第18話 オウム
嫌だ嫌だと思いながら、おれは扉を叩いた。
誰かがやらなければならない。
だからおれたちは、誰が貧乏くじを引くかを話し合った。
その結果、まだ指が五本も残っているからという理由でおれが任命された。もちろん嫌だとは言ったさ。でも仲間からは一対二十一の多数決で却下された。
拒否できない運命にあるのであれば、もう機嫌がいいことを祈るしかない。
「パレットさん、ラムです。報告があります」
おれの名前はラム・ジュレップ。
パレットさんの部下だ。とっても、いまは全力でこの盗賊団に身を置いたことを後悔している。いくら悔やんだところでもう遅いが。
「入れ」
「失礼します」
部屋の中央にパレットさんはいた。
椅子に腰をかけて書物に目を通している。内容はわからない。おれに文字が読めたらこんな掃き溜めにはいない。
パレットさんはこの盗賊団の首魁だ。
盗賊には見えない。
知的な面立ちで、お気に入りの外套はいつでも真っ白で清潔だった。なにより、その鮮やかな黄色い髪が一番らしくなかった。森に潜んで旅人を急襲するには不向きなほどに目立つ風貌をしている。
だからこの人はこそこそと隠れたりしない。
正面から行って、正面から斬りかかる性格の盗賊だった。そして頭が切れ、残酷で、とても自己中心的な人物であることをおれは知っていた。
おれはなるべく、丁寧な言葉遣いを心がけた。
「ダービーのやつが帰ってきません。ここらの魔物にやられるような男でもないので……おそらく、ダルモア村の自警団の連中に捕らえられたのかと」
返答を待つ。
頼むからなにか言ってくれ。掌が汗で湿ってきた。
沈黙に耐え切れず、おれは室内を見渡した。
ここは北ハイランド領のとある廃村だ。
おれたちが陥落させ、拠点として利用している。もちろん犯罪集団が堂々と目立つわけにもいかないので、あくまでも荒れ果てた無人の村を装っていた。
だからどの家の壁も天井も煤だらけのみすぼらしい内装なのだが、パレットさんの部屋だけは掃除と整理がきちんと行き届いていた。どこから拾ってきたのか、蔵書が詰め込まれた本棚やちょっとした絵画まである。
「これで何度目だ」
ようやく部屋の主が口を開いた。
「……は?」
「ダルモアのやつらに邪魔されるのは、何度目だ」
おれは慌てて答えた。
「おそらく、十や二十では済まないんじゃないかと……」
これは、機嫌がいいのか? 悪いのか? おれは腫れ物に触るようにして慎重に言葉を繋いでいく。
ぱたん、と音を立てて本が閉じられた。
パレットさんは、机の上に置いてあった皮の袋から植物の種を取り出した。一つ摘んで、口の中に放り込む。
彼はとても気怠げな様子で、首を傾げたまま天井を見上げた。奥歯で種子が噛み砕かれる。そパレットさんは体を大きく震わせて、そして恍惚の息を吐いた。
「ダービーは、いい」
パレットさんがこっちを向く。
いたく上機嫌な様子で口角を吊り上げていた。
「毒を持たせてある。情報を漏らす前に自決するだろ」
そう、おれたちは常に毒物を携行をしている。
服用すれば即座に全身の筋肉が痙攣を始め、やがて呼吸器さえも麻痺して死にいたるという恐ろしい代物だ。もし敵に捕まるようなことがあれば、迷わず飲み込めとパレットさんから命じられていた。
もちろん誰だって死ぬのはごめんだろうが、後々のことを考えるとたしかにダービーのやつは自ら命を絶った可能性が高い。おれだってそうする。
これがパレットさんのやり方だ。おれたちの価値をスライムと同等だとしか考えていない。使えない駒は簡単に切り捨てる。
だが羽振りがいい。
盗賊団なんて連中は、どいつもこいつも正攻法では飯が食えなくなった落ちこぼれの集まりだ。この男が部下に支払う報酬に目が眩んだバカはいくらでも寄ってくる。だから消耗品として駒を扱っても困ることはない。
足を踏み入れれば後戻りはできない。
もし脱走を試みたところで、ウチが手懐けている魔物は鼻がとても利く。臭いを追跡されて簡単に捕まる。逃げられはしない。
「なぁ、ラム」
パレットさんは十年来の友人に声をかけるような気さくさで言った。
「なんでダルモアのやつらはおれの妨害をするんだ?」
「そ、そりゃあ、あいつらだって黙って殺されたくはないからでしょう。村を襲われる前におれたちを潰そうと考えてるんじゃないですか?」
「冗談じゃない。ダルモア村の人間を殺したのは、あいつらがおれの邪魔を始めたからだ。おれは連中に関係のない村や、森を歩いている旅人にしか手を出していない。なぜおれが悪者になる?」
「まぁ、あの村はそもそもの成り立ちが変わってますから。正義感の強い勘違い野郎が多いんでしょう」
おれはつい頬を緩めていた。八つ当たりを覚悟していたが、その兆しはない。どうやら本当に機嫌がいいらしい。
よかった。おれはなにも悪くないのだが、パレットさんのことだから理不尽な理由で鬱憤をぶつけてくるんじゃないかと心配していた。
「おかしいだろう。おれはな、争いたくないんだ。黙って金さえ献上して、無抵抗に殺されてくれればいいんだ。そうすればおれも大人しくするっていうのに、なんでわざわざ関わってくるんだ……」
後半は独り言のような声量だった。
瞳の焦点が合っていない。おれを見ずにすぐ隣の壁と喋っている。返事をすべきだろうか。
「そうだよな、生きているから邪魔するんだ。殺そう。それしかない」
呟き声が窄まっていく。おれはよく聞き取ろうと、なにも考えずにパレットさんに歩み寄った。
「レッドライガーを出せと伝えろ。村を襲って全員殺せ」
「は? でもパレットさん、あいつを行かせたら誰がこの拠点を……」
「全員殺せええええええええええええッ!!」
凄まじい怒号が部屋に響き渡った。
「はっ……え、……えッ?」
逆鱗に触れた理由はわからない。
意見したからか、聞き返したからか。
とっさの出来事に硬直するおれの指を、急に立ち上がったパレットさんが乱暴に握った。折れたんじゃないかと思うほどの痛みが走った。
だから嫌だったんだ。この人は頭がおかしい。聡明に違いはないが、情緒や人格の面ですべてが狂っている。まったく意味がわからない。
なんでおれが。一体なにしたって言うんだ。
物を申そうにも、恐怖で喉が嗄れて声が出なかった。
この後の展開が予想できる。
嫌だ。勘弁してくれ。許してください。
パレットさんがゆっくりと顔を近づけてくる。
鼻が触れ合うほどの距離で、先ほどまで笑顔だったはずの男の顔が憤怒に歪む。見開かれた瞳は爛々と血走っていた。
彼は再び、囁くようにして言った。
「全員、殺せ」
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