第12話 げす
次の日から自警団の仕事を手伝う運びとなった。
といっても、おれに任された役割は門番の真似事だ。
ダルモア村の門の前で突っ立って、畑仕事や警邏のために出入りする村人と会話を交わすだけ。まぁ、最初はこんなものだろう。
「あー、退屈だ」
隣にいるソラが呻き声を漏らしていた。
「守衛も大事な任務だろう。なにが不満なんだ」
「ユウちゃんは真面目だね。おれじっとしてるの苦手なんだ。もっとこう、体を動かしたいんだよ。じゃないと体が鈍っちゃう」
おもむろに屈伸を始めたソラを一瞥し、おれは目を細めた。
「たしかに、適切な人材の配置ではないな。その散漫な注意力で守衛としての働きを全うできるとは思えん」
「そうなんだよ。だからいつもは警邏とかが中心」
「じゃあなぜここにいる。おれの世話か?」
「それもあるけど、迷子になってみんなに迷惑かけたからしばらく大人しくしてろってアルゴンキンが。本人はぜんぜん心配してなかったくせに」
「処罰か。では文句を垂れずに黙って立っていろ」
ソラのぼやきを一蹴し、おれは意識を風景に戻した。
長閑な場所だ。一面の花畑と、視界の奥に広がる原生林。風の音に混ざってどこか遠くから獣の声が聞こえてくる。頭上はどこまでも真っ青だった。
おれがいた世界にもこんな場所はあった。
いわゆるドのつくほどの田舎だ。
だが、どんな辺境の村落だったとしても、探せば少なからず先端技術の恩恵を発見することができるものだ。通信のためのアンテナ然り、先進国から寄付されたシャツやスニーカー然り、なぜか出回っている缶ビール然り。
そういったシビリゼーションの残滓がダルモア村には一切ない。
この世界の文明は、おれの知る世界での何百年前の水準に相当するのだろう。
おれは眼前の花畑にカーソルを合わせた。
《ラパの花》
《ジルコン》
《ベイビーピンク》
《ブルーダストフラワー》
《ワスレナグサ》
次から次へと『レファレンス』が名を述べる。
どれもこれも聞いたことのない品種だ。
いくら平和だろうとここは異世界。ソラのように与えられた仕事を倦厭するつもりはないが、早くスキルについて教えて欲しいという思いはあった。
だから、暇があれば情報収集に努める。
「お前の誕生日はいつなんだ?」
突然の話題に、ソラが目を丸くする。
「なんで?」
「いいから答えろ」
おれはしかめっ面でソラを促した。
別にバースデープレゼントを渡したいわけではない。この世界と元の世界における一般常識の相違点を知りたいだけだ。
科学に関する学術的な知識が劣っていて、魔法やスキルが発展している。
それは理解した。では他は?
言語は通じた。数字や、距離などの単位もだ。
メートル法ではなくヤード・ポンド法ではあったが、この辺りの概念が共通だったことは非常に助かった。
時間や日付の考え方には違和感を覚えた。
どうやらこの世界では『午前10時』や『5月5日』などではなく『◯回目の鐘の時刻』や『◯◯の日から◯日後』という表現をするらしい。
鐘を鳴らしたり祭日を決めたりする存在がいるのだから、一部の人間は24時間365日のリズムを理解しているのだろう。ただ、それが平民までは浸透していないような印象を受けた。
ソラは怪訝そうな顔で、自分の誕生日について答えた。
「ラスティネイルの日の翌日だよ」
「……それは今日から何日後だ?」
「そんな先の話、教会に行かないとわからないよ。でももっと暖かい季節だからだいぶ先になるんじゃないかな」
こんな調子だ。今日の日付も知らないらしい。
異世界というより、数百年前の世界にタイムスリップしたかのような気分だった。そのうち地球は平面であると言い出すのではなかろうか。
おれは嘆息を吐き、話題を変える。
「ところで、この村はなにに対して守衛を立てているんだ。魔物か?」
「そうだね。といっても魔物が人里まで下りてくることなんてあんまりないけど。ただ最近は盗賊を警戒してるよ。うちの自警団も被害が出てる」
その時、遠くに人影が見えた。
あの方向には耕地も牧草地もない。自警団が警邏から帰ってくる時間でもない。まさかさっそく盗賊とやらのお出ましか?
ソラの反応を窺う。彼はリラックスした様子で、
「ああ、トムだね」
徒歩で門の前までやってきたその人物を指し、ソラは行商人だと言った。
小柄で見すぼらしい風態の男だった。
身長はおれよりすこし高いくらい。だが、猫背のせいでより小さく見える。
そんな体格にも関わらず、大人二人くらいであれば詰め込めそうなサイズの背嚢を平然とした顔で背負っていた。
「やぁ、トム。相変わらず商売熱心だね。盗賊が出る森を突っ切ってまでわざわざウチに物を売りにくるのはきみくらいだよ」
朗らかにソラが声をかけると、トムはにたりと笑った。
「お元気そうで、ソラの旦那。今日はいい物が入ってるでやんすよ」
「……やんす?」
胡散臭そうな鈍りを聞いて、おれは眉根を寄せた。
「この子でやんすか。森の中で会いましたが、他の自警団の方が話してましたよ。村に変な子がやってきたって」
重そうな荷物を下ろしつつ、トムが興味深そうな目を向けてきた。
失礼なやつだ。誰だ言ったのは。おれは不満を飲み込んで、彼が持参した品々を覗き込むことにした。
「さて、ソラの旦那はなにか買いますかい? 塩に胡椒、薬草、蜜蝋……」
商品は布や皮製の袋に詰められていた。
そのせいか『レファレンス』が反応してくれない。どうやら直接目視しなければダメみたいだ。
ところで、おれはこの世界で見知った動植物をいっさい目にしていない。
そう思っていたが、たしか胡椒とは植物の実ではなかったか?
舌に馴染んだ香辛料に頼ることができるのはありがたいことなのだが、なぜ胡椒は例外なんだと首を傾げた。
まぁいい。おれは商品の吟味を諦め、トムに視線を移した。
背負い心地の悪いそうな低品質の背嚢に、これだけ物を詰め込んで平然と山をいくつも越えてくる。こんないかにも貧弱そうな男がだ。
こいつもただの人間ではないのだろう。
《トム・コリンズ》
《LV:20》
《HP:190/248 MP:146/289》
《攻撃力:92 防御力:88》
《魔法力:121 敏捷力:243》
【アクティブスキル】
『ストレイシープ』
【パッシブスキル】
『ラピッドアビリティ』
『センスオブセント』
ソラやアルゴンキンより数値が低い。
それでも普通の人間より身体能力は高いはずだ。でなければこの重量の荷物を担いでひょいひょい歩けるはずがない。
それはそうと、数値の下に表示されている文言はこの男が持つスキルの一覧なのだろうか。
「お嬢さん、村の食事は質素でないでやんすか? 今日はジーモンパラスの塩漬けがあるんでさぁ。海の遠いここらではなかなか手に入らないでやんす。いつもなら十ペンスはいただかないといけねぇが、お嬢さんとの出会いに感謝して今日は特別に五ペンスで……」
ソラに購入の意思がないとわかると、トムはおれに営業を始めた。
熱心なところ申し訳ないが、まず現物を見せてもらわないとジーモンパラスがなにかわからない。
おれが反応に困っていると、ソラがセールストークを遮った。
「ダメだよ、トム。ユウちゃんは人から食べ物を受け取らないんだ。昨日も今日の朝もフィズが用意したご飯を断っちゃって」
トムが残念そうに肩を落とす。
「……毒は入ってないでやんすよ?」
「そういう信条を持っているわけではない。誤解を招く言い方をするな」
おれはソラを睨みつけた。食事を遠慮した理由は別にある。
「じゃあなにも食べてないでやんすか?」
「それは……」
《ショートホーンガジェット》
ソラが語るよりも早く『レファレンス』の声が響いた。
おれが獲物を発見したからだ。
足元に屈み込み、難なく捕まえる。
それは二インチほどの茶褐色の虫だ。足は四本で、後ろ足が発達している。頭の中央から画鋲みたいな角が生えていて、翅はない。
昆虫と呼んでいいのかはわからないが、おれはこいつをこの世界におけるバッタだと思っている。そしてバッタなら食うことができる。
角が硬いため本当なら取り外したいのだが、ねじ切ろうとすると頭も一緒に落ちてしまう。だからそのまま口に放り込み、後で吐き出した方が効率がいいことまで昨日と今日で学んでいた。
躊躇わず、おれはショーンホーンガジェットを生のまま咀嚼する。
「これだよ」
苦虫をすり潰したような顔をして、ソラが肩を竦めた。苦虫を歯ですり潰しているのはこっちなのに。
トムも恐る恐るといった様子でおれの顔を眺める。
「……美味いでやんすか?」
「不味い。だが栄養価は高い」
おれは淡々と答えた。
「げすげすげす! たしかに変わったお嬢さんでやんす!」
トムはひとしきり笑って、担ぎ上げた荷物と一緒に門を潜って行った。村では
手に入らない食品や生活用品を住人たちに売り捌くのだろう。
その姿を見送り、おれは隣に立つソラを見上げた。
「妙な笑い方をする男だな。脳の言語野を負傷しているのだろうか」
「知らないけど、その女の子みたいな顔のほっぺたにホーンガジェットの脚の食べ残しを貼りつけるのやめてくれない?」
「おれはこの村で頭のおかしい人間しか見ていない気がする」
「ユウちゃんも大概だからね」
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