8

「妹よ!!」


 バターンと大きな音を立てて部屋の扉が開かれるなり、派手な男がそう叫んで両手を広げた。


 キラキラしている。


 髪はシルバーに青を少し落としたような色をしていて、背中にかかるくらいの長さだ。光沢のある青いリボンで一つにまとめられている。瞳は深い青い色をしていた。


 白地の上に金糸で精緻せいちな刺繍がほどこされた服に、青いマント。足元はブーツ。


(派手です……)


 男に対する沙良の第一印象は「派手」だった。


 顔立ちは恐ろしく整っている。美貌のミリアムが「お兄様」と言うだけのことはあった。


 だが、派手だ。


 恐ろしく、派手だ。


 何が派手なのかと問われれば、沙良はすべてと答えるだろう。見た目もさることながら、一つ一つの挙動が大げさで、派手。


 男は大股て窓際に立っているミリアム――現在は子供姿のミリー――に近づくと、その小さな体を抱きかかえてぎゅっと抱きしめた。


「ああ、ミリアム! なんてことだ! しばらく見ないうちに子供の姿に戻っているなんて……! あの男と結婚させられたのが、よほど悲しかったんだね。うんうん、お兄ちゃんにはわかるよ!」


 大げさに嘆いて見せる兄に対して、ミリーは冷静だった。


「相変わらずねぇ、セリウスお兄様は」


 そのまま、兄の腕の中でポンッと音を立てて大人の姿に戻る。


「わたしが子供の姿でいるのはちょっとした趣味みたいなものよ。そんなことより、お兄様は元気だったの?」


「もちろん元気だよ。あとで、この十年の武勇伝を聞かせてあげるからね!」


「ああ……、きっと、またあちこちに迷惑をかけまくってたんでしょうね……」


 この破天荒なミリアムにここまで言わしめるのだから、このセリウスというミリアムの兄は、よほどはた迷惑な性格をしているのかもしれない、と沙良は少し失礼なことを考えた。


 ミリアムが聞いたら「わたしは迷惑をかける人は選んでるわよ!」と言うに違いないが。


 再会の抱擁を交わしたのち、セリウス沙良に視線を向けた。


「それで、このお嬢ちゃんは誰かな?」


「その子は沙良ちゃんよ。シヴァお兄様のお嫁さんの」


 セリウスはパッと顔を輝かせた。


「へえ! 君が沙良ちゃん? お人形みたいだね! いくつ? 十三歳くらい? 兄上もロリコンだなぁ」


 突然ぎゅうっと抱きしめられて、沙良は目を白黒させた。


「十七歳よ、お兄様」


 隣でミリアムがあきれたように訂正を入れる。


「十七歳!? うそ。だってミリアムが十七歳の時は、もっとこう……」


 セリウスの視線が沙良の胸元に移って、沙良は顔を真っ赤にした。


「お兄様、それはセクハラよ!」


「あ、ごめん。つい。まあいくつでもいいや。可愛いし」


 ぎゅうぎゅう抱きしめられて頬ずりまでされ、沙良はどうしていいのかわからずミリアムに視線で助けを求めた。


 気づいたミリアムが、コホンと咳ばらいをして助け舟を出す。


「お兄様、沙良ちゃんつぶれちゃうから」


「ん? ああ!」


 セリウスの腕からようやく解放されて、沙良はほっと息をつく。


 セリウスは王子様然としたキラキラした微笑みを浮かべて手を差し出した。


「改めて、はじめまして沙良ちゃん。君の旦那さんの弟のセリウスです」


「は、はじめまして、沙良です」


 シヴァのことを「旦那さん」と呼ばれるのは気恥ずかしくて、沙良は照れながらセリウスの手を握り返す。


「あの堅物兄上が嫁を連れて帰ったって噂で聞いた時は耳を疑ったけど、本当だったんだねぇ。いっそ生贄≪いけにえ≫を連れて帰りましたって言われた方が信憑性あるもんねぇ」


「……」


 実際「生贄」とシヴァに言われた沙良にとっては笑えない冗談だ。


 事情を知っているミリアムも微妙な顔をして、沙良の肩をポンと叩いている。


 セリウスは手を伸ばして沙良の頭をよしよしと撫でた。


「しっかし可愛いなぁ。兄上のことだから、きっつい顔した美人を連れてきたんだろうから、ちょっとからかって遊んでやろうと思ったんだけど。これはいい意味で想像以上……」


「ちょっとお兄様、沙良ちゃんいじめたら許さないわよ」


「やだなぁ、いじめたりしないよ。ただ……」


 セリウスの双眸がにんまりと細められる。これはミリーが悪戯を思いついた時にする顔と同じで、沙良は警戒した。


 そのとき。


「セリウス!!」


「セリウス殿下!!」


 バタン、と扉が開け放たれて、シヴァとアスヴィルが部屋になだれ込んできた。


 セリウスは二人の顔を見て、にっこりと微笑んだ。


「やあ兄上、……と、ミリアムのストーカーしてるクソ虫野郎。お久しぶりですねぇ。兄上に追い出された十年前ぶりですねぇ。相変わらず仏頂面の堅物野郎で嬉しい限りですよ」


 なぜだろう、笑顔なのにセリウスが怖い。


 恐る恐る沙良がセリウスを見上げると、彼は沙良に向かって優しく微笑んだ。この笑顔は怖くない。


「ちょうどよかった。兄上、今から行こうと思っていたんですけどね」


 セリウスは沙良の頭を撫でるのをやめ、かわりに沙良の両脇に腕を差し込んで持ち上げた。


「ひゃあ!」


 急に目線の高さが上がって、沙良は焦ったようにセリウスに頭に抱きつく。


 ぴくっとシヴァの片眉が跳ね上がったが、沙良は気がつかなかった。


 そんなシヴァの様子を楽しそうに見やりながら、セリウスが言う。


「沙良ちゃん、気に入っちゃいました。俺に譲ってくれませんか?」


 ――隕石ばりの問題発言が、沙良の部屋に落とされた。

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