかかるの?」


「そこに獣道がある」


 指し示した先は、近くの茂みだ。

 草や枝が腰の高さまで雑多に伸びているが、根本に不自然な隙間がある。小型の動物が何度も通ることによって生まれた、草のトンネルだ。

 ソラは目を細めたまま、難しそうな顔をしていた。


「道なんてないよ。草しかない」


「よく見ろ。足跡も残っている。お前は頭だけでなく目もポンコツなのか」


「ユウちゃんって時々すごい辛辣になるよね」


「それに簡単に引っかかってはいない。何ヶ所か空振りもあっただろう」


 ソラと言葉を交わしながら、おれは罠に近寄る。


 アイスホップイヤーはまだ生きいていた。ナイフを引き抜く。

 水色の体毛がきらきらと輝いてて綺麗だった。これが『レファレンス』の言う『アイスエンチャント』による霜か。まったく不思議な生物だ。


「すごいな。ツタまで凍っているぞ」


「これもスキルだよ。魔法力が弱いからたいしたことはないけど」


 おれはナイフをアイスホップイヤーに突きつけた。


 どうにか逃れようと獲物は暴れている。本当は掴んで安定させたいが、弱いとはいえ魔法を使う生物に素手で触れたくはない。

 慎重に鋒の位置を調整する。心臓の位置は、たぶんここだ。


《アドオンスキル発動:アバトワール》


 きゅ、という悲鳴が上がった。


 滴る血が、おれの手を赤く染める。どうせなので罠から吊るした状態で皮を剥ぎ、内臓を抜くことにした。地面に置くと肉が土で汚れてしまう。


 本当はもっと大きな獲物が欲しかった。

 だが、これ以上のサイズを相手にするのであればワイヤーや鉄板などの近代的な部品が欲しくなってくる。


 そもそも、おれは小型の動物しか罠にかけたことはない。

 スキルを習得した理由は貧困によるものだ。食べ物には頻繁に困っていた。だから自分で肉を調達する方法を覚えたのだ。

 つまり、イノシシやシカなどを狙うための高価な罠を購入する金があるのなら、初めから山ではなくスーパーマーケットに向かっている。


 あくまでも自分一人の腹を満たすための技能でしかない。おれの『アドオンスキル』はつくづく人の役に立たないなと内心で自嘲した。

 

「あと数匹は欲しいな」


 解体を終え、おれは立ち上がった。ソラが持っていた革の袋にアイスホップイヤーの肉を放り入れる。


「もう充分じゃない? ユウちゃんってそんなに食いしん坊だっけ」


「足りないに決まっているだろう。村人が何人いると思っているんだ」


 きょとん、とソラが目を丸くした。


「え?」


「なにを呆けている。『花まつり』は明後日なのだろう。どうせ食うなら新鮮な肉の方がいい。全員分は無理でも、せめて半数には届けてやりたい」


「まさか、おれたちのために罠を仕掛けてたの?」


「うるさい」


 この村の飯は不味い。


 特に肉だ。ステーキや串焼きは贅沢な食べ方に該当するらしく、基本的には燻製肉や塩漬けばかりだ。

 しかも保存技術が拙いせいか非常に塩っ辛く、そのくせすこし酸っぱかったりもする。都会育ちのもやしっ子が食べれば腹を壊しそうな出来だった。この調子では、祭事で提供される豪勢な料理にも期待はできない。 


 もちろん、食事なんて最低限の栄養とカロリーが摂れればなんだっていい。

 ただ、明後日は年に一度の催し物だ。村人たちには世話になっているし、すこしくらいは美味いものを食わせてやろうと考えただけだ。


 ソラはまだ不躾な視線をおれに注いでいた。というか、にやにやしている。

 こうもじろじろと見られては気恥ずかしくなってくる。


「……なにか問題でもあるのか?」


「ふふ。別に」


「なにを見ている」


「いやぁ。もしかしてユウちゃん照れてる?」


「お前はそろそろ学んだ方がいいな」


「なにを?」


「調子に乗ると刺される」


 ぎゃあ、とソラの悲鳴が森に響いた。



 ◆



 危ない。また殺されるところだった。


 ユウちゃんは刺してくるのが上手い。

 ごく自然な動作で、的確に視界と意識の外からでナイフを突き立ててくる。だから障壁の展開が遅れる。ほんのちょっぴりだけ刺さる。

 たしかそういった効果のある『パッシブスキル』が存在したはずだが、魔力を掴めないユウちゃんが習得しているとも考えにくい。


 隣で歩くユウちゃんを見る。


 ちっちゃい子だ。

 遠い国の生まれなのだろう。濡れたような薄墨の髪がとても綺麗だった。その一方で、肌はおれたちと同じで白い。


 でも、いまはその肌、というか耳が真っ赤になっている。照れているに違いない。ついつい可愛いと思う。


 あ、頬が緩んできた。いかんいかん。また刺される。


 おれたちの村では、いや恐らく北ハイランド領のほとんどの村落で、冬以外の時期に新鮮な肉を食べる機会は多くなかった。


 家畜は貴重な財産だ。特にダルモア村には専門の牧人がおらず、飼育しているエンゲルシュゴートの数も少ない。頻繁に屠殺することができないのだ。


 また、北ハイランド領の冬はとても厳しい。

 村人の食料も、家畜の餌も不足する。そのためおれたちは冬にエンゲルシュゴートを捌き、余った肉を翌年に回す。気温が低く、空気も乾燥している季節の方が、保存食を作るのに適しているという理由もある。もちろん、冬に手に入れた肉を春や夏に食べるのだから味は劣化する。


 だからユウちゃんからの施しは、きっとみんな喜ぶだろう。


 村への貢献だとか自分の価値だとか、ドライな思想を口にするくせに根っこにある優しさは隠し切れていない。そして素直ではない。危なっかしくて、放っておけない。


 見た目も性格もまるで似ていないのに、あの子のことを思い出す。


 ダルモア村では難民を受け入れるべきという主義が強く、自分がお人好しであるという自覚もある。ユウちゃんを保護した理由も親切心によるものだ。それ以上でも、それ以下でもないはずだった。

 

「どうした?」


 ユウちゃんが正面を向いたまま言った。いつの間にか、おれはこの子の横顔をじっと凝視していた。

 

「いや、そんなに狩りが上手だって知らなかったと思って」


 慌てておれは取り繕う。


「森の奥まで入ることを最近までお前たちが禁じていたからな」


「だってユウちゃん、おれたちの指示を無視して危ないことしそうだったし」


「……仕方ないだろう。こっちは焦っているんだ」


「それに知ってる? ホップイヤーもほんとは獲っちゃダメな魔物だからね」


「食えないのか? 心配するな。解体すればなんの肉かわからん。村人たちには適当な肉だと偽って食わせろ」


「その発想が心配なんだけど。……そうじゃなくて、法律で制限されてるの」


「知らん。法は法の恩恵を享受するやつらだけで守ればいい」


「ユウちゃんって団体行動とか絶対に苦手だよね」


「そんなことはない。複数人で生活することも多かったぞ」


「嘘だ。休憩時間とか部屋の隅っこで寝てるフリしてるタイプでしょ」


 四方山話に花を咲かせつつ、おれとユウちゃんは山を歩く。


 けっきょく、この日に収穫できたアイスホップイヤーは七匹。

 上々だった。持ってきた革の袋がぱんぱんに膨らんでいる。村に帰ってフィズに渡せば、きっと美味しく調理してくれることだろう。


 祭りの日まであと二日だった。

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