第15話 カフェ
工作はいい。それが昔から趣味だった。
黙々と指を動かす。すると、不思議と雑念が溶けていく。
実際に、適度な難易度と適度な規則性を持つ作業に没頭することは精神保健によいとされているらしい。
環境音もとても大事だ。
無音はよくない。落ち着くためにはある程度の音が必要だ。
小川のせせらぎや小鳥のさえずりを代表としたゆらぎを持つリズム、または時計の針や心臓の鼓動のような不快指数の少ない規則音が好ましいといわれている。
おれはいま、ダルモア村の水車小屋にいた。
室内には粉挽きのための機構が三つ並んでいる。
川の流れが水車を回し、歯車と連動して杵を持ち上げ、臼の中の穀物を挽く。こん、と数秒に一回のペースで響く音が心地よかった。
「できた」
「なにができたんだ?」
この小屋での唯一の不協和音が声をかけてきた。
《カフェ・ガリアーノ》
カフェは自警団の人間だった。
くしゃくしゃと波打つ黒髪の青年で、軽薄な性格をしていた。
おれが自己紹介をした時に一番はしゃいでいたのもこの男だ。ソラやフィズとも仲がいい。そして、この水車小屋の番人でもあった。
「骨で作った釣り針だ」
おれの手元を覗き込み、カフェは目を丸くした。
「こりゃすげぇや。ユウは『アドオンスキル』だけは達者だな」
「だけ、は余計だ」
「まだ拗ねてんのかよ。スキルを持ってない人間が魔物に勝てるわけないんだから気にすんなって。まぁ、スライムやホップイヤーとかならいけるだろうけど。とにかく最初っからレッサーゴブリンは無理だ」
からからとカフェに笑われ、おれは思わず顔をしかめる。
すると頬の傷が引きつって痛みを訴えた。
昨日、レッサーゴブリンに殴られた箇所だ。一撃で気絶してしまった。あまりにも情けなさすぎて腹が立ってくる。
「では、なぜあいつらはおれを呼んだのだ。倒せると思ったからではないのか」
「ちゃうちゃう。そりゃ荒っぽいやり方だけどな。スキルを覚えるにもLVを上げるにも、まず魔力を掴めるようにならねぇと。普通は瞑想とかそういうつまんねぇ訓練が要るんだが、安全が確保できるんだったらああやって戦いの場に放り込んで、魔力の鳴動を体感させるのが一番の近道なんだよ」
魔力。また知らない単語だ。
「なんだそれは。なにも感じなかったぞ」
「だからいきなりは無理だって。普通の訓練じゃ感知できるようになるだけで一年とかはかかんだぜ」
どうやら魔力とはこの世界で生きる上での重要な要素であるようだ。
たしかに、環境に適合せねばという思いが先行しすぎてスキルという未知の技能を行使するイメージがまったく沸いていなかった。
翼のない人間が羽ばたき方を学ぶことはできない、ということか。
立場を入れ替えて、ソラやカフェに充電器やバッテリーの仕組みを説明してもさっぱり理解できないだろう。
前提となる電流についての教養がないからだ。
しかし、魔力とやらを知覚するだけで一年とは。すこしでも期間を短縮できるのであれば荒療治だって歓迎したいとは思う。
「魔力、か」
人体が魔法を精製するのに必要なエネルギーなのだから、カロリーに近い考え方でいいのだろうか。
「その魔力を認識できたとして、スキルを使えるようになるにはそこからどれくらいかかる?」
「さぁ。人それぞれだ。才能あるやつで半年とかくらいじゃねぇの?」
カフェは他人事のように、実際に他人事なのだが、臼の中に溜まった穀粉を布の袋に移しながら気軽に言ってくれた。
「それは困る。なんとかならないのか」
許容できるのは一年だ。それ以上は覚悟の外だった。
いや、そもそも使い物になるまでに年単位での期間を要しているようではおれは生きていけない。食い扶持を得ることができなくなってしまう。
「なんともならんよ。つか、ソラの言うとおりだな」
「なにがだ」
「ユウは焦ってるって。だからソラもフィズも過剰に心配してんだよ。背伸びせずに一から基礎をゆっくり学ぶじゃダメなのか? そうすりゃあのお人好し二人も納得してくれると思うぞ」
「その間、おれは村になにも貢献できない。穀潰しを無為に受け入れる余裕がこの村にはあるのか?」
ぶはっ、とカフェが吹き出した。
その拍子に粉が舞い、彼の前掛けを白く汚してしまったほどだ。なぜ笑うのか、おれは眉根をひそめる。
「そんな心配してるのかよ。大丈夫だって、この村の連中はどいつこいつもお人好しだ。ユウがなにもできなくても嫌がったりしねぇよ」
「そんなバカな話があるか。裕福な村には見えないぞ」
「そう、バカだろ。おれもな、実はこの村に来て半年くらいなんだ。粉挽きってのはそんな新参者に任せる仕事じゃない。本来だったら領主のお抱えとかがやるもんさ。よそ者をもっと警戒しろって気持ちはわかるよ」
その意見には同意できる。
村長もこの村の連中も、おれの素性や出自に頓着した様子がない。大都会ならいざ知らず、田舎になればなるほどよそ者には敏感になるはずだ。
国が違えど、たとえ世界を構築するルールが違えど、自分たちのコミュニティを守るために部外者を排斥する行為は人の本質に基づく。このコモンセンスはおれの知る世界とも共通するものだと思っていたのだが。
おれが思案に耽っていると、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべたカフェが肩に腕を回してきた。
「ところでよー、そんなに人の役に立ちたいんなら、どう? おれに買われてみない? 粉挽きってけっこう儲かるんだぜ。おれ、ユウならいける気がするんだよなー」
おれは真顔のまま、くしゃくしゃ頭の色魔の太腿にナイフを突き立てた。
「いってぇ! 刺さってる! マジで刺さってる!」
「……なんだ、刺さらないと思ったが」
「冗談に対してのツッコミがナイフとかフツー予想しねぇだろ! おれの反応がもうちょっと遅れてたら根元までいってたぞ!」
ちょこっと血が滲んだ太腿を押さえ、カフェがぎゃあぎゃあと喚く。
おれは違和感を覚えた。
31の防御力が相手だと皮一枚が限界だった。一方の『レファレンス』で覗いたカフェの防御力は200を超えている。だからナイフは鉄塊に突き立てたかのように弾かれるのではと思っていた。
そういえばソラに対しても刺さっていた気がする。
レッサーゴブリンの骨から削り出した釣り針を持ち上げ、呟く。
「そうか。たしかに、肉の硬度そのものが変質しているのだとすれば、おれの腕力でレッサーゴブリンを解体することなんてできなかったはずだ」
「ちょっと待った。ゴブリンを解体するってどういう状況?」
「反応ができないと刺さるということか……」
「もしかして食った? ゴブリンを食ったんか?」
カフェを無視し、おれは立ち上がった。さっそく取りかからなければ。
「この村に釘は余っているか? 使えなくなったものでいい」
「釘?」
数秒の思案を挟み、カフェは答えた。
「あー、錆びたやつでよかったらあるな。資材置き場っつーか薪の保管所として使ってる建物があるんだ。ウチの村には廃屋が多いから、邪魔なやつは解体して、使えそうな木材をそこに貯めてんだよ。釘が刺さったままになってるのも多いと思うぜ」
「わかった、ありがとう」
ぽかんとするカフェを置いて、おれは水車小屋を飛び出した。
まだ諦める段階ではない。どうにかなるかもしれない。この世界で、おれが戦う方法を見つけた気がした。
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