第11話 わたしが妖精

「うん、いいよ。おっけー」


 ソラから事情を説明された村長は、開口一番にそう答えた。


「……いいのか?」


「大丈夫。落ち着くまで村で自由に過ごしてくれたらいいよ」


 にこにこ顔のソラが代わりに答える。


 ここはダルモア村の村長の家だ。

 といっても、室内に招かれたわけではない。

 庭の花に柄杓で水をやっていた老人にソラが声をかけ、その場でおれがしばらく村の世話になることを説明したのだ。そして近所の住民と交わす四方山話のごとく、気楽な雰囲気のままあっさりと許可が出た。


 いいのか、それで。


「ところで聞きたいんだが」


 おれは水を撒く村長を眺めながらソラに囁いた。


 小柄な老人だった。おれよりも背が低い。腰も曲がっている。

 ワンピース状の白い服に身を包み、木製の背嚢のようなものを背負っており、そしてそこから下手くそに着色されたガラス製の羽が生えていた。


「これは普通か」


「大丈夫、普通じゃないよ」


 ソラは笑顔のまま答えた。

 村長がにやりと笑う。


「羽が気になるのか? 実はな、わしは花の妖精なんじゃ」


「蛾の仮装をしている老人にしか見えないのだが」


「紐を引くと動くんじゃよ。ほれほれ」


「この村にはバカしか住んでいないのか」


 明らかに手作り製の羽を見つめながら、おれは肩の力を抜いた。


 なんだか拍子抜けだった。

 村の長との接見と聞いて、おれは覚悟したものだった。

 所属や出生を問い詰められるに違いにない。なんたって相手は村で一番偉い人間だ。安易に身元のわからない人間を受け入れていては、村で生活をする人々に危険が及ぶ可能性だってあるだろう。

 どこから来たと聞かれたら、なんて答えようかとずっと悩んでいた。


「ソラがつれてきたんじゃろ。じゃあいいよ」


 でも、この自称妖精はとても適当だった。

 戸惑いつつも、おれはもう一つ気がかりだった点を口にした。


「それは助かるが……。ところで、謝礼については」


 村長が口を開くよりも早く、ソラが割って入った。


「いいよ、そんなのは。この村でゆっくり過ごしながら、ユウちゃんの故郷に帰る方法を一緒に考えよう」


「しかし……」


 おれは当然のように訝しんだ。

 この村の連中はなにを考えている。

 ソラも村長もアルゴンキンもフィズも、誰もが笑顔でおれを受け入れようとする。利用価値も定かではない見知らぬ子供をだ。 


 普通は迷惑だと考えるはずだ。

 そう、彼らの気が変わってからでは遅い。


 まだわからないことだらけだ。数日で村を放り出されては困る。

 今は親切心から施しを提示しているのかもしれないが、ユウ・ヒミナというただ飯食らいの存在が彼らの負担になると認識されてしまえば、あっさりと見捨てられてしまうだろう。


 おれの価値を示さなくては。


「では、代わりに自警団とやらの仕事をおれが手伝うのはどうだろうか」


 これはあらかじめ用意していた提案だった。


 おれにできることがあるとすれば体を動かすことくらいだ。

 教養や腕力を必要とする仕事には就けない。経験がないからだ。でも、警邏や守衛の手伝いくらいであれば役に立つはずだ。自信はあった。


 それに、なにもソラのように剣一本で巨大ミミズを斬り伏せることができるようになりたいと願っているわけではない。


 中期的な目標は、元の世界に帰る方法を見つけるまでの期間、この世界を生き抜くための技能を得ること。

 つまり、必要なのはスキルについての知識だ。ソラと一緒に行動すればその機会にも恵まれる。自警団の業務と並行して習学に励めば、貢献できることも増えるだろう。そして一ヶ月もあれば、この世界に順応してみせる。


 村長は面白そうに顔の皺を深めた。


「ほほ、それはそれは。たしかにきみは、いい目をしておる。研鑽という名の時間を積み上げた者にしかできない確固たる目じゃ。よほどスキルに自信があるのじゃろう」

 

「村長。それが、ぜんぜんで。言ったでしょ、レッサーゴブリン一匹にだって勝てないんだよ」


「え、わしいまカッコつけたんだけど」


 ドヤ顔で胸を張っていた老人が、しゅんと肩を落とす。


「ユウちゃん。気持ちは嬉しいけど、自警団って危険な仕事なんだ。どうしても手伝うって言うんなら他にもっと安全な……」


 ソラは眉根を下げる。心配してくれているのだろう。

 おれはどうにか食らいつこうと、彼の袖を強く引っ張って意思を表明した。


「問題ない、体力には自信がある。それにスキルだって……知らないだけなんだ。教えてもらえればきっと習得してみせる」


「うん、いいよ。やってみなさい」


 妖精がけろりと言った。

 ソラは非難の声を上げる。


「村長!」


「スキルはフィズに教わるといい。食事も彼女に頼りなさい。きみが家に帰るために協力するよう、村人にも言うておくよ」


 自分が望んだ顛末であったが、あまりにも展開が上手く転びすぎている。

 理屈としてはソラの方が正しいのだ。

 子犬にも勝てない人間が猪狩りに参加させてくれと申し出ているような状況だ。せめてもうすこし問答があってもいいのではないか。この老人、本当に大丈夫かと不信感すら抱いた。

 

「あなたは、村の最高責任者じゃないのか」


「そうじゃよ。わしは『花の集落』ダルモア村の長。だから来るものは拒まず、助けてやる必要があるんじゃ」


 村長は悪戯っぽく笑った。



 ◆



「ということで、ユウちゃんだ」


 いつもの柔和な表情はどこへやら、ソラは心から渋々といった様子でダルモア村の自警団の面々におれを紹介した。


 ここは村の門の近く。

 おれの目の前には屈強な男たちがずらっと並んでいる。


 彼らの主命は村の安全を守ること。

 もちろん頻繁に荒事に駆り出されているではない。活動時間の九割以上を警邏や見張り、そして訓練に費やしている、とはソラの弁。もちろん全員が魔法やスキルを取得しているそうだ。


 ソラを含んで総員二十名。

 この村の人口は約六十人だから、その三分の一に値する。

 ただ、その半数以上がなにかしらの家業と自警団としての活動を兼業しているらしく、職業軍人や警察のように厳格な規律性は感じられなかった。彼らの姿勢は緩く、誰もが平服だ。


 そういえば剣を掲げて戦う時代の人間は甲冑や板金で身を守っている印象があったのだが、誰も防具を身につけていなかった。費用の問題だろうか。


「ユウ・ヒミナだ」


 おれはむっつりと挨拶をした。


「ソラ、正気か? 遊びじゃねぇんだぞ! 怪我させたらどうするんだ!」


 アルゴンキンもいた。隊長なのだから当然か。額に青筋を立て、憤懣の色を隠そうともしていない。

 ソラは困ったように頭を掻いていた。


「本人と村長の意向だよ。おれに怒らないでくれ」


 大きな溜め息を挟んで、


「いいか、みんな。ユウちゃんは村に世話になる代わりに自警団の仕事を手伝うと言ってくれている。でも、この子は『アクティブスキル』も『パッシブスキル』も使えない。だから絶対に危険なことはなしだ。まずはおれたちの仕事の見学から……」


 だが、だれもソラの話を聞いていなかった。


「ようこそダルモア村へ! お嬢ちゃん、いくつだ?」


「どこから来たんだ? この辺じゃ見ない髪の色をしてるな」


「可愛いじゃん可愛いじゃん! むさ苦しい男だらけの集団に紅一点! いろいろ期待しちゃうなぁ、おれ」


「自分、興奮してきたっス……」


 おれはあっという間に自警団の連中に取り囲まれた。

 どうやら危険だからと素人の加入を反対する人間は、この場ではソラとアルゴンキンだけのようだった。誰もがアホ面で騒ぎ立てている。


 正直、ほっとした。

 権力者の推薦があっても、当事者に歓迎されなければ意味がない。この村を追い出されてはスキルについて学ぶことさえ難しくなる。


 とはいえ、少々うるさい。囃しすぎだ。


「ユウちゃん。みんな気のいい人ばかりだ。悪気はないんだよ」


 ソラが顔色を窺うようにおれを見た。

 女みたいだとからかったばかりにナイフで刺されたことを思い出しているのだろう。失礼な奴だ。勘違いされることには慣れているし、この程度で腹を立てるほど子供でもない。


 わからせておく必要はあるが。


「まず最初に言っておくことがある」


 おれの声に、アルゴンキンを含めた自警団の連中の視線が集まる。

 

 フィズから借りた衣類は、ガウンのような肌着の上からチュニックに似たものを重ねたデザインだった。

 これが彼女の趣味か、この村の風習か、この世界全体の服飾事情なのかは知らない。とにかく下着なんてものは支給されておらず、だから裾を持ち上げればべろんと簡単に晒すことができた。


 真顔になった全員の前で、おれは堂々と告げた。


「よろしく頼む」

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