11

「沙良ちゃん、おはよう! いい朝だね!」


 翌朝のことである。


 シヴァと仲良く朝食をとっていた沙良のもとに、突然セリウスがやってきた。


「おい、ノックくらいしないか」


 シヴァが不機嫌オーラを醸し出して苦情を言ったが、セリウスはどこ吹く風だ。


「沙良ちゃんが食堂に来ないから呼びに来たんだけど、部屋で食べてたんだねぇ」


 兄を完全に視界から追い出して、セリウスはにこにこと沙良に話しかける。


「食堂?」


 この城に、食堂なんてものがあったのか。いつも部屋で食事していたから、沙良は全然知らなかった。


 セリウスは沙良の隣に腰を下ろすと、沙良が食べている朝食の中身を覗き込んだ。


 今日はクロワッサンとスクランブルエッグ、ウインナーにサラダとスープである。クロワッサンはバスケットにこんもりと盛られていて、どう考えても食べきれる量ではなかった。


「おいしそうだねぇ、いいなあ、俺もここで食べようかな」


「帰れ」


 シヴァがにべもなく言ったが、セリウスは完全に無視を決め込んだ。


 セリウスがパチンと指を鳴らすと、テーブルの上にヨーグルトとカットされたフルーツがあらわれる。


(あ、イチゴ……)


 沙良はカットフルーツの中にイチゴを発見して、思わず「いいなぁ」と凝視してしまった。


 沙良の視線に気がついたセリウスが、クロワッサンを指さして言う。


「沙良ちゃんフルーツ食べたい? クロワッサンくれるなら、わけてあげるよ」


 願ってもない申し出だった。なぜなら、こんなに大量のクロワッサンが食べきれるはずがないからだ。


 沙良は二つ返事でセリウスにクロワッサンを分け与えると、かわりにもらったイチゴに舌鼓を打った。


 その沙良の目の前で、シヴァの機嫌が一段と悪くなる。


(シヴァ様も、フルーツ食べたいのかな?)


 シヴァの朝食も、沙良と同じメニューだった。フルーツはない。


 沙良はシヴァの機嫌が悪くなったのはフルーツがないからだと勝手に解釈し、セリウスに分けてもらったフルーツをシヴァに差し出した。


「シヴァ様も、フルーツ食べますか?」


 シヴァは一瞬変な顔をしたが、沙良に「はい」とフォークに刺されたイチゴを差し出されて、無言で口を開けた。


 これは口に入れろということだな、と沙良はシヴァの口の中までイチゴを運ぶ。


 ぱくっと食べられると、まるでひな鳥に餌をやっているような気分になった。なんだか楽しい。はまりそうだ。


「シヴァ様、もう一ついりますか?」


 沙良は心なしか瞳をキラキラさせてシヴァに訊ねた。


「ん」


 シヴァがうなずくと、今度はカットされたバナナをフォークに刺して彼の口に運ぶ。


 その様子を隣で見ていたセリウスは、新種生物を発見したかのように驚いた。


 ――食べている。あの兄が。警戒心の塊のような兄が。人の手からフルーツを食べている。


「ありえない……」


 セリウスはぼそっとつぶやいた。


 セリウスは自分の手元のフルーツを見た。パイナップルをフォークに刺して、無言で兄の口元までもって行ってみる。


「何の真似だ」


 途端、セリウスは恐ろしく不機嫌そうなシヴァに睨みつけられた。


「シヴァ様は、パイナップルは嫌いですか?」


 セリウスの隣で、沙良が頓珍漢)とんちんかん》なことを言っている。


 ぶはっ、とセリウスは吹き出した。


「あ、あはははははは! あり得ない! あり得ないよ! ああ、おっかし……!」


 突然笑いはじめたセリウスに、沙良はびっくりした。


「気にするな」


 ため息を吐いたシヴァにそう言われ、沙良はちらちらと笑い続けるセリウスを見ながら食事を続ける。


 笑いの発作が収まったセリウスは、沙良に横からぎゅっと抱きついた。


「きゃっ」


 突然抱き締められて、沙良が小さく悲鳴をあげる。


「ああ、どうしよう! 本当に欲しくなってきちゃった!」


「いい加減にしろ!」


 セリウスの眉間めがけて、シヴァの放ったフォークがすごい勢いで飛んできた。


 セリウスはそれが眉間に突き刺さる前に余裕綽々で受け止めると、シヴァに向けて挑発的に笑った。


「ごめんね、兄上。俺、今回はちょっと本気で行かせてもらうかも」


 そう言って、セリウスは沙良の額にちゅっと口づける。


「―――っ」


 沙良は額を抑えて顔を真っ赤に染めた。


「かぁわいぃ」


 そんな沙良を、セリウスはにこにこしながら見つめている。


 シヴァの周りの温度が急降下で氷点下まで下がったが、沙良は全く気がつかなかった。


 シヴァはこぶしを震わせて怒鳴った。


「セリウス!!」

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