15

 シヴァはテーブルの上に広げられたピンク色の包みに視線を落とした。


 包みの中に入っていたチョコチップクッキーの大半はシヴァの胃袋におさまって、あとは数枚が残っているだけである。


 シヴァはソファに高く足を組み、視線をピンクの包みに据えたまま言った。


「余計なことをしやがって」


 文句をやった相手は、真向かいで珈琲を飲んでいるアスヴィルである。


 アスヴィルとは旧知の仲だが、外見に似合わず乙女思考のこの男は、たまに余計なことをする。


「なぜですか。味は保証済みですけど」


 確かにクッキーは美味かった。だが、シヴァはそういうことを言いたいのではない。


「……また持ってくると言っていた」


「いいことじゃないですか。好きでしょう、それ」


「あれをあまりに俺に近づけるな」


「なぜ? あなたが連れてきたんでしょうに」


 シヴァは渋い顔になった。


「……どう扱っていいか、わからん」


 アスヴィルは奇妙なものを見たような顔をした。


「普通にしていればいいでしょう」


「普通? 普通とはなんだ」


「今こうして俺と話しているように、ですよ」


「無理だ」


 即答されて、アスヴィルはため息をつく。


「生贄と言ったそうですね」


 アスヴィルの声に非難するような響きが混じり、シヴァの渋面が濃くなる。


「ミリアムが怒っていましたよ」


 アスヴィルがミリアムの名前を出すと、シヴァは嫌な顔をした。


「二言目にはミリアムだな」


「ええ。愛していますから」


 臆面なく答えられて、シヴァは押し黙る。


 ミリアムはシヴァの実の妹だが、数年前にこの厳つい顔をした男と結婚した。


 それは、長い年月をかけ口説き落としたアスヴィルの勝利だった。


 結婚して以来、この男が結婚前とは比較にならないほどミリアムを甘やかしていることをシヴァは知っているが、そのせいで以前にも増して強気の妹に、昨夜は乱入されて追い払われる羽目になったことを、この脳内花畑男はわかっているのだろうか。


「扱いを間違うと、嫌われますよ」


 アスヴィルの言葉には、いやに実感がこもっていた。


 それはそうだろう。扱いを間違えてミリアムに毛嫌いされ、大変な思いをしたのはほかでもないアスヴィルなのだから。


「悪いが好きとか嫌いとか、そういう感情とは無縁だ」


「そうでしょうか?」


 アスヴィルの視線が、静かに残りのクッキーに落ちる。


 アスヴィルはシヴァが警戒心の強い男であることを知っていた。その男が、いくら好物とはいえ、他人の作ったものを安易に口に入れるとは思えない。


 この男が、ミリーの言葉を借りるなら「暇つぶし」にそばにおいている女たちが――あり得ないだろうが――、もしも沙良さらと同じように菓子を作ったとしも、おそらくシヴァは口に入れずに捨てるだろう。


 そういう男だ。


 この部屋にだってそうだ。


 シヴァがこの部屋に「暇つぶし」の女たちを入れたところを見たことがない。


 扉の前まで来たとしても、そこで追い返していることを、アスヴィルは知っている。


 厄介な性格の男だな、とアスヴィルは心中で苦笑して、ソファから立ち上がった。


「聞き流してもらっても大丈夫ですが、俺から一つ助言です。あなたが言った生贄ですけどね、沙良はその意味を見事にはき違えていますよ。そこを正すかどうかは、あなた次第ですけどね」


 そう言って、部屋を出ていこうとするアスヴィルを、シヴァは呼び止めた。


「待て。そもそも、お前は何をしにここに来たんだ」


 問われて、アスヴィルは「あ」と今思い出したように立ち止まった。


「忘れていました、沙良を迎えに来たんです。どこにいますか?」


「は? あの女なら――」



 ばたぁあああん!



 シヴァが言いかけるのと、シヴァの部屋の扉が大きな音を立てて開かれて、怒髪天を衝く勢いで怒り狂っているミリーがあらわれたのは、ほぼ同時であった。



「あの女ぁあああ! どこ行きやがりましたあああああっ!」

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