第14話 VSレッサーゴブリン
おれは槍を握り締め、魔物と対峙していた。
ソラに引っ張られてやってきた先は、ダルモア村の敷地の外だった。
花畑からもいくらか離れている。そこには先客がいて、おれにとっては因縁の相手に等しいレッサーゴブリンをアルゴンキンが翻弄していた。
つまり、こういうことだ。
謹慎が解けたソラが村の周辺を哨戒していると、レッサーゴブリンを発見した。どうせ退治は必要だ。であれば、危険性も少ないこの魔物との戦闘にユウ・ヒミナを参加させ、経験を積ませてやろうという考えらしい。
そこで警邏に同行していたアルゴンキンがゴブリンの足止めに徹し、急いでソラがおれを連れてきた。それが経緯だ。
「危なくなったら止めるから、心配しないでね」
「そうだ、こういうのは場数が大事なんだ。気にせず突っ込め」
おれの背後には二人が控えている。
魔物を倒すためのアドバイスや秘訣はなにも授けてくれなかった。アルゴンキンが持っていた槍を渡されただけだ。とんだスパルタだと思う。
まぁいい。自分でやってみせる。
ボロ切れをまとった緑色の化け物に、おれは赤いカーソルを合わせた。
《レッサーゴブリン》
《LV:2》
《HP:95/141 MP:4/4》
《攻撃力:54 防御力:31》
《魔法力:12 敏捷力:53》
視界の端にウィンドウが表示される。
LVは2だ。
熟練の度合いは低い、ということか。
しかし具体的な強さがイメージできない。チンパンジーと喧嘩するようなものだろうか。素手で殴り勝つ自信はないが、たしかに武器があればどうにかできるかもしれない。
そろそろきっかけを掴みたかった。
スキルの学習も難航しているし、自警団で目立った活躍もできていない。このままでは村に貢献できない。
まずは魔物との戦闘に慣れよう。
いきなり倒せなくてもいい。善戦はしたい。
そうすれば、ソラやアルゴンキンもおれを戦力として評価してくれるかもしれない。座学に行き詰まっている以上、体を動かすことで役に立たなければ。
やるべきことが決まっていると楽でいい。
積み上げられた問題を一つずつクリアしていくだけだ。
足を止めてはいけない。
立ち止まってしまった時、人間は簡単に心が折れる。
「構え方はこれでいいのか」
おれは槍を両手でぎこちなく握り直した。こんなもの初めて使う。
この武器には刃がついていない。細長い円錐状の穂先で敵を突き刺して殺傷させる作りだ。ランス、と呼ばれているらしい。
「それ片手持ち用なんだがな。ユウには重いか」
アルゴンキンが他人事のように笑った。
そうは言うが、端から柄まですべてが鉄製だ。支点の問題もある。片手では無理だ。
意を決し、おれは踏み込みと共に大きく槍を突き出した。
レッサーゴブリンが片手で穂先を払う。
けたたましい金属音が響いた。
嘘だろ、爪と接触しただけでこんな音が鳴るのか。
弾き返された槍が大きく跳ね上がる。そして、その運動エネルギーが失速した途端、両腕が槍の重さを思い出した。姿勢を保持できない。
槍は右に大きく倒れ、おれも引っ張られてたたらを踏む。
要するに姿勢を崩した。
「おっと」
隙だらけのおれに飛びかかってきたレッサーゴブリンの片脚を、ソラが剣の鞘で打ち据えた。勢い余った緑色の化け物は頭から地面に突っ込む。
加勢はそれだけで、ソラは再び静観に戻った。
なるほど。おれが魔物の攻撃を防げないと判断した時だけ手を出すつもりか。
おれは恨めしげに言った。
「……その剣を貸せ。槍よりは軽いだろう」
「ダメだよ。剣は間合いが狭いから危ない」
ソラはおれの要望をあっさりと却下した。
くそ、と内心で毒づく。
素人の入門訓練に選ばれたということは、レッサーゴブリンは魔物の中でも下層に位置する強さのはずだ。こんな猿に苦戦しているようでは話にならない。
おれは槍を構え直し、下唇を噛む。
アルゴンキンは、たぶん応援してくれている。
おれの自警団への加入を一度は反対したものの、おれがスキルについて修学しようとする姿勢には好意的な反応を示した。
彼は自警団を指揮する立場だ。自分の采配でおれを危険から遠ざけることができる。ゆっくり経験を積ませて育ててやろうという親心のようなものを感じ取れた。
だが、たぶんソラは違う。
表面的には協力してくれている。その一方で、現実を思い知ることでおれが自主的に諦める結末を望んでいる気がする。
フィズもそうだ。ソラからなにか吹き込まれたに違いない。
おれが言っても聞かないから、諦念に仕向けようとしているのだ。
つまりそれは、お前には無理だという侮りだ。
見返してやりたかった。
「おれだって……!」
槍を突く。レッサーゴブリンが避ける。
また突く。弾かれる。ソラにフォローされる。
らちが明かない。
こんな重い武器を振り回しているだけでは勝てない。
足元の土を蹴り上げる。レッサーゴブリンが悲鳴を上げて顔を庇った。
敵の動きが止まる。
槍を放り捨て、おれは腰に挿していたナイフを引き抜いた。ソラから借りたままになっているものだ。
姿勢を低くして間合いを詰める。
狙うは一点。
生物としての共通の弱点、骨にも脂肪にも覆われていない、喉だ。
「ユウちゃん、ダメだ!」
ソラの警告は間に合わなかった。
ナイフは突き出された。そしてたしかにレッサーゴブリンの喉に刺さった。
そう、刺さったのだ。
「……嘘だろ」
刃は緑色の皮膚を貫き、脂肪の半ばで止まっていた。
力を入れる。これ以上、刺さらない。
岩や金属に刃を突き立てたような衝撃はなかった。手応えはちゃんと生物の肉だ。柔らかい肉を刺した感触なのに、硬い。
ぎょろりと、レッサーゴブリンの瞳がおれを見据えた。
《防御力:31》
ダムモア村で寝食するようになってからの三日間で、おれは村人たちのステータスを片っ端から『レファレンス』で覗いてきた。
だから比較し、判断できる。レッサーゴブリンはたしかに弱い。
なのに、おれの腕力では貫くことすらができない。
そんなことがあって堪るか。
どれほどおれは、弱いというんだ。
《ユウ・ヒミナ》
その時だった。ウィンドウが開いた。
鏡もないのにヘルプ機能が働いた理由はわからない。
でも初めておれは、自分のステータスを知ることができた。
《LV:1》
《HP:50/51 MP:43/43》
《攻撃力:5 防御力:10》
《魔法力:12 敏捷力:17》
視界の端に《ユウ・ヒミナ》の文字と一緒に浮かぶ文字列は、明らかにおれの身体能力を指していた。
5。
それがおれの強さ。
自分と同じ体格の猿ですら倒すことができない。
愕然とし、おれは動きを止めていた。
切迫したようなソラの声が聞こえた。
誰かに肩を掴まれ、力づくで引き戻される。アルゴンキンだろうか。
だが加勢は間に合わなかった。
おれは意識を失った。
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