第5話 ゴブリンの串焼き

 おれはレッサーゴブリンの死体の処理に取りかかった。


 苦労して川から引き上げ、まずはボロ布を剥ぐ。

 首を切り落とされたおかげで偶然にも血抜きはできていた。鮮度もいい。


 とても気が進まない様子でソラが言った。


「ねぇ。本当にそれ食べるの?」


「なんだ。毒でもあるのか?」


「たぶんないんだけどさ。でもゴブリンを食べるって、もう死ぬか生きるかって段階の最終手段というか……」


「肉は肉だ。毛のないサルだと思えばいい」


 さる? と首を傾げるソラを捨て置き、おれは周囲の野草に目をやった。


 たしかに食べることのできそうな品種はある。

 固有名詞は相変わらず聞き覚えのないものばかりだったが、『レファレンス』のおかげである程度の有毒性や食用の向き不向きがわかるのだ。


 草を食んで飢えを凌ぐのも手かもしれない。

 しかし、何日もの遭難の可能性を考えると、やっぱり炭水化物かたんぱく質が欲しい。つまり野菜よりは穀物か肉が食べたい。


 それに、相手から襲ってきたとはいえこちらの都合で殺めた命だ。


 いただけるのであれば、いただくのが筋だと思う。


《レッサーゴブリン 》

《Lv:3》

《HP:0/189 MP:0/6》


《レッサーゴブリン:ホミニア科ゴブリン属。ゴブリンの中でも弱い種族。緑色の肌が特徴。雑食。トラストン王国に広く分布する。知能が低く、ヒトの真似をして服の代わりに布をまとう。まれに武器を手にした個体が目撃される》


 じっと死体を見つめていると『レファレンス』の声が頭の中で響いた。


 死んだ後でも反応するらしい。

 さっきと同じ説明だ。可食に関しての言及はない。


 まぁ、サル肉と思えば大丈夫だろう。

 食べたことはないが、インドネシアのどこかで珍味として重宝されていると聞いたことがある。


 おれはゴブリンの腹に刃を突き立た。


 ゆっくりと縦に裂く。

 ニワトリやウサギを締めたことはあるが、さすがに二足歩行する哺乳類を捌いた経験はなかった。

 内臓を眺めながらすこし躊躇する。


 こいつが哺乳類かどうかは考えないでおこう。


 薄膜を破らないよう慎重に、手を突っ込んで腸を掻き出す。

 でろんと白っぽい脂肪の塊がこぼれ出た。

 背後でソラが「うっ」と呻く声が聞こえたが、無視をする。


 その辺りにあった蔓を使って大腸を結索する。排泄物が溢れないよう留意し、肛門ごと切り取った。


 ソラが恐々と言った。


「ユウちゃん、ちょっと怖いんだけど。顔に返り血がついてる」


「うるさい」


 うん、いけそうだ。


 横隔膜と腹膜を体から切り離す。

 あとは簡単だ。特に膀胱などを潰すこともなく、塊のまま内臓を取り出すことに成功した。


 膜を指で裂き、中身を精査してみる。内臓は食べられるだろうか。傷んだ様子もなく、特に肝臓なんかは綺麗な色をしている。

 振り返ってみた。ソラが全力でぶんぶんと首を横に振っている。残念だ。


 レッサーゴブリンの腹の中はまだ少し温かかった。

 もう一度、川の中に死体を沈めておく。


《アドオンスキル発動:スローターハウス》


 肉が充分に冷えてから、ナイフを使って皮を剥ぐ。少し苦労した。

 筋を切り、筋膜を裂き、骨を外す。表皮が緑色であるのに対し、肉は意外にも赤色だった。分解してみるとなんの肉かわからない。


《アドオンスキル発動:ブッシュクラフト》


 一口サイズに切ったレッサーゴブリンの肉を、枝から削り出した串に刺す。

 味付けにはソラが持っていた塩と胡椒を使う。

 こいつ、その辺の小動物も捕まえることができないくせに、なにをどう調理するつもりで調味料を携行していたのだろうか。


 塩を振って、少し放置。

 こうすれば浸透圧で余計な水分と一緒に臭みも抜けてくれる。あとは焚き火の近くに串を刺し、じっくりと肉を炙るだけ。


 火は収まり、薪が赤々と輝いている。火加減もばっちりだ。


《アドオンスキル発動:アウトドア》


 さっきからうるさい。


 こっちは肉の調理に集中したいのに、何度も『レファレンス』が作業の邪魔をしてきた。


 視界のレティクルに反応したわけでもなさそうだ。

 ヘルプ機能が働く条件がいまいち掴めない。そもそも『レファレンス』の述べている単語の意味もわからない。


 だが、今は考える時ではないだろう。努力して意識から閉め出すことにする。


「ねぇ、ユウちゃん」


 川の水で手を洗っていると、ソラが背後から声をかけてきた。


「ユウちゃんの生まれは? 育ちも教えてくれないか」


「なぜそんなことを聞く」


「いや、だって。冷静すぎるでしょ。起きたら森の中にいたんだよね? おれだったらパニックになってると思うけどな。……行商人かハンターの子供で、そういうスキルがあるのかなって考えたんだけどね。なんていうか、変だよ」


「そうか。これでも混乱しているつもりなんだが」


 発した声はむすっとしていた。

 不機嫌なつもりはない。ちゃんと人並みに困っているぞ、と伝えたかっただけなのだが。

 

 おれの顔はいつも仏頂面で固定されているそうだ。たしかに、常々から眉間には力が入りっぱなしな気がする。

 

 思えば、人前で笑った記憶も随分とない。


「おそらく、おれが生まれた場所はここからずっと遠いところだ。正直に言うとこの国の名前を聞いたこともなかった」


 おれは串に刺さった肉を裏返しながら言った。


「嘘だろ。トラストンの外から来たのか? いや、そんなこと……」


 ソラはまだなにか言いたそうだったが、それ以上の追及はなかった。


「できたぞ」


《レッサーゴブリンの串焼き:レッサーゴブリンの肉を串に刺して焼いたもの。わずかにHPを回復させる効果がある》


 肉にレティクルを合わせると『レファレンス』が告げた。

 なるほど、HPが回復するのか。ということは毒ではなさそうだ。やはり食っても問題はないだろう。


 ソラに串焼きを一本渡す。


「色々と助けてもらった礼だ。食え」


「え、えー。いいよぉ、そんな……」


 目を泳がせ、遠慮するソラ。だが、ふと彼の表情が変わった。


「あれ? 意外と……いい匂いかも」


「そうだろう。肉は解体の手際が命だ。川が近くにあって助かった。血抜きも肉の冷却もスムーズに行えた」


「血抜きはわかるけど、肉って冷やす必要があるの?」


「肉の臭みは外傷から血液中に入り込んだ細菌が、体温で急激に繁殖するから発生するんだ。このサイズの肉だと、常温であれば冷え切るのに時間がかかる。血抜きにも限度があるしな。川があれば沈めてやるのが一番早い」


「うーん、よくわからないな。『さいきん』ってなに?」


 ポンコツには難しい話題だったらしい。


「でも、かわいいね」


 ソラの口元が緩む。


「なにがだ」


「ユウちゃんが。ずーっとむすっとしてるから機嫌が悪いのかなって思ってたんだけど、さっきの話してる時、ちょっと得意そうだった」


 ソラが朗らかに笑う。

 なにか反論しようとして、やめた。代わりに睨みつける。


「うるさい。肉が冷める。早く食え」


「はいはい。じゃあ、いただきます」


 二人で同時に肉にかぶりついた。

 温かい肉汁がじゅわっと口内に広がる。思わずといった様子でソラが目を見開いた。


「こ、これは……」


「うん○の味がするな」

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