14

 とてとて、と沙良は城の広い廊下を歩く。


 廊下の真ん中には真っ赤な絨毯が敷かれていて、歩くと足元がふわふわする。


 ライムミントのドレスは裾がすごく広がっているので、少し歩きづらい。


 アスヴィルが迎えに来ると言っていたが、シヴァの部屋の前で立ち尽くしているのも目立つので、どこか目立たないところを探して沙良は歩き回っていた。


 ―――そのとき。


「ちょっと、そこのあなた」


 背後から話しかけられて、沙良は後ろを振り返った。


 沙良の背後には、金色のゴージャスな巻き髪に、真っ赤なドレスを着こんだ、きつい顔立ちの美人が立っていた。


 折れんばかりの細い腰に手を当てて、頭一つ分は低い沙良をじっと見下ろしている。


 沙良を頭から足元までじっくり見渡して、ふっと真っ赤な唇をつり上げた。


「あなた、新しいメイドかしら? さっきシヴァ様のお部屋から出てきたわよね?」


「え、あの……」


 この美女の顔は知らないが、この髪型で真っ赤なドレスを着た女性の姿は見覚えがあった。朝、部屋の窓から庭を見下ろしていたときに、シヴァの周りにいた女性のうちの一人だ。


(シヴァ様の、愛人……? 奥さん?)


 ミリーの言葉を借りるなら「奥さん気取りの愛人」だ。


 結局のところ愛人なんだか妻なんだかよくわからないが、シヴァと親密な関係の女性なのだろう。


「ちょっと、ねえ、聞いてるの?」


 彼女はイライラと言った。


「ねえ、なんでメイドのあなたが、シヴァ様のお部屋から出てくるのよ? どうやって取り入ったの? あの方のお部屋には、わたくしだって入れてもらったことはないのよ?」


 沙良はメイドではなく生贄だが、沙良はそこよりも別のところに驚いた。


(お部屋に、入れてもらえない……?)


 沙良は思い出してみたが、結構あっさり入れてもらった気がする。というよりも、沙良が入りたかったのではなくて、シヴァが「入れ」と言ったのだ。


 沙良はちょっと考えて、目の前のキツそうな美人に答えた。何か答えないと怖そうだからだ。


「あのぅ、それは、たぶん、わたしが『生贄』だからだと思います」


「はあああ?」


 何か間違えたのだろうか。


 彼女は素っ頓狂な声を上げて、そのあとキッと沙良を睨みつけた。


「なにふざけたこと言ってるのよ!? 生贄? シヴァ様の? そんな羨ましそうな立場に、どうしてあなたみたいな貧相な子供が選ばれるのよ!」


 生贄が、なぜうらやましいのだろうか……。


(しかも、また貧相って言われた……)


 確かに、沙良は前と後ろの差もわからないほど薄っぺらい体をしているかもしれない。


 この目の前のゴージャス美女に比べたら、いろいろ足りなさすぎて悲しくなる。


 だけど、シヴァにしても、この美女にしても、無神経すぎる気がする。


 いろいろ突っ込みたかったが、きーっと叫んで地団太を踏みはじめた美女を前に、沙良は言葉を発する勇気を持たなかった。


 美女は、がしっと沙良の右手首をつかんだ。


「ちょっと来なさい!」


「え?」


 そのまま有無を言わさず引きずられて、沙良は転ばないように小走りで彼女について行くしかなかったのだった。



     ☆   ☆   ☆



 ギイィ……


 軋んだ音を立てて、沙良の目の前で鉄格子が閉まっていく。


 ガシャン、と閉まった扉を、その場にへたりこんでいた沙良は茫然と見上げた。


 鍵の束を指先でくるくると回転させながら、金髪巻き髪ゴージャス美女は、ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「あなたみたいな貧相な子供がシヴァ様の生贄なんて千年早いのよ。シヴァ様のお手にかかって死ねるなんて、うらやましすぎて八つ裂きにしたくなるわっ。甚振いたぶられないだけ感謝しなさい!」


 シヴァの生贄が八つ裂きにしたくなるほど羨ましい、という彼女の感性はどうかと思うが、どうやら地下牢らしいところに閉じ込められて、沙良は途方に暮れた。


「あなたなんて、ここで干からびて死ぬのがお似合いよ!」


 くすくすと笑いながら、彼女は鍵の束を持ったまま地下牢を出ていこうとする。


 だが、ふと思い出したように出口で振り返って、


「言っておくけど、ここは魔法なんてきかないから、誰も助けに来ないわよ。残念ね」


 じゃあね、と手を振って彼女が地下牢を出ていくと、沙良は鉄格子に手をかけて軽く引っ張ってみた。


 ガシャ、と乾いた音が響く。


(どうしよう……)


 魔法がきかないと言っていた。


 ということは、迎えに来ると言ってくれたアスヴィルも気がつかないということだろうか。


 生贄も怖いが、ここで干からびて死ぬのも怖い。


 かろうじて入り口のところで松明たいまつが燃えているが、それが消えればここは真っ暗になるだろう。


 地下牢だからか、とてもひんやりしていて、どこからか隙間風が舞い込むのか、とても寒い。


 ここにいたら、干からびるより先に凍死するのではないかと思う。


 沙良は鉄格子から両手を離し、ドレスのスカートをぎゅっと握りしめた。


 ―――誰も助けに来ない、と言っていた。


 じんわり、と沙良の目に涙が浮かぶ。


 彼女の言う通り、たとえ助けることができたとしても、沙良を助けてくれる人なんて、きっといない。


(生贄が羨ましいとか、意味わかんない……)


 沙良はきゅっと唇をかんだ。羨ましいのなら、いくらでもかわってあげるのに。


 生贄になんてなりたくないのに、それが羨ましいと言って地下牢に閉じ込めるなんてあんまりだ。


 沙良は膝を抱えて丸くなった。


 助けは来ないと言っていたが、たとえ来てくれるとしても、誰の名前を呼んだらいいのかわからない。


 ミリー、アスヴィル、と二人の顔を思い出して、最後にシヴァの姿を思い描いた。


 シヴァは怖いけれど、クッキーを食べていたシヴァは、あんまり怖くなかった。


(また持って行くって、約束したのに……)


 自分が作ったものを誰かに食べてもらうのははじめてだった。


 美味しいとは言われなかったが、作ったクッキーを何枚も口に運んでくれたのは、とても嬉しかったのに―――


「シヴァ様……」


 ぽつん、と沙良はつぶやいた。

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