第21話 Reenforcement

「ソラ、下がってろ!」


 アルゴンキンの声に頷き、おれはレッドライガーから距離を取る。


 入れ替わり、巨漢の男が炎の魔物に突撃した。両手剣を振り回して、アルゴンキンはレッドライガーを牽制する。


 束の間の休息。おれは息を整える。

 戦闘が始まってどれくらいの時間が経過したのか。

 アルゴンキンとカフェが加勢に加わり、三人がかりで取り囲んでなお、レッドライガーは怯む素振りすら見せなかった。本当に勝てるのだろうか。


「『水妖の弓』!」


 カフェが放った魔法の水、奔流となって森に降り注ぐ。

 熱した油に水を落とした音を何倍にも膨らませたかのような、耳障りな蒸発音と共に大量の水蒸気が舞い上がった。


 周囲はすでに火の海だった。雑草は尽くが炭と化し、森の一部が燃え、焦げた土と真っ黒な木がそこかしこで掘り返されている。


「バカヤロウ! 魔物を狙え! 森の消火活動なんざ後にしろ!」


 アルゴンキンの怒号に、カフェも負けじと叫び返す。


「黙ってろ、この筋肉花頭! これ以上、火が広がったらおれの魔法でも取り返しがつかなくなるぞ!」


「喧嘩は後にしろ! 来るぞ!」


 おれの叱声を掻き消すように、敵が大きく吠えた。

 軌跡に赤い残像と火の粉を残し、レッドライガーは頭からアルゴンキンへと突っ込んだ。


「ふんっ!」


 アルゴンキンは、グレートソードと呼ばれる大型の両手剣で迎え打った。

 刀身は間違いなくレッドライガーの体躯にめり込んだ。だが、血が出ていない。突進の衝撃をどうにか相殺しただけで、村一番の大男による渾身の剣戟がほとんど効いていない。


「援護しろ!」


「わかってる!」


 アルゴンキンが叫び、おれが応じた。

 駆け寄り、胴体を真っ二つにするつもりでレッドライガーの側面から思い切り剣を叩き込んでやる。

 まだ浅い。わずかな血飛沫が炎の揺らぎと共に蒸発する。


「水の支配者よ。集え、面前の敵手、鯨波を裂く風音、引き絞る十六の矢」


「韋編の捌。女は騎士を害さんと森を見た」


 その隙に、カフェとアルゴンキンが詠唱を始めた。


「『水の矢』!」


 先手はカフェ。糸のように細く圧縮された十六本の『水の矢』は、レッドライガーの燃える体に次々と命中し、その体積のほとんどを蒸発させながらも鈍い着弾音を残した。


「シクトキシの根、シガトキシの蔓。結合し、裁断しろ!」


 アルゴンキンが両手剣を構えた。

 おれは後方に飛び、レッドライガーから離れる。巻き込まれては堪らない。


「『魔女の剣』!」


 アルゴンキンが敵の真正面からグレートソードを振り下ろした。

 刀身へ注ぎ込まれた大量の魔力は可視化され、質量を有し、身の丈を超える巨大な白い刃と化してレッドライガーの脳天へと叩き込まれた。


 轟音と共に、足場が砕けて戦塵が舞い上がる。

 直撃したように見えた。これでダメならお手上げだ。即死はせずとも、せめて深手であって欲しいと願った。


「ぐっ、あああああああああああああああッ!」


 アルゴンキンの悲鳴が響いた。


 その巨体が右に左にと宙を踊り、視界を塞ぐ土埃を払っていく。

 原因はすぐわかった。レッドライガーがアルゴンキンの脛に噛みつき、容赦なく振り回しているのだ。

 嘘だろ。すこぶる元気じゃないか。


 アルゴンキンの体が何度も何度も地面と衝突した。

 脚が変な方向に曲がっている。いや、このままだと千切れる。


「やめろ!」


 叫んだが、聞き入れてくれる道理もない。

 レッドライガーは獲物の脚に深々と牙を突き立てたまま、八方へとでたらめに『火の矢』を放った。


「うおっ」


 幸い、おれは掠めるだけで済んだ。

 だが離れた位置に立っていたカフェの腹に直撃した。くしゃくしゃ頭が地面を転がり、呆気なく沈黙する。死んではいないと思うが、周囲の火と煙が邪魔でよく見えない。 


 レッドライガーが苛立っている。

 きっとこの魔物にとって、おれたち人間は格下の存在なんだろう。

 そんな下等生物をなかなか仕留めることができない。あまつさえ反撃まで受けた。そりゃあ怒り心頭といったところか。


 その時、凄まじい勢いでアルゴンキンが飛んできた。


 レッドライガーが投げたのだ。

 頭のいい魔物だ。狙いはすぐにわかった。だからといって、ただでさえ重症の彼が地面に衝突でもすれば一大事だ。


 剣を放り捨て、おれはアルゴンキンを受け止めた。

 重い。無事に帰ったらまず痩せろ。


 必然的におれの両手が塞がる。案の定、その隙を狙ってレッドライガーが飛びかかってきた。剣も魔法も使えない。だからおれは、アルゴンキンを抱えたままどうにか身を捩って牙を躱そうとした。


 レッドライガーとすれ違う。


 首の肉を持っていかれた。


《HP:341/1080 MP:350/639》


 血液って、こんなに勢いよく吹き出るものなのか。


 全身から力が抜けた。

 膝をつく。アルゴンキンを落とす。

 ばしゃばしゃと、恐ろしいほどの鮮血が足元に落ちる。

 首がすこし裂けただけだ。まだ死にはしない。だが血が止まらない。


《HP:274/1080 MP:350/639》


 メニュー画面で、おれの生命力を表すHPが減っていく。


 振り返ると、レッドライガーもまた立ち止まっていた。

 憤激の滲む黄色い瞳が、おれを見据える。

 人語を介さない魔物だからこそ、そこに侮りや容赦はなく、ただ目の前の敵を屠ろうという強い意志だけが感じ取れた。


 牙が並んだ口が開かれる。

 至近距離からの『竜の息吹』。助かりはしない。


 だが、爆炎が放たれることはなかった。


 くるくると縦に回転して飛んできたナイフが、レッドライガーの首に突き刺さった。燃え立つ体毛から覗く柄には見覚えがある。あの子に渡したはずのおれのナイフだ。


「まさか……」


 ナイフが投擲された方向に顔を向けると、そこにユウちゃんがいた。

 外套を頭まで被っているせいで薄墨色の髪が隠れてはいたが、間違いなかった。なんで、ここに。フィズはなにをしてるんだ。


 肩を大きく上下させ、ユウちゃんははっきりと言い放った。


「増援に駆けつけたぞ」

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