第26話 パトロール

「ユウそれ、マジで女みてぇぎゃははははははいってぇ!」


 カフェが爆笑したので、おれは彼の腹にナイフを全力で突き立てた。


 ここはダルモア村の外れ。牧草地だ。

 あたりで数頭のエンゲルシュゴートが平和そうに草を食んでいる。彼らが眠るための小屋もあった。牧柵のようなものは見当たらないが、逃げたりはしないのだろうか。


 今日はおれとカフェ、アルゴンキンの三人で警邏の担当だった。といっても森への侵入はなし。花畑を越えて平原をぐるっと巡回するだけ。でなければおれの同行は許されていない。


 おれは隣を歩くアルゴンキンに声をかけた。


「まだ本調子ではないんだな」


 傷だらけの髭面を歪め、彼は頷いた。心なしか頭に咲いた花もしおしおとくたびれている。

 

「骨はもうくっついたんだがな。体力と魔力がまだ戻ってねぇ」


 口惜しそうにアルゴンキンは言った。


 おれの記憶が正しければ、折れた大腿骨が皮膚を突き破って覗くほどの開放骨折だったはずだ。魔法による治療を受けたとはいえ、骨髄炎も起こさず、数日で癒合している時点で非常識だとは思う。

 ただ、おれは翌日には動けるようになっていた。カフェもだ。人か、あるいは怪我の種類によって治癒速度が違うのかもしれない。


 間欠泉みたいに首から血を大量の噴いておいて、小一時間後にはけろっとしていたソラのことは考えないでおく。


「休憩にするか」


 宣言し、アルゴンキンが小川の畔に腰を下ろした。腹を押さえて痛みに呻くカフェが後に続く。けっこう深く刺さったらしい。


 おれはすこし離れた場所に立ち、水面を眺めることにした。

 

「ユウ。それ似合ってるな」


 にやりとアルゴンキンが笑った。おれは隠すことなく顔をしかめる。

 彼が指摘し、また先ほどカフェが爆笑した理由は、おれの頭の上に乗った髪飾りだ。赤や黄色の鮮やかな花で作られた、リース状の王冠。


 フィズに依頼されて編んだものだ。

 昨日は一日中、おれはガーランドやブーケなどの花を使った装飾品の作成を手伝わされていた。どうやら村の女子供総出で取りかかっているらしい。例の『花まつり』で使うそうだ。


「お前が命令したんだろう。笑いたければ笑え」


 不満いっぱいにアルゴンキンを睨んでやる。


 今日の朝も、おれは協会で花飾りを作っていた。

 そこに二人が迎えに来た。するとカフェが、にやにやと笑いながらそのリースの王冠を被って警邏に来いと言った。アルゴンキンも許可を出した。いわく、ソラの指示を無視してレッドライガーに挑んだことへの罰だそうだ。

 本音は二人揃っておれをからかいたいだけだろう。とても楽しそうな顔をしていた。


 おれはアルゴンキンを無視し、小川の浅瀬に踏み入った。

 川底の石を拾い、ひっくり返す。見つけた。川虫だ。『レファレンス』のカーソルを合わせる。


《フレイムヘイズの幼体》


《フレイムヘイズの幼体:綺麗な川の流域、その石の表面や枯れ葉などの堆積物の隙間に生息し、藻類などを主食とする》


《フレイムヘイズ:危険度E。幼体の時は水中で暮らすが、成体になると地上に出て空を飛ぶ。子供の指で簡単にすり潰せてしまうほど体は細く、翅も薄い。『ヒートクラフト』を用いた求愛行動によって大気が熱で揺らぐことが名前の由来》


 この世界においては虫までもが魔法を使うのか。


 半ば呆れつつ、おれは『レファレンス』の説明を聞き流した。釣り餌が欲しかったのだ。外観が虫であれば生態なんてどうてもいい。


 水生昆虫のような見た目の尻に、レッサーゴブリンの骨から削り出した釣り針を刺す。釣り糸は結い上げた植物の繊維。竿はそのあたりに落ちていた適当な長さの流木で代用した。


 まぁ、釣れるとは思っていない。休憩中の暇潰しだ。


 カフェが感心したように言った。


「すげーなユウ。釣りもできんの? その見た目で」


「褒めているのか貶しているのかどちらだ」


 もうすこし深くナイフを刺しておくべきだったか、とおれは内心で毒づいた。


「仕掛けの方が得意だ。魚を釣り上げることが目的ではなく、昔はよくこうして……じっとしていたり、一人で物作りに打ち込むのが好きだったんだ」


「うわぁ陰キャラじゃん」


「殺すぞ」


 おれが鋭い視線を向けると、カフェは冗談っぽく両手を挙げてみせた。その隣でアルゴンキンが豪快に笑う。


「たしかにユウは誰かとはしゃいで喜ぶタイプじゃねぇなぁ。だがな、今度の『花まつり』への不参加は認めんからな。お前さんも楽しむんだ」


「その『花まつり』とはなんなんだ」


 概要だけはソラとフィズに教えてもらった。


《花まつり:北ハイランド領ダルモア村において、年に一度、初夏の時期に開かれる祭事。起源は十一年前。花を材料とした装飾品で村を飾り、平和を願う。村人にとって贅を尽くした食事や酒が振る舞われる》


 照会してみると『レファレンス』も似たようなことを述べていた。『花の都』に相応しい祭りの名だとは思う。


 そもそも、ダルモア村ではなぜ執拗なまでに花を育てているのだろう。

 習俗なんて地域によって異なる。ましてや世界が違うのだ。妙な伝統があったとしても驚きはしない。 

 おれは気軽な気持ちでアルゴンキンへ尋ねた。


「この村で信仰されている神は花でも好きなのか」


「故人の願いだ」


 平淡な声音だった。

 ぴく、とおれの手が揺れる。川面に垂れた釣り糸が音もなく動いた。


「知らんかったのかよ。まぁ、ソラからじゃ言いにくいわな」


 くしゃくしゃ頭のカフェが続いた。


「おれも新参者だけどな、知ってる。というか有名だぜ。ダルモア村は、ずっと昔に戦いに疲れた戦士たちが集って生まれた村なんだ」


「だが、村を形成しちまった以上、いくら戦を辟易していても領主を無視はできん。十二年前、トラストンで大きな戦争があった。おかげでウチの村の連中も駆り出された。たくさん死んだ。そっからだ、花を植え始めたのは」


 語り、アルゴンキンは黙る。


 死者の弔いのために花を育てている、ということらしい。

 それにしても量が多すぎる。哀悼の意があるにせよ、墓に備える花束を作ったとしたら何千本分は賄えそうなほどの数は必要ないはずだ。戦死した村人の中に、よほど花が好きな者がいたのだろうか。


 おれはなんとなく、アルゴンキンの頭の上に咲く花を眺めた。


「その頭に咲いている花も故人の願いか」


「これは趣味だ」


「そうか」


 聞くんじゃなかった。


「さて、そろそろ行くか」


 アルゴンキンが重そうに腰を上げた。


 頷き、おれは竿を引く。

 その瞬間、ぐっと力強い手応えを感じた。まさか、釣れたのか。

 すぐに竿を放棄すべきだった。だがその決断は間に合わず、おれは釣り針に食いついた獲物に体ごと引っ張られ、頭から川に突っ込でしまった。


「ぶわっ……!」


 腰ほどの水深はあった。

 慌てて立ち上がる。鼻が痛い。


 その時、おれを水中に引きずり込んだ獲物の正体がわかった。


《ジェリースライム》

《LV2》


《ジェリースライム:危険度E。スライム種。淡水に生息する魔物。主に藻類や、水生の小さな生物を主食とする。陸生の魔物を襲うこともあるが、動きが鈍いため危険性は低い。普段は水中を漂って移動する》


 魔物は川面から顔を覗かせ、ぷかぷかと浮いていた。

 見覚えのあるゼリー状の物体だ。森の中で遭遇したスライムに似ている。相違点は、核の色が赤ではなく青であること。また本体の下部からゼラチン質の触手がうねうねと無数に生えていた。シルエットはタコに近しいかもしれない。

 その触手の一本に、がっちりと釣り針が食い込んでいる。


「な、なんだこいつは!」


「ジェリースライムだな。心配すんなって。そのあたりの深さじゃ溺れねぇよ」


 カフェは他人事のように笑っていた。


「おい、なんだこの足は! 絡みついてくるぞ! やめろ、服の中に入ってくるな!」


「うーん、やっぱ触手と美少女は絵になるねぇ。なんつーかエロいわ」


「お前絶対に殺してやるからな!」


 最終的に、呆れた様子のアルゴンキンが助けに入るまでの数十秒、おれはひたすらぬめぬめとした軟体生物と格闘を続けるはめになった。

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